10 聖女と結界
大人しくてウジウジしているエレーナ様というのは、一体どんな方なのか想像がつかない。
私のような人だとピッキーは言っていた。
もしそうだったとしたら、エレーナ様と私は仲良くなることはできるかしら。
同族嫌悪で嫌がられてしまう可能性もあるし、そう簡単には声は掛けにくい。
次の日、他の聖女たちにエレーナ様のことを聞いてみると、あまり関わりがなかったようで、詳しくは知らないと言われてしまった。
話しかけようとしても嫌がって逃げられたのだという。
嫌がっている相手に無理に話しかけるのも迷惑だものね。
仲良くなりたい気持ちはあったけれど、無理に仲良くなる必要もないので、声をかけるのはやめることにした。
「彼女のことは、ソーンウェル王国の両陛下やディオン殿下に聞いてみたらどうかしら」
「ありがとう。そうしてみる」
ノナとは聖女の中では一番仲が良い。
そんな彼女にも親しき仲にも礼儀ありだと思って、普段は敬語を使うようにしている。
それなのに、気が抜けると敬語を忘れてしまう。
ノナはそのことを気にする様子もないし、いつも敬語はいらないと言ってくれて、私にとっては本当に頼りになるお姉さんだ。
他の聖女たちも優しいし、お世話になっているから、いつか新たな聖女が来ることがあれば、私も先輩としてサポートしていきたいと思った。
新しい聖女が現れるなら、できればルルミー様の代わりだと有り難いわ。
ロマ様には聖女を引退して、ゆっくりしてほしいと思う気持ちはあるけれど、まだまだお話したいことがいっぱいあるもの。
そんなことを思っていた時、柔らかな風が吹いたかと思うと、私の長い黒髪や他の聖女たちの髪が宙を舞った。
これは神様からのメッセージがある時に起こる現象で、世界樹に注目せよという合図だ。
目を向けると、世界樹の葉が優しく揺れて、柔らかな心地よい女性の声が聞こえてきた。
『魔物たちがノーンコル王国周辺に集結しようとしています。ルルミーだけでは対処できない可能性があるため、隣接国の聖女は結界の範囲を広めてください』
それぞれの国の間には、どこの国の国土でもなく、魔物が自由に行き来できる森がある。
東西南北であらわすと、ソーンウェル王国であれば北の方角に湖や小島があり、東には魔物のいる森を挟んでノーンコル王国があり、西には魔物のいる森を挟んでロマ様がいるフェリスタ王国がある。
南の方角は魔物が暮らすための土地が広がっていて、全ての国が湖を囲んでいるから、国によって湖の方角なども違ってくる。
魔物がいる森を設けることにより、他国からの侵略がしにくいようにしているという噂もあるけれど、昔からずっとそうなので本当のことはわからない。
国と国とを繋ぐ結界の張られた細い道が湖に沿って一本ずつ作られていて、人間はそこを行き来できるようになっていて、魔物見学ツアーといって、その道を観光客に歩かせたりすることもある。
私たちの世界の魔物は、見た目は森にいる肉食動物に近い見た目だ。
でも、火を怖がらないし、人間を見つければすぐに襲いかかってくる。
普段は結界に近い場所に魔物は寄ってこない。
時には、気性の荒い魔物が結界に体当たりすることもあるけど、それは自らの命を削っていくだけの行為だ。
結界に体当たりして弱っていく仲間を見た他の魔物たちは、見えない壁が自分たちにとって恐ろしいものなのだと理解して遠ざかるというものだ。
ただ、体当たりされるたびに、その部分の結界が少しではあるが弱まってしまうので要注意だ。
『リーニ、聞いていますか?』
「は、はい! 申し訳ございません。あの、結界を広げることはかまわないのですが、現在そこにいる魔物たちはどうなるのでしょう」
世界樹に向かって問いかけると、答えが返ってくる。
『可哀想なことをしますが、結界の力で追い出すしかありません』
私がノーンコル王国の結界ギリギリまでソーンウェル王国の結界を広げれば、ノーンコル王国でいう西側の魔物の居場所はなくなるので、ルルミー様が警戒する地域は北側だけで良いことになる。
範囲が広いけれど、東西の確認をしなくて良いのは、かなり楽だと思った。
「どうして魔物たちがノーンコル王国に集まっているんですの?」
ノーンコル王国の東側に位置する国の聖女、ラエニャ様が尋ねた。
『ルルミーに大きな力がないと気づいたからです』
神様の話を聞いた私たちは困惑して顔を見合わせた。
代表して、ラエニャ様がまた尋ねる。
「ですが、ルルミーはいつも一番に祭壇に着いていますわ。彼女に大きな力がないと言われてしまったら、わたくしたちはどうなるのです?」
『ルルミーは聖女代理ですから、聖なる力を使う能力をエレーナから借りていることになります。そのため、他の聖女に比べて体内で保持できる魔力のキャパシティが少ないのです』
私たちが100%だとすれば、ルルミー様は最大で70%くらいしか魔力を授かれないのだという。
本人は気付いていないようだけれど、魔道具で聖なる力の効力を増幅させていたのね。
普通の魔法ならまだしも、聖なる力を増幅させるなんて人間側でできることではないはず。
それができるようになっているのは、今回は特例として認められているからなんでしょうね。
『リーニ、あなたはエレーナが気になるようですが、聖なる力が使えない現在のエレーナは聖女ではなく、元聖女といっても過言ではありません。ただ、そのことに触れてしまうと、エレーナは居場所を失ったと思うでしょう』
やっぱり、あの家からエレーナ様を出て行かせようとしないのは、使用人や両陛下、ディオン殿下たちの配慮なのね。
神様は彼女の心を傷つけないように、そして、エレーナ様を傷つけてしまったと、私が傷つくことがないように助言してくれているのだということがわかった。
「承知いたしました」
私が頷くと、神様は話題を戻す。
『本当の聖女であるエレーナではなく、代理人のルルミーでは三方を守るのは厳しいでしょう。ラエニャとリーニには彼女のサポートをお願いします』
「「承知いたしました」」
私とラエニャ様の声が重なった。
今のソーンウェル王国の聖女は私だ
だから、エレーナ様が聖女に戻りたいと思った時は、ノーンコル王国の聖女になるということだ。
エレーナ様の居場所を奪ってしまったのかと思うと胸が痛い。
でも、聖なる力を取り戻さなければ、エレーナ様はソーンウェル王国にいられる。
どちらを選ぶかは彼女の勝手だわ。
それよりも今は、結界が破られて大変なことになる前に、私にできることをしようと思った。




