23 訪ねてきた人
今回は緊急事態ということで、いつもならば桟橋までしか送ってもらえないところを、南の結界の地まで飛ばしてもらえた。
ラエニャ様と交代してから結界の様子を見てみると、思っていた以上に被害が出ているわけではないとわかって安堵した。
ラエニャ様とは会えていないので、情報交換をするためにそのことを手紙に書いて送ると、すぐに返事がきた。
『そこまで修復するのに苦労したのよ。ルルミーが魔物を挑発するような行動をしていたから、余計に魔物は結界にぶつかってきていたみたいね。エレーナさんがルルミーを選んだ理由を私は知らないけど、何かの事情がないと、ルルミーのような女性を選ばないような気がするわ。
今の私は魔力が空っぽだから、明日の朝までは力になることができない。
厳しいと判断したら交代を早めるように連絡してね。次の人に遠慮して言えないというのなら私に連絡してくれたらいいわ』
私が遠慮してしまう性格だということを知っているから、気遣ってくれているのだとわかって感謝する。
でも、さすがの私も自分以外の人の命がかかっている以上、遠慮するつもりはなかった。
ラエニャ様に体を気遣う言葉とお礼を書いて返事を送ると、結界の見回りを開始する。
結界の範囲は横に広い。
しかも森の中だから移動も大変だ。
結界の異変を一人で確認することは大変だから、協力者がほしいと思った。
聖女にしか結界は見えないけれど、魔物が結界を破って入ってきた時には、誰でもその姿を確認することができる。
その時にすぐに対処ができる人がいれば助かる。
そう思った私は、エレーナ様以外の聖女の連名でノーンコル王国の軍を南の地に派遣するように、国王陛下にお願いした。
でも、国家の危機だというのに、国王陛下からは許可が下りなかった。
では、他国の兵をと言うと、ノーンコル王国の国民ではないと駄目だと言われたため、こちらで国民に声をかけさせてもらうと言うと、それについては許可が下りた。
国王陛下のことだから、あとから何か文句を言ってきたり、手伝った人を罰する可能性があるため、そんなことにならないように各国の国王陛下から脅しをかけてもらった。
ノーンコル王国の国王陛下は暗殺を恐れている。
だから、自分が危険だと思う人物は殺す。
かといって、他国の国王陛下を傷つけることはできない。
そうなれば、確実に自分が殺されるからだ。
私が個人的にお願いしたところ、希望者のみになるけれど人を貸してくれると言ってくれた人がいた。
軍のトップであるソベル大将はノーンコル王国の国王陛下のことを良く思っていない。
私はそのことを知っていたし、曲がったことが嫌いな人で、弱いものいじめが大嫌いだということも知っていた。
いじめられる側だった私には、厳しいことを言いつつも、なんだかんだいって優しかった。
ノーンコル王国にいた頃の数少ない人脈の中にソベル大将がいたことは本当に助かった。
ノーンコル王国の軍隊は魔物と戦うための軍隊だ。
ソベル大将から事情を聞いた非番の兵士たちの多くが、無償にもかかわらず交代で結界の見張りに協力してくれることになった。
*****
ランタンの形をした魔導具の灯りのおかげで、私の周りは昼みたいに明るいから、夜だけど怖さは半減している。
夜も遅くなったので、休憩がてら持参していたパンをかじっていると、同じく休憩中の兵士が温かいスープを分けてくれた。
昼間は心地よい気温だったけれど、夜になると風が冷たい。
スープで温まった体がまた冷えてきた時、誰かが私の背中に上着をかけてくれた。
驚いて振り返ると、黒の外套を着たディオン殿下が立っていた。
慌てて立ち上がって尋ねる。
「ディオン殿下! どうしてこちらに?」
「入国の許可を取るのに時間がかかって遅くなってしまった。体は冷えてないか?」
「あ、はい! 私は大丈夫です!」
ディオン殿下がかけてくれたのは、女性用の黒のジャケットだった。
背中に羽織っただけなのに、とても温かい。
「このジャケットは……」
「防寒具なんだ。市販品で悪い。森の中は冷えると思ったから買ってきた」
「ありがとうございます。大切に着ます!」
防寒を重視しているため、私が着ているワンピースドレスには合わないかもしれない。
でも、今はファッションを気にしている場合ではないし、気持ちだけでも十分嬉しかった。
「食事はとったのか?」
「はい。あの、もしかして、ジャケットを届けに来てくださったのですか」
「それだけじゃない。君の様子が気になって来たんだ」
「あ、ありがとうございます! あの、お一人で来られたわけではないですよね」
「さすがにな。ミーイは置いてきたが、腕の立つ奴を連れてきている。最悪、転移魔法で逃げられるから心配しなくていい」
苦笑するディオン殿下に尋ねる。
「ノーンコル王国の陛下は入国を拒んだのではないですか」
「そうだな。かなり時間がかかったのは確かだ。だけど、入れてくれないのであればリーニ嬢をソーンウェルに戻せと言ったら入れてくれた。俺にそんな権利がないということはわかっていないらしい」
「そうだったんですね」
「ところで魔物はどうなっている? ノーンコルの陛下はかなり難しい顔をしていたが」
「私の前に、ここを担当してくれた仲間が言うには殺気立った魔物が結界に体当たりしていたそうです。でも、私が来た時には魔物はかなり落ち着いていて、肉眼で見える数も少なくなってきています」
結界の向こうは暗闇で見えづらいけれど、魔物の目は夜には光るので、いるかいないかの判断はつく。
「近くにいることは確かだが、そう多くないんだな」
「……魔物がこれだけ集まったのは、結界の力が弱まっただけでなく、ルルミー様の聖なる力が穢れ始めていたからかもしれないと考えているようです」
「そのことなんだが、エレーナはルルミーに委任していた聖女としての役割を一度、自分に戻すと言っているらしい」
「それは良いことかもしれません。でも、戻すだけなら」
不安になって思わず、ディオン殿下の腕の部分の服を掴んでしまった。
すると、ディオン殿下は私の手の上に、掴まれていない手を乗せて言う。
「ソーンウェル王国の聖女は君だ。エレーナはノーンコル王国の聖女になる」
「ソーンウェル王国の聖女でいても良いのですか」
「ああ。俺も両親も君がソーンウェル王国を選んでくれることを望んでる」
「もちろんです!」
何度も頷くと、ディオン殿下ははにかんだような笑顔を見せてくれた。
その笑顔に癒やされていた時、ディオン殿下が急に後ろを振り返った。
それと同時に、ディオン殿下が連れて来ていた騎士やノーンコル王国の兵士たちも、同じ方向に体を向けた。
「あの、リーニが来ていると聞いて来たんですが」
現れたフワエル様は、ディオン殿下の体で私が見えないのか、ディオン殿下に話しかけた。




