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雨の日、ロスタイムヴァース  作者: 勾田翔
第一章 集結する駒達、カーテンライズ
3/3

1(2月9日 大阪市北区 大淀南公園東交差点付近)

「はい! それでは今巷で話題の二人組に独占インタビューをしてみたいと思いまーす!」

 夜の繁華街に甲高い声が鳴り響く。

 大阪市北区、西日本最大の繁華街――梅田。大阪メトロ梅田駅やJR大阪駅を中心に、ショッピング、グルメ、エンターテインメントを楽しむスポットが無数に点在する。

 この街は夜でも眠る事はない。交差点を途切れる事なく乗用車やトラック、バイクが行き交い、車列が信号で止まれば横断歩道やそれ以外の場所を波のように歩行者が闊歩する。

 一面ガラス張りの高層建築――梅田スカイビルを背景に、戸賀望実(とがのぞみ)は自撮り棒で固定したスマートフォンを自身とその横にいる二人組に向けていた。当然、カメラはインカメで起動して、ばっちり動画も回している。

「ついに辿り着きました! 大阪をホームとする二人組の運び屋! 人には言えない裏世界のお荷物からネットショップで購入したやっぱり人には言えないあんなものまで! どんなものでも迅速に確実に即日配送! やばい人から危険な人まで御用達! この暗闇でも鈍く光り輝く大型バイクがトレードマーク! 『桔梗(ききょう)』の名を冠するお二人です!」

 有象無象のうだつの上がらない配信者のようなノリでまくし立てる望実だが、実際それは意図してのものだった。

 そもそも望実の本職は女子高生であり、雑誌記者だ。断じて某動画で広告収入を得ながら迷惑動画をアップロードしたり配信したりする唾棄すべきクソ野郎などではない。

 そう。

 これは演出だ。

 街中で取材をしても周りに怪しまれず、また頭の悪い女を演じる事で警戒心を抱かれないようにするための仕込みだ。

 誰に警戒されないようにするか――そんなものは決まっている。二人組の内の一人、常に胡散臭いイケメンスマイルを浮かべた優男にだ。

 麓洞梗弥(ろくどうきょうや)白坂桔奈(しらさかきな)

 男の方――梗弥は染めた銀髪に黒のライダースジャケットを羽織った二〇代前半ほどの青年。

 女の方――白坂桔奈は、銀髪を通り越して雪のように真っ白なくせ毛気味のボブカット。色素の薄いブラウンの瞳と感情の起伏の乏しい相貌が印象的だ。

 服装は黒地に赤のラインがアクセントのセーラー服で、今まさに望実が身につけているのと同じだった。

 ――分かっているよね、白坂?

 望実は横目で釘を刺すように桔奈の方を一瞥した。彼女の気迫に押されたのか、白いくせ毛がびくりと跳ね上がる。普段学校で小動物系の愛らしさを振りまく桔奈の事は望実も気に入っているし、何なら普通に友人なのだが、今日ばかりは容赦する訳にはいかない。

 ――久々の特大スクープ! 絶対に逃す訳にはいかないのよ!

 望実は普段、三流ゴシップ誌『ノイギーア』に記事を投稿しているフリーの雑誌記者だ。この雑誌は大阪で起こる様々な怪奇現象を特集する事で知られ、三流とはいえコアなファンが多く売り上げは悪くない。ここで得られる原稿料も、高校生の小遣いとしては破格な額だ。

 とはいえ、給料が出るのはあくまで雑誌に自分の記事が載った場合のみ。

 自分の時間を切り売りした分、時給が発生するアルバイトではないのだ。

 結果を示せなければ、はした金にすら見放される。望実が身を置いているのはそういう世界だ。

 ――恨むなら自分の迂闊さを恨みなね、白坂ちゃんや。

 今から二か月ほど前、とある武装したテロ組織が大阪で騒ぎを起こした。組織も大規模、それを殲滅せんとする勢力も大規模、横から割って入って漁夫の利を得ようとする連中も規格外だらけ。そんなキレた奴らが入り混じって潰し合った事件があった。

 そして、それだけの事があったにも関わらず、世間を騒がすような事態にまでは至らなかった。もちろん個人単位では、その事件を把握している人間は大勢いた。

 しかし、望実達一般人では与り知る事さえできない何か大きなシステムが働いたのだろう。警察もマスコミも揃って、そのテロ騒動を取り立てる事はなかった。

 この出来事を形ある記録として残したのは、個人運営のブログ管理者や、ノイギーアのような三流誌のみだ。当然、それが世間に注目される事などはなく、日々の忙しない出来事に一瞬にして埋もれていった。

 だが、全てが無駄だったのかと聞かれると、決してそうではない。

 スクープの種はいくつか手に入れた。あとはそれに水をやり、発芽させるだけだ。

 ――あの時、騒動の中心地で私は白坂を見つけた。

 ――この銀髪優男と一緒に、鉤爪で戦う中二病前回な暗殺者を送り込むのを見た。

 ――そこでピンと来た訳よ。

 ――白坂達こそが裏で度々話題に上がってた『運び屋』だってね!

 実物を目撃してしまえば、あとは迅速に段取りができる(それでも二か月近くかかってしまったが)。

 こうして取材するために十分な情報を集め、最終的に白坂桔奈を最近JR大阪駅近くにできたパンケーキの美味しい店に連れていって奢ってやる事を交換条件に、このインタビューの場を設ける事に成功した。

「見てください! リスナーの皆さん! 噂に違わず超絶イ・ケ・メ・ン! そして相棒の女の子も絶世の美少女です! 見てる? 見てるよな? 良く網膜に焼きつけておけ、インターネットに救う下種な蠅共。てめえらがセックスしたくても一生指先すら触れられん美男美女だぞ」

「ええと……戸賀さん? そもそも僕達顔は隠してるから、画面の向こうにいる人達には見えないんじゃ……」

 相変わらず柔和な笑みを浮かべた胡散臭さの塊が、胡散臭い声色で望実に言った。

「ああ! そうでしたそうでした!」わざとらしくおどけて見せる。「映像にリアルタイムでフィルターかけてましたもんね。失敬失敬!」

 ――さあて……。

 ――このお兄さんを騙し切るのは至難の技だぜ……!

 ――戸賀望実。今こそ培った猫被りを全力で遂行する時……!

 映像は途切れない。人の波も。車列も。街を覆い尽くす有象無象の思惑も――。

 ここは大阪市北区、西日本最大の繁華街。

 善意も悪意も、陰謀も策謀も、どんな混沌でさえも受け入れて飲み込み、混ぜ合わせて一つにする場所。

 今日もまた物語が始まろうとしていた。

 ぽつぽつと――。

 天気予報では今日どころか、今後一週間は傘マーク一つない快晴続きを示していたにも関わらず、全国各地の気象予報士達を嘲笑うかのように。

 漆黒の空に、鉛色の雲が絵具をぶちまけたかごとく重ね塗りされていき、そこから薄汚れた雨粒が降り注ぎ始める。アスファルトを色濃く染め上げ、夜のネオンをより鮮明に浮かび上がらせていく。

 決して交わらぬはずの独立した物語が、この街を中心に収束し、誰も予想できない方向へと走り出そうとしていた。

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