9 聖女と精霊
夕食会は和やかなムードで始まった。
両陛下はノーンコル王国の両陛下とは比べ物にならないくらい優しくて、私を屋敷まで迎えに行けなかったことを詫びてくれた。
すでに私は実家から追い出されていたので迎えに来てもらわなくて、ちょうど良かったと伝えると、陛下から詳しい事情を話すように言われたので、簡単に生い立ちを話した。
私は小さい頃から鈍臭かった。
前任のおばあさんが亡くなり、私に聖なる力が芽生えるまでは、ラーラル男爵家内部では落ちこぼれと言われ続けてきた。
私の家族構成は両親と兄二人だ。
昔の両親は嫡男である長兄を特に可愛がっていて、二番目の兄のことはそう可愛がっていなかった。
だけど、私という存在ができたことによって、イライラをぶつけるサンドバッグができた両親は、二番目の兄に冷たい態度を取らなくなった。
だから、二番目の兄は私に感謝していると言ってきたことがある。
そういえば、私が出ていく際に二番目の兄の姿を見なかったけれど、今頃は部屋の中でジッとしているのかしら。
「ソーンウェル王国では弱き者を助けるのが当たり前のことなのだが、ノーンコル王国では違うのだな」
がっしりとした体格で、彫の深い顔をしておられる美丈夫の国王陛下は、私の話を聞いて眉根を寄せた。
弱き者を助けるというのは、ノーンコル王国でも当たり前のことだ。
でも、男尊女卑が他の国よりも激しい国だから、私の家のような家族は数多くいる。
だから、今は頷くだけに留めておいた。
ルルミー様がもしかしたら、女性が住みやすいようなノーンコル王国にしてくれるかもしれない。
私には発言力がなかったけれど、彼女はノーンコル王国の両陛下が認めたんだから、彼女は国を変えるために意見を述べることができるはず。
そういえば、ルルミー様はソーンウェル王国では本性を現していたみたいだけど、どんな感じだったのかしら。
色々と聞いてみたいことはあるけれど、ミーイ様が言っていたように、私の人となりを知ってもらってからのほうが良いわよね。
こちらからあれこれ聞いて、スパイだと思われても嫌だもの。
そう思って、今日のところは聞かれた質問に答えたり、当たり障りのない質問をするだけで、夕食会を無事に終えることができた。
*****
次の日の朝、メイドに連れられて隣の家に向かった。
昨日は落ち着かなくて、ほとんど眠れなかった。
起こしてもらう時間よりも早くに目が覚めてしまい、ベッドの上で正座をして待っていたら、部屋に入ってきたメイドに驚かれてしまった。
ルルミー様は寝起きは悪くなかったけれど、たまに機嫌が悪い時があって、その時は今日の私のように起きて待っていたらしい。
だから、同じように怒られると思ったみたいだった。
機嫌が悪くなる時があるのはわかるけれど、何の関係もないメイドに当たるのはどうかと思う。
嫌な話ばかり聞いているから、ノーンコル王国ではルルミー様がどんな風に猫を被っているのか見てみたい気もした。
メイドに案内されて家の中に入り、リビングからテラスに続いている扉の前に立つと、メイドは深々と頭を下げる。
「お帰りをお待ちしております」
「どれくらいの時間で帰れるかわからないので、普段の持ち場でゆっくりしていてください。終わったら家に戻るようにしますので」
「いえ、ここで待たせていただきます!」
「あなたが待っていると思ったら向こうでゆっくりできないから、私のためだと思って戻っていてくれませんか?」
「……承知いたしました」
頷きはしたものの、私が扉を開けてテラスに足を踏み入れるまでは見届けるつもりのようだった。
テラスに足を踏み入れて振り返ると、家の中の様子が見えたので、メイドに手を振ってから橋に架けられているワーフラダーの上を歩く。
橋に足を付けると、前方以外、何も見えなくなった。
ここまでは今まで通りだ。
そして、橋を歩いていつもの地点に着くまでの時間も、今までと変わりないように感じた。
私が小島にたどり着くと、何人かはもう来ていて祭壇に向かって走っていた。
でも、その中にルルミー様の姿は見えなかった。
いつもなら、一番乗りになるために来ているはずだから走りながら姿を探していると、聖女の一人であるノナが話しかけてきた。
「ピッキーが言っていたけどルルミーは二日酔いで今日は来ないらしいわ」
「二日酔い?」
「表向きには長旅の疲れと言っているらしいけど、あの子はお酒が好きだから呑みすぎて体調が悪いんだと思う」
「そうかもしれませんね。昨日は歓迎会が開かれたでしょうから」
聖女はお酒を呑むことは禁止されていない。
でも、次の日に支障をきたすほど呑んで良いわけでもない。
聖なる力を使えなくなるわけではないけれど、体調不良で寝込んでいるふりをしているのなら、今日、聖女に救いを求めに来た人がいても助けてもらえない可能性があるから気の毒だわ。
でも、一国一聖女だから、私が手助けをすることはできない。
何かあった時に困るから、この制度は変えてほしいと、他の聖女たちも思っている。
私の場合、今まではピッキーに相談しても相手にしてくれなかった。
でも、レッテムなら話を聞いてくれるかもしれない。
息を切らしている私に対して、平気な顔をしているノナが話しを続ける。
「とにかく祭壇に行ってから話をしましょう。こんなことを言うのもなんだけど、あなたが頑張って走っても、私たちには早歩きなのよ」
「……わかります。はぁ、いつも、はぁ、本当にごめんなさい」
「謝ることじゃないわ」
ノナに応援されながら祭壇まで走ったところ、ノナが先を譲ってくれたので、今日の私は8番目だった。
小島は飲食は禁止だけれど持ち込むことは可能なので、今度、ノナも含めて、お世話になったみんなに、ソーンウェル王国の名物を買って持ってこようと思った。
今まではどんなに聖女の仕事をしても無償だった。
そして、それがおかしいことだとも思わなかった。
でも、ソーンウェル王国では衣食住だけでなく、聖女の仕事をすれば、お金までくれるというのだから、私にとっては素晴らしい待遇だった。
「リーニぃ、昨日はどうだったぁ?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、レッテムが私の足元にやってきた。
「いきなり飛ばされて色々とあったけれど、上手くやっていけそうよ。レッテム、早速だけど、あなたに聞きたいこととお願いしたいことがあるのよ」
「リーニが何を言おうとしているのかはわかるよぉ」
レッテムはうさぎだからか表情は変わらないけれど、一生懸命になって前足や顔を動かしている。
それに声のトーンで私の気持ちに寄り添ってくれていることはわかった。
「お話したいんだけどねぇ、とっても長くなるんだぁ。でも、聖女の話はしておくねぇ。ルルミーを指名した聖女の名前はエレーナって言うんだぁ。だから、ことの経緯はエレーナに聞いてもらったほうが良いかもぉ」
「エレーナ様ね。どんなお方なの?」
「うーんとねぇ、ぼくみたいに大人しくてオドオドしてるかなぁ」
レッテムが答えてくれた時、背後からピッキーの声が聞こえた。
「大人しくてオドオドしてるなんてリーニと一緒じゃないか。レッテムもそうだし、交換することになって本当によか」
ピッキーが話している途中で、ロマ様の国の精霊であるメスライオンのポーラがピッキーの後ろ足に噛みついた。
「いだだだだっ!」
「あなたはうるさいのよ。神様も良く思っていらっしゃらないから、態度を改めたほうが良いわ」
ポーラは鼻を鳴らすと、パートナーでもあるロマ様のところへ戻っていく。
「ロマはもう歩くのも辛そうね。誰かロマを私の上に乗せてくれない? 送っていくわ」
ポーラがそう言うと、突然、ロマ様の体がふんわりと浮かび上がり、ロマ様をポーラの背中に乗せた。
「神様は人間界には手を出せないけど、ここのことはちゃんと見てるし聞いてるんだよぉ」
レッテムが私にそう教えてくれたと同時に、ピッキーがびくりと体を震わせた。




