モブの工夫
少女がこの世に来たのは、彷徨える善のある魂を回収する為だった。
しかし、それを阻止する人間が居た。
祓い屋だ。
無差別に霊を祓い、封印をする彼らの根城に行き、封印された霊や、苦しむ魂の解放に勤しんでいた。少女側が人を傷つけたことも、霊に悪意を流した事も一切ない。
しかしその行いの所為で、付け入られてしまったのもまた事実だった。
自分を守る反抗より、他者を救う反抗により、少女は祓い屋に捕まった。
魂や、霊が目に見えるだけの存在。
だからこそ質が悪かった。
霊は全て悪と見なし、祓い封印するのだ。
少女も同様だった。
しかし、少女の場合、力が強大であり、一、祓い屋には手に負えた代物では無かった。
だから数百人がかりで少女は封印された。
そして、「強大な力を持っている」=危険と見なされたのだ。
誰かの為と善意に振るう事しか出来ない希望が、想像力及ばない、人間の偽善によって、ぶっ潰されたのだ。
無知とは危険である。
それどころか、祓い屋は少女が罪だと宣い、罪を償う為と、この施設のエネルギー源として働かせた。
悪意を受ける事を裁きとし、それをエネルギーに変える事を善意と謳った。
なんとまあ、身勝手な偽善者なのだろうか。
危険など誰にも及んでいなかった。
しかし、誰もが危険と呼んでいた。
結局人間は、膨大な力に恐れ、妄想と自らの価値観で敵を作る愚者である。
そんな過去が羊助の中に流れ込んできた。
苦しい思いに、辛い現状。
それでも憎しみを持たない少女の姿。
自らの悪意がどれだけの影響を及ぼすか知っている。
だから、どこにも誰にも彼女は負の感情を表さない以前に、発生させない。
自分の為すべき事。
「救うこと」
それだけを全うに考える。
意志の強さも、器の大きさも、善意も、尊敬する。少女は地球の様に自らの存在を全うするだけだった。
そ
して羊助は今、自分が生かされている存在だと再認識した。
「・・・来た」
彼女は理解した。
成功の予兆。
そして覚悟する。
憎悪の出現を。
施設内の灯りが消え、施設がボロボロと土のように崩れ始める。
世界の活力を担うエネルギーシステムがダウンしたのだ。
それは、施設含め、エネルギーで作られた全ての崩壊、もとい、少女が本来の力を取り戻す事を意味している。
安堵と共に、安堵できない状況がここにある。
施設の崩壊。
それは吸機も同様である。
少女という浄化層を失い、コントロール不可能となった悪意の塊が、表に。
施設内に居る警備隊が大慌ての大騒動。
どうしようも無い現象を、本部に連絡し、目で追う事しか出来ないのである。
彼女はその場を離れた。
そして向かうは吸機だ。
ここから直接行くには、エネルギー内を通る必要があるが、今は無理だ。
だからわざわざ迂回して、吸機の裏側まで来たのだった。
異様な雰囲気だ。
その場に居るだけで足が竦み、尋常じゃない吐き気に襲われる。
「・・・」
騒動に傍観する警備員の誰一人として気付かない。球体のタンクがボロボロと崩れ落ち、貯蔵されていた悪意が漏れ出ている。
それらは真っ黒でミストの様だった。
全ての悪意が方向を同じくして、自由自在に動く。器を探しているのだ。
この世で表現可能な器。
つまり人間の体に入り込もうとしている。
感情や負は元々人間の中にあるもの。
悪意なんてモノは人が人へ攻撃し、精神を傷つける為にある存在だ。
それが、塊となれば人的被害は凄まじいことになるだろう。
それが、悪意の役目だ。
自業自得と言えば自業自得だが。
彼女には守りたい存在が居る。
だから、体に入られる前に芽を潰す。
しかし一つ見誤っていた事があった。
それは、悪は既に悪という意思を持って存在していたことだ。
器ありきの存在では無く、悪として人に影響を及ぼせる程の力と自我が形成されている。
それ程に貯められた悪。
彼女は腰にぶら下がる二本の刀を抜いた。
悪に器は無くともこの世は気持ちいい。
この世は悪で満ちているから。
彼女が剣を抜いた途端、敵意を察知した悪意の塊。
それは苛立ちなのか、喜びなのか、複雑な感情が交じり合いながら彼女を意識した。
しかし、それは一瞬。
悪の塊は立ち止まり、一瞥し、どこかへと流れていく。
彼女は刀を振るう。
それが過ちだった事に、直ぐ気付いた。
彼女の剣は緑色のオーラを帯びている。
それは、少女に頂いた一つの力。
役割を果たす為にある浄化の力だった。
オーラに触れたモノは、元の素の姿に戻る。
つまりは、形成は分解され、一番小さく、無害であったあの頃だ。
オーラは、少女の授かりモノ。
ただ、それを発する力量は彼女にかかっている。
彼女の発するエネルギーは人より遙かに優れていた。
強大な竜巻を簡単に無に帰す事が出来る程には。
悪の塊が攻撃出来ない状態だとでも思ったのだろう。
悪の塊が不完全な状態だとでも思ったのだろう。
驕りだ。
自分の力を過信した。
彼女はオーラを制御し、刀に流した。
オーラは剣を纏い、全身を纏う。
オーラは先程の百倍は厚く、十メートル先の悪意の塊に届来そうな程だった。
剣を振るい放てば圧縮された悪意の塊の量など浄化が出来る。
確実に今仕留められる。
という、妄想だ。
オーラを放つ事までは自分が思い通りに出来る事。
しかし、その後ぶつかった悪意の塊がどうかなど、悪意の塊にしか分からない事。
そ
う、今。
放ったオーラが全て悪意の塊にぶつかり、悪意の塊が跡形も無くなった瞬間。
悪意の塊は即座に形を戻した。
何が起こった。
浄化以上に悪の濃度と量が凄かったのだ。
浄化しきれなかっただけ。
ただそれだけの事。
見誤るな。
相手は、世界の悪を吸収した存在だ。
一個人がどれ程に人間離れしていようとも、数億人単位の前では多勢に無勢でしかない。
気付いた頃には、反撃が飛んできた。
強く意識された。
攻撃する対象として、破壊する人間として。
ゴロゴロと強く怒号を鳴らす。
怒りが圧縮され解放に浸るかの如く光を放つ。
爆発的な現象。
表現するは、雷。
千や二千ではない。
悪意の塊の一つ一つから雷が解き放たれる。
彼女目掛け全てだ。
彼女は体全てに浄化のオーラを流す。
しかし無意味だった。
剣を溶かし消し、浄化するオーラを単純に突き破った。
そして、肌に触れた途端、雷が暴れるかの如く爆発した。
いや、だとして、体が爆発したとて、命が絶えぬ限り、彼女は立ち上がる。
爆破の煙が上空に消え、彼女は無傷のままた立ち塞がる。
先ほど彼女は相手の雷の浄化と爆発の浄化を止め、傷を負った後に、傷の浄化を行ったのだ。
傷を素の姿に戻す。
傲慢を捨て、敵わないと悟ったからこそ、自らにその判断が行えた。
そう。
勝つ必要は無い。
「私は支えるだけ」
彼と少女が変える筈の未来を。
声が聞こえた。
けれどそれが何か分からなかった。
何かの縁だと思った。
この世は可笑しいと、腐っていると思っていたから、すぐに行動した。
エネルギーの中に飛び込んだ。
けれどあまりの辛さと、少女の甘い言葉に負けてしまった。
また入る勇気はない。
誰かを待つしか無い。
待った、希望を。
私ではない、希望。
それが現れた時、私は全力でサポートし、守ると決めた。
自分に出来る事は、悪足掻きくらいだったから。情けない自分に少女は力を授けてくれた。
心の優しさを知った。
情が移った。
命を投げ捨てようと思った。
私は少女を背負えないモブだ。
モブはモブらしく、どこか見えないところで小さく戦うのだ。
きっとそうして、少女をいつか、ほんの少し、悪から遠ざける事が出来るから。
待つ猶予を与える事が出来るから。
そして、今、それは叶った。
私の様なモブではない。それを背負いきれるだけの主人公である彼が、少女と共に立っている。
私の前に立っている。
「お疲れ様。本当にありがとう。優」
そしてその言葉に涙が出そうになった。
涙は流さない。
まだ、モブにもやることは残っているから。