24 元婚約者の訴え
「リーニに何か御用でしょうか」
フワエル様を牽制するためなのか、ディオン殿下は私を呼ぶ時に嬢をつけなかった。
「もしかして、リーニのことを誤解していたんじゃないかと思い始めたんです。それに、ルルミーは聖女ではなくなるんですよね。代わりにエレーナという女性が来ると聞きましたが、それならリーニのほうが良いと思ったんです」
ほうが、という言い方はどうかと思うわ。
フワエル様と再会した時は胸が痛くなるかと思っていた。
でも、フワエル様の配慮のない言葉のおかげで、全く悲しい気持ちにはならなかった。
ディオン殿下が不快感を顕にして、フワエル様に言う。
「そういう言い方はないでしょう。あなたはリーニのことを何だと思っているんですか」
「リーニのことは聖女だと思っています。それから元婚約者です。リーニは僕のことを愛してくれていました。だから、僕の元に戻ることは彼女の幸せにも繋がると思うんです」
「そんなことはありません!」
黙っていられなくなり、ディオン殿下の横に立ってフワエル様に明言する。
「私はノーンコル王国には戻りません。大体、あなたや両陛下が私をいらないと判断したのではないですか!」
「聖女をいらないだなんて言うわけ無いよ。あれは、ルルミーが悪いんだ。言い方は悪いけど彼女が聖女だったから君と交換したんだよ。ルルミーは聖女じゃなくなったら、話は無効になるだろう」
「ルルミーが聖女ではなくなったからといって、リーニを返すという契約ではありません」
ディオン殿下が答えると、フワエル様は私を見て訴えてくる。
「エレーナ嬢という人は足が不自由なんだろう? どうやってこの国を守るんだ? 自分の足も治せない聖女を国民が聖女だと信じるわけがないじゃないか!」
「エレーナ様は事情があって自分の傷を治せないだけです。他の人の傷は治せますので心配する必要はないかと思います。それに、エレーナ様はまた新たな聖女を代理に立てるかもしれませんよ」
今のところはエレーナ様は自分が聖女に戻るつもりでいるようだ。
足が不自由な分、小島に行って聖なる力を授かるには大変かもしれないけれど、車椅子があれば何とかなるはずだわ。
車椅子は高価なものだけど、王家が用意できないほど高いものではない。
小島の入口から祭壇まで行くのに、私が手伝っても良い。
私に手伝われるのが嫌なら、他の聖女が手を貸してくれる。
私の足がどんなに遅くても、ロマ様のように走ることができなくても、それを気遣って待ってくれるような人たちだもの。
フワエル様は大きく息を吐いたあと、私に話しかけてくる。
「リーニ、やっぱり怒っているよね」
「……怒るのが当たり前ではないですか」
「でも、聖女がそれで良いのかな。人の過ちを赦すのも聖女の役目だと思うんだ」
「それを決めるのはあなたではありません。神様からそう言われたなら考えますが、神様はそんなことを強制するお方ではありません」
私の知っている神様は、邪神や邪神の手先でもある魔物から人間を守ろうとしてくれているだけで、本当ならば人間を見捨てても良い立場にある。
人が神様に見守られているという感謝を忘れれば、神様の力は弱り、邪神の力が強くなってしまう。
この世界の神様の力も邪神の力も、両方共に人間の考えや思いによって左右されている。
今、多くの人間が神様を敬っているから、神様の力が強い。
神様を疑う人が増えれば、今度は邪神の力が強くなる。
特に、私たち聖女にだけ起こる闇落ちをした場合、神様の力はかなり削がれてしまうと聞いた。
だから、絶対に神様を憎んだりしない。
今回のことは、私とノーンコル王家との問題であり、神様は関係ないからだ。
神様への信仰心とは無関係なので、フワエル様を赦すつもりはない。
赦す心も大事だと思うけれど、赦せないものがあっても良いはずよ。
私の意思が変わらないと感じたのか、フワエル様は懇願してくる。
「とにかく、神様に聞いてみてくれないか。僕は神様と話をしたくてもできないんだ」
「私をノーンコル王国に戻す話ですか? それだけ言うのでしたら、話はしてみますが、神様は私の決めた道を支持してくださるはずです」
「リーニ。それは本当に君の本心なのか? 誰かに言わされていたりするんじゃないのか?」
フワエル様は、私が拒むだなんてことを思ってもいなかったようだった。
信じられないというような顔をして、こちらに歩み寄ってこようとしたので、ディオン殿下が間に入ってくれる。
「フワエル殿下、もう城にお戻りください。リーニはここには遊びに来ているわけではないのです」
「では、ディオン殿下もお帰りになるということですか」
「魔物は落ち着いているようですし、リーニとの話を終えましたら帰ります。リーニの邪魔をするということは、ノーンコル王国の国民の安全を脅かす可能性がありますからね」
「そうですね」
ディオン殿下に厳しい口調で言われたフワエル様は、さすがに意地を張ったりしている場合ではないと思ったのか諦めてくれたようだった。
でも、すんなり帰ってはくれなかった。
「ディオン殿下が帰る時に僕も帰ることにします」
「どうしてそうなるんですか」
呆れた顔でディオン殿下が尋ねると、フワエル様は両拳を握りしめて言う。
「リーニは未婚の女性ですし、ディオン殿下が彼女の婚約者だというわけでもありません。それなら、元婚約者としてリーニをここに置いて帰るのもどうかと思いまして」
ディオン殿下が何か言う前に、私が口を開く。
「ディオン殿下が帰られたあとも、私には他にも一緒になって結界を見守ってくださる方がいますから、フワエル殿下にご心配いただかなくても結構です。心配してくださっているという気持ちだけ有り難く受け取っておきますわ」
「な、なら、さっきも言ったようにディオン殿下が帰るまで僕も一緒にいさせてくれ」
「一緒にいてどうするんです?」
ディオン殿下のように私を癒やしてくれるのならまだしも、フワエル様が近くにいても不快な気持ちになるだけだ。
素直にその言葉を伝えると不敬になってしまうので、どう伝えたら良いのか困っていると、ディオン殿下が話しかけてくる。
「今の時間は君にとっては無駄な時間だよな。俺はフワエル殿下を連れて森を出ることにするよ。フワエル殿下、少しお話したいことがありますので、お付き合いいただけますか」
「え!? あ、はあ」
間抜けな声を上げつつも、断るわけにもいかないと思ったのか、フワエル様は何度も頷いた。




