最終章
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「ついにここまで来たか……だが貴様らの目的が達せられる事は永遠にない。人類の希望はここで跡形もなく潰えるのだ」
「黙れ。お前のような雑魚には口を開く権利すらないだろう?」
魔王の鎮座する城――アエテルタニス城の最奥で俺と全ての元凶が向かい合う。玉座に腰を下ろしているのは、黒曜石のような輝きを湛える鎧に身を包んだ巨漢だった。
鎧の巨漢――魔王の声は誤作動を起こしたボイスチェンジャーを通して発せられたかのように不明瞭だ。ノイズ混じりのそれは言いようのない不快感を鼓膜に与えてくる。
「シキヤ様……」
後ろに控えていた魔法使いのセレーニーが俺の服の袖を掴んだ。
振り返ると彼女の端正な顔立ちには、若干の不安の色が見え隠れしていた。
魔法使いのローブの上からでも分かるほどに、セレーニーが震えているのが分かる。
セレーニーだけではない。
俺の後ろには共に旅をしてきた大勢の仲間達がいる。
「大丈夫さ。これで全部終わる」
そう。
今日で最後だ。
長かった。
本当に長かった。
この異世界――ステルラに転生してから三年。
魔王を討ち、世界に平和を取り戻すために旅をしてきた。
俺――遷宮織弥の旅の終着点がここだ。
世界を混沌に陥れた魔王は、今日ここで俺に敗れる。
そうして世界は救われる。
ようやく俺がステルラに転生した意味を果たす事ができる。
そうすれば――
「――『必中必殺の弾丸』。『絶対王者の聖剣』」
俺の口から発せられた詠唱を合図として、両の手のひらから眩い光が放射される。
そこから生成されたのは一挺のフリントロック式の拳銃と、華美な装飾の施されたサーベルだ。
武器が顕現すると同時に俺の黒髪も変質する。
生来持つものとは正反対の白へ――。
「セレーニー、皆。下がっていろ」
「シキヤ様……私、信じています。必ず邪智暴虐の魔王を打ち倒し、このステルラに平穏をもたらしていただけると……!」
「ああ」
名残惜しいが、セレーニーに袖をつままれたままでは戦いに赴けない。
俺はゆっくりと彼女の手を振り払い、一歩前へ進み出た。
「一人で来るか。良いだろう。まずは貴様を完膚なきまでに叩き潰し、部下共の指揮を削ぐ事にしよう」
ザリザリと厭わしい音を言語に混じらせ、黒鎧の大男は緩慢な動きで玉座から腰を上げた。
顔面をすっぽりと覆い隠す兜の下の表情を窺い知る事はできないが、何となく奴は気色の悪い笑みを浮かべているに違いないと思った。
数百年に渡ってステルラを支配し、蹂躙してきた絶対的な暴王。
自らに敗北の二文字など存在しないとでも言いたげな自信に満ちた態度だ。
黒鎧の王は重厚な金属音と共に右腕を虚空に掲げる。
瞬間、俺とは対照的なドス黒い光が瞬く。
ブラックホールのごとく渦を巻きながら、それは右手に収束していき、やが
て一つの形を成した。
戦斧。
その大きさは奴の背丈以上。
膂力に任せて文字通り全ての障害を叩き潰す――まさにこの暴王にぴったりの武器だと言える。
戦闘態勢に入った黒鎧が吠える。
「さあ行くぞ! 異界の勇者よ! 今この瞬間こそ! 世界の命運を分かつ分岐点!」
「…………」
「我と貴様! 最後に立っていた方が次世代の王だ!」
「…………」
「どうした!? 我に恐れを成して口を開く事さえできないか?」
「違う」
俺は一言で断じた。
ハイになっているところ申し訳ないが、もう言葉を交わすのさえ煩わしい。
なぜならば――
「もう勝敗はついた」
「何を世迷言を……――へぶあっ?」
兜の下から素っ頓狂な声が洩れ出た。
ギギギ……と首部分の関節域を鳴らしながら、下を見やる。
そこで奴は初めて気づいたらしい。
奴の全身には無数の弾痕と裂傷が刻まれていた。
「俺のチートスキルの前では上辺だけの実力なんて無意味なんだよ」
「チ、チート……? 貴様……何を言って……!?」
「『必中必殺の弾丸』と『絶対王者の聖剣』はただの武器じゃない。事象を創造する俺の能力そのものだ」
具体的には。
「この二つを顕現させた時点で俺の勝利は確定する。これこそが俺がステルラに転生した際に手に入れたチートスキル」
「馬鹿な……!? そんな規格外なもの……存在する訳が……!?」
「知らないのも無理はない。俺と対峙した配下の連中は皆殺しにしてきたからな。誰も俺の事を伝えられなかったはずだ」
「……っ!?」
もちろん、すでにステルラ中に俺の名声は飛び交っている。
各地で魔王の配下を瞬殺し、魔王軍の支配下にあった村や地域を解放してきたのだから。
だが、俺のチートスキルを知らないこいつは、せいぜい俺の事を『配下の連中では相手にならない強者』程度に考えていたはずだ。
奴は自分の実力であれば俺を捻じ伏せられると考えていたのだろうが、そもそもの発想からして的外れなのだ。
俺との間に実力の概念は介在しない。
俺という存在そのものが勝者である事を約束されているのだ。
そんな俺の前に立ち塞がった時点でこうなる事は決まっていた。
「まあでも、このスキルが決まってもなお即死しない事は褒めてやるよ。他の奴らはスクロペトゥムとラーミナを出した時点で肉塊になったからな。……ああいや、一人だけ生きてた奴はいたな」
植物を操る魔法『ヘルバーリア』を扱う魔法使い。
俺がステルラに転生してきてから一番最初に戦った奴だ。
その時はスキルが開化したばかりで上手く扱えなかったせいで、奴の両手足を奪うだけに留まってしまった。
「……そういえばあいつ無事なのか?」
アエテルタニス城のどこかにいるだろう奴の顔を思い浮かべる。
俺への雪辱を果たすために、魔法でこしらえた義手義足を装着して単身ここまで乗り込んできたにも関わらず、俺達のパーティーを先に進ませるために魔王の右腕である魔人『デクステラ』に挑んでいった。
「『俺に倒されるまでに死ぬんじゃない』なんて言ってたっけな……。馬鹿だよな、あいつも。俺のスキルならあんな木偶の坊に苦戦する訳もないのに」
「貴様……何をぶつぶつと……!」
「ああ悪い悪い。すっかり忘れてたよ、あんたの事」
俺の軽い物言いに魔王の肩が怒りに震える。だが、もう俺に八つ当たりする力さえ残されてはいない。
「さあ、仕上げだ」
俺はゆっくりと拳銃を持つ方の手を持ち上げる。フリントロック式のそれの銃口を満身創痍の黒幕へと突きつける。
「喜べ。俺が直接引導を渡してやるよ」
これで目的は果たされた。
もはや憎まれ口一つ叩けなくなった黒鎧を見下ろし、俺は肺に溜まった空気を吐き出すと、スキルを解除して銃と剣を消した。
踵を返し、俺の背後に控えていたパーティーの皆を見やる。
「終わった。帰ろう、始まりの地に」
「シキヤ様っ!」
予想通り、魔法使いのセレーニーが一目散に駆けつけてくる。俺は彼女を拒まず、自身の胸で彼女を抱き留める。
「信じておりました……! これで……ステルラは……」
「ああ。もう誰も魔王の脅威に怯えなくて済む」
そう。
俺以外は。
このチートスキルがあれば俺はこの世界で最強だ。
何者にも縛られる必要はない。
好きに生きる事ができる――はずだった。
そうだ、簡単な事なのだ。
いくら俺が最強であっても、周りが俺の足許にも及ばない雑魚ばかりなのであれば、そういう訳にもいかなかったのだ。
魔王の圧政により、萎縮し、怯え切ったステルラの住民共はどいつもこいつも思い通りにいかなかった。
目の前にいるセレーニーですら、俺を満足させる事はできなかった。
つまるところ、俺が魔王を殺した理由はこれしかない。
「もう俺達を邪魔する奴はいない。これからは二人で思う存分人生を謳歌しよう」
「はい……!」
瞳を潤ませ、頬を紅潮させたセレーニーが笑いかける。
俺はそこで確信する。
ついに彼女を手に入れる事ができたのだと。
この分だと各地でキープしてきた連中も大丈夫だろう。
今しがたセレーニーに言った通り、俺は彼女達とこれからの人生を思う存分楽しめる。
「さあセレーニー、皆、行こ