20 エレーナの過去
「誤解を生んではいけませんので、エレーナ様の幼い頃のお話からさせていただきますね」
「お願いします」
私が頷くと、レイカは一呼吸置いてから口を開く。
「エレーナ様とルルミー様はお母様同士の仲が良かったことや家が近かったこともあり、幼い頃から頻繁に顔を合わせていたようです」
「学園で同じクラスになったとか、自然と仲が良くなったわけではないのね」
「はい。エレーナ様とルルミー様のお母様方は子どもたちを連れて、外に出かけることが多かったようです」
エレーナ様にお会いしたことはないけれど、話を聞いている感じではルルミー様と仲良くなるタイプだとは思えなかった。
親同士の仲が良かったから、タイプの違う二人が仲良くなったのね。
納得していると、レイカは話を続ける。
「特にルルミー様のお母様はエレーナ様が聖女だとわかると、今までよりも距離を詰めてきたようです」
「そんなものですよね。私の場合も私が聖女だとわかった時点で、色々な人から声をかけられるようになったもの。良い人ばかりじゃなかったので余計に大変だったわ」
話の腰を折ってしまうけれど、レイカがエレーナ様に私のことを話しやすくするために、知られても良いことは話しておいた。
レイカもそれをわかってくれたのか、そのことには何も言わずに話を戻す。
「成長するにつれて、エレーナ様はルルミー様の取り巻きになったようです」
「それって逆じゃないの?」
「エレーナ様は大人しい性格のため、クラスに馴染めず、ルルミー様やルルミー様と一緒にいる女性たちといつも一緒にいたようです」
「普通の人は聖女だから近づかなかったという感じかしら」
「聖女様は我々のような一般の人間にしてみれば、雲の上のお方です。そう簡単には話しかけられなかったのかもしれません」
そんなものなのかしら。
ノーンコル王国ではまったくそんな風に感じたことはなかった。
神様を信仰していない人は、私のことを悪く言ったり、私なんかに力を与えた神様が悪いと言った。
逆に神様を深く信仰している人がそれを聞いた時には、神を侮辱されたと激怒し、その人たちと喧嘩になることもあった。
最終的な結論として、神様の期待に応えられない私が悪いで終わる。
エレーナ様も同じような思いをしていたのかしら。
「年を重ねるにつれ、ルルミー様の態度は大きくなっていき、エレーナ様に金銭を要求するようになったそうです。それを断ると、ルルミー様はエレーナ様にもう友達ではないと言ったそうです。エレーナ様は一人になることが嫌で、言うことを聞いておられたんです」
「誰もエレーナ様を助けなかったの?」
いじめられているだなんて人に言いにくいし、言いたくない気持ちはわかる。
だけど、聖女にそんなことをするなんて良くないと言う人がいてもおかしくない。
「いいえ。ここで、ディオン殿下が出てくるのです。ディオン殿下は昔から正義感の強い方でしたから、学園では男女問わずにいじめや不当な扱いを受けている人たちを見ると助けておられたようです」
「じゃあ、エレーナ様のことも同じように助けたのね」
「そうでございます」
レイカは大きく頷いてから苦笑する。
「ディオン殿下にしてみれば、困っている人や、いじめなどを受けている人を助けることは当たり前のことです。ですが、エレーナ様はそう受け止めなかったのです」
「助けてもらったことをきっかけに、ディオン殿下のことを好きになってしまったということかしら」
「はい。それだけではなく、自分だけに優しいのだと思いこんでしまわれたのです」
王太子殿下に助けてもらったら、ときめく気持ちはわからないでもない。
私も同じようにフワエル様に恋をした。
それに、きっかけはどうであれ、人を好きになることは悪いことではない。
黙って話の続きを待っていると、レイカは喉を潤してから話を再開する。
「その後はルルミー様のアドバイスを受けて、ディオン殿下の後を追い続けていたようです」
「後を追い続けるというのはどういうこと?」
「言い方が悪くて申し訳ございません。近づきはしませんが、時間が許される限り、ディオン殿下の近くにいることにされたのです。そして、振り向いてもらえないことに苛立ちを覚え始めた頃に、ディオン殿下はリーニ様に出会われたのです」
出会ったというのは、また違う気がする。
ディオン殿下に意識してもらえたのは嬉しい。
でも、下着を見られたのだと思うと恥ずかしいし、見せてしまったことが本当に申し訳ない。
レイカが言うには、ディオン殿下はその時は、私のことを恋愛対象として気にしていたわけではなかった。
でも、エレーナ様はディオン殿下の好きな人が私だと勘違いした。
私がいなくなれば、ディオン殿下も自然に私を忘れるのだとルルミー様に唆されて、意地悪を始めたようだった。
ルルミー様の意見を参考にしたらしいけれど、それをするかしないかは自分で決めることだ。
幼い子どもならまだしも、人が嫌がることをしてはいけないと、どうして思わなかったのかしら。
それほど、ディオン殿下のことが好きだったのかもしれない。
もしくは悲しい顔をしたら、エスカレートすると思った私は、できるだけ平気なふりをしていたから、エレーナ様は私が傷ついていることを認識していなかったのかしら。




