11 聖女の涙
ラエニャ様とこれからのことについての話をしているとタイムリミットが来てしまった。
いつもならば小島に閉じ込められて帰れなくなるところだけれど、今回は事情が事情だからか、強制的に外に出される形を取ってくれた。
橋の上で神様にお礼を言い、テラスから家の中に入ると、メイドが笑顔で出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、リーニ様」
「ただいま戻りました。もしかして、ずっと待っていてくれたんですか?」
「い、いえ! もう、時間かなと様子を見に来ましたら、ちょうどリーニ様が戻ってこられたのです!」
焦った顔をして、メイドは何度も首を横に振った。
彼女の様子からは偶然だとは思えない。
でも、タイムリミットの時間だったので、その時間に合わせて来てくれた可能性は無きにしもあらずなので、今は納得しておくことにする。
「ちょうど良いタイミングで帰ってこれて良かったわ。早速のお願いで申し訳ないんですが、東側の結界がある場所に行きたいんです。急ぎで馬車の手配をお願いできるかしら」
「すぐに手配いたします! お待ちいただいている間に朝食はいかがでしょうか」
「よ、良いのですか?」
朝食を出してもらえるのは当たり前のことなのかもしれない。
だけど、私にしてみれば今までになかったことなので、声を震わせて尋ねると、メイドは驚いた顔をしつつも頷いた。
*****
ソーンウェル王国の東の端に行くには、馬車で半日以上かかるとのことだ。
だから、のんびりしてはいられないけれど、腹が減っては戦はできぬということで、朝食はしっかりとってから馬車を用意してもらえるまでに旅の準備をしようとしたら、すでにメイドが準備を終えてくれていた。
手持ち無沙汰にしていると、ディオン殿下とミーイ様が家に訪ねてきた。
「おはよう、リーニ嬢」
「おはようございます、リーニ様」
「おはようございます、ディオン殿下、ミーイ様。ご足労いただきありがとうございます。私に何か御用でしょうか」
約束をしていなかったので不思議に思って尋ねると、ディオン殿下が微笑む。
「東側の結界に行くと聞いた。理由は知らないが急ぎのようだし、俺は転移魔法を使えるから、君を連れて行こう」
「よ、よろしいのですか?」
転移魔法を使える人に出会うのは初めてだった。
転移魔法を使うにはかなりの魔力がいるため、普通の人間では使えない。
王族は魔力が多いと聞いたことがあるから、ディオン殿下も使えるのでしょうね。
王族ということだけあって、フワエル様も魔力は多かった。
でも、魔法を否定する意見が多く「魔法は自分の実力じゃない気がするんだ。だから使いたくない」と言って、魔法を使おうとしなかった。
その時はフワエル様のことを真面目な人だと思っていた。
今、考えてみると、私の聖なる力も魔力を使わないと駄目だから、フワエル様が嫌がっている魔法を使っているようなものだし、遠回しに私の実力ではないと否定されていたのかと思うと、自分の頭がお花畑だったということに気がついて嫌になった。
「リーニ嬢は表情が豊かだな」
「も、申し訳ございません!」
嫌な事を思い出していたからか、表情が歪んでいたらしい。
慌てて両頬を両手で押さえて謝ると、ディオン殿下は笑う。
「謝らなくて良い。俺は君のそういうところが好きだ」
「……ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
深い意味はないことくらいわかっている。
でも、ストレートに言われると嬉しいし照れてしまう。
「リーニ様、準備はもうできましたでしょうか」
「はい。いつでも大丈夫です」
ミーイ様の問いかけに頷くと、ディオン殿下が話しかけてくる。
「今日は俺とミーイが君の護衛につくことになるからよろしくな」
「殿下とミーイ様がですか!? でしたら、私一人で大丈夫です!」
「駄目だ。君はまだこちらの国に来て二日目なんだ。知識はあるだろうが現状を知らなさ過ぎる」
「それでしたら、護衛騎士を貸していただけませんでしょうか。殿下とミーイ様が護衛だなんて恐れ多すぎます」
焦っていると、ミーイ様が苦笑して説明してくれる。
「このことは両陛下からの命令でもあり、僕やディオン殿下の考えでもあります。驕りだと言われてしまうかもしれませんが、魔法ではディオン殿下が、剣では僕が国内ではトップクラスです。これ以上の護衛はいません」
「だからこそ、駄目なのではないですか? 私に何かあっても新たな聖女が生まれるだけですから代わりがいます。ですが、ディオン殿下やミーイ様には代わりがいません!」
「ふざけたことを言うな。リーニ・ラーラルという人間は君以外にいないだろう。代わりがいないのは君も同じだ」
ディオン殿下に睨まれて、びくりと体を震わせると、一瞬にしてディオン殿下の表情が焦ったものに変わった。
「悪かった。怖がらせるつもりじゃなかった」
「いえ。私が怒らせるようなことを言ってしまったのは確かです。申し訳ございませんでした」
今まで、家族に落ちこぼれだとか役立たずだとか嫌なことを言われてきた。
聖女になってもそれは変わらなかった。
というよりか、聖女になって余計に言われるようになった。
他の国の聖女に比べれば力が弱いだとか、美しくないだとか外見のことまで言われるようになった。
ピッキーには鈍臭いと何度も言われた。
私みたいな聖女で申し訳ないと思う気持ちでいっぱいだった。
「君は家族から冷遇されていたんだったな」
ディオン殿下は呟くように言ったあと、私に尋ねてくる。
「君は婚約者はいなかったよな。恋人はいるのか?」
「殿下、失礼ですよ!」
人によっては失礼だと感じられる発言だったからか、ミーイ様が慌ててディオン殿下に苦言を呈した。
「ミーイ様、私はかまいません」
ミーイ様に笑いかけてから、ディオン殿下に顔を向ける。
「フワエル様のことが本当に大好きでした」
口にした途端、じんわりと目の奥が熱くなった。
泣かないように歯を食いしばりたいけれど、言葉を紡がなければならない。
「でも……っ、忘れるんです。私はっ……、ソーンウェル王国の聖女ですから」
胸の前で右手の拳を握りしめて言うと、ディオン殿下が優しい目で私を見つめる。
「辛いことを口にさせて悪かったな。君はきっと誰かに愛されていると実感したことがないんだろう。だから、自分の代わりはいるだなんてことを言ったんだと思う。その、迷惑かもしれないが、俺が君を愛しても良いだろうか」
「「……はい?」」
ディオン殿下の発言に耳を疑った私とミーイ様が聞き返すと、ディオン殿下は苦笑する。
「俺には婚約者も恋人もいないし、君に見返りは求めない。とにかく、この話の続きは仕事を済ませてこちらに戻ってきてからにしよう。まずは、東の国境に向かうぞ」
その言葉と同時に、私の目の前の景色は一変したのだった。




