15 聖女代理の叫び
力を授けてもらったあとに、レッテムに先程の話の続きを促す。
「競争することによってどうなるの?」
「リーニが今の聖女の中で、一番、実感してると思うんだけどなぁ」
「……もしかして、誰かを思いやる心があるかどうか試しているの?」
「そうだよぉ。リーニの足が遅いと、ルルミー以外の皆は自分のことを気にしつつも、足の遅いリーニを優先したり、歩くのも大変になっているロマを待ったりするよねぇ。みんな、魔力は少しでも多くほしいはずなのにねぇ」
「競争と言われたら、より良い結果を求められている気がするけれど、辛そうな人を見ると足を止めてしまうわよね。そして、他の聖女たちが足を止めてくれる人たちばかりだということも知っているわ」
私だってロマ様に先を譲ることがある。
安易すぎるかもしれないけれど、神様はそれで聖女の人となりを確認しているのね。
でも、それなら聖女らしくないと判断された場合はどうなるのかしら。
「性格が悪くなったから聖女じゃない、なんて、神様は言えないんだよねぇ。きっと、昔の優しい聖女に戻ってくれるって信じちゃうんだよぉ。だから、精霊がサポートにまわるんだけどねぇ」
「信じてもらえなくなるのも悲しいことだし、最後の最後まで他の誰が信じなくても、神様は信じようとしてくれているのね」
納得していると、ルルミー様がまだやって来ないことに気がついた。
足の怪我を治して、私よりも先に祭壇に来ていてもおかしくない。
それなのに、まだここに辿り着いてもいないのだ。
振り返ってルルミー様を見てみると、ピッキーの背中に乗って、こちらに向かってきていた。
昨日、力を授かっていないから、聖なる力が使えなかったのかもしれない。
早く走るとルルミー様が背中から落ちてしまうのか、ピッキーはゆっくりと祭壇に向かっていく。
私とレッテムはルルミー様たちと入れ替わるように、橋に向かって歩き出した。
「どうして!? どうして治らないのよ!?」
少ししてから、ルルミー様のヒステリックな声が聞こえ、足を止めて振り返った。
「足の痛みがとれない! どうしてよ! ポーラ! あんた、あたしに何をしたのよ!」
「そういえばぁ、精霊につけられた傷って罰みたいなものだから、反省しない限り治らないんだよねぇ」
ポーラに喚き散らすルルミー様を見つめながら、レッテムが呑気な口調で言った。
小島に残っていた聖女たちは、何とも言えないといった表情でルルミー様を見守っている。
声を掛けて慰めるべきかと迷っている人もいたけど、結局、声は掛けなかった。
ルルミー様のことだから声を掛ければ当たり散らしてくるだろうということは、他の聖女たちもわかっている。
私はルルミー様にとても嫌われていることはわかっている。
だから、余計に声を掛けることはやめて、ノナたちにルルミー様を任せて帰ることにした。
「ちょっと! あたしがこんなに痛がってるのに知らんぷりして帰るわけ!?」
名前を呼ばれていないので誰かわからないふりをして歩みを止めずにいると、ピッキーが駆け寄ってきた。
「おい! 無視するなよ! ルルミーが話しかけてるだろ!」
立ち止まってピッキーに言い返す。
「嫌いな相手に話しかけてくるだなんて思わなかったのよ」
「そういうところがウザいんだよ!」
ピッキーはペッと私の足下に唾を吐いた。
「あなたにウザがられてもかまわないけど、唾を吐くことは良くないわ」
「その通りだ」
ピッキーの背後から現れた、白い熊の姿をしたアッセムはそう言うと、ピッキーのお腹あたりを右の前足で殴り飛ばした。
「ぎゃっ!」
ピッキーは叫び声を上げて、数メートル離れた色とりどりの花が咲いている花畑に倒れ込んだ。
すごい力だとは聞いていたけれど、ここまでだったなんて――
驚いていると、アッセムが話しかけてくる。
「やはり、リーニはピッキーに気に入られているようだな」
「……どういうこと?」
「好きな子ほどいじめたい、ってやつじゃないかなぁ」
私の問いかけに答えてくれたのは、アッセムではなくレッテムだった。
「ピッキーが私を好き?」
「そうなんじゃないかなぁ。だって、もう担当じゃないんだから、リーニに絡んでくる必要ないでしょぉ?」
「俺もそう思っている」
「そんな、小さな子供じゃあるまいし」
「ピッキーの精神年齢は子供だろう。リーニのことが好きでかまいたくてしょうがないんだ」
アッセムにまで言われてしまい、私は無言で花畑の中でぐったりとしているピッキーを見つめて言う。
「悪いけど、気を引くために暴言を吐いたりするような精霊は好きじゃないわ」
*****
「リーニに良い人が出来たら、ピッキーはそれはもう悲しむだろうねぇ」
別れ際にレッテムに言われた私は、苦笑しただけで何も答えずに家に戻った。
自室に戻って一人になると、私は頭を抱えた。
ピッキーが私を好きだなんてあり得ないわ。
普通、あんな酷いことをされたり言われたりしたら、好きだから意地悪されているだなんて思わないでしょう。
そう考えていたあとに、昨日のことを思い出した。
ディオン殿下は私を愛してくれると言っていた。
あれは本気なのかしら。
彼とは何度かパーティーでお会いしたことはあるけれど、大して話をした覚えはない。
私が鈍臭いせいで、周りの令嬢にイライラされて派手に転ばされたりしていたから、そのせいで顔を覚えられたのかもしれない。
そういえば、あの時の私はどうしてあんなことをされて怒らなかったのか疑問に思い始めてきた。
フワエル様しか味方がいなかったから、全て自分が悪いと思い込んでいたのかしら。
それにピッキーにも、散々私が悪いと言われ続けていたのもある。
昔の私は、自分自身が嫌いだったのね――
扉が叩かれたので返事をすると、レイカが中に入ってきて笑顔で尋ねてくる。
「リーニ様、ディオン殿下から朝食をご一緒したいという連絡が入っていますが、どうされますか?」
「ぜひ! と伝えてもらえますか」
断れるわけもないし、私もお話したかったのでちょうど良かった。
「承知いたしました。では、そうお伝えしますね」
レイカは笑顔で頷くと、一礼して部屋を出て行った。




