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不安という敵

声が収まったのは、彼女と別れた後だった。



一度冷静になって家に帰って来た。



声の主に彼女。



全てがなんだったのか。



一つ分かっているのは彼女があの施設と関係のある人だと言うことだ。



そして、救う、事に関係があると言うこと。



男は人をと言っていたが、彼女は何とは言わなかった。



それが、声の主を救うと言う事と関係があるのか。



考えてしまう。



今考えたとて何の解決もしない。



心に蟠りが残ってしまった。



どうにもすっきりしない。



どうにもこうにも、一週間後、と言う訳だ。



また明日、自分は自分の生きる為の仕事をしなければならない。



だから今日はもう眠りに着こう。



先ほどの一件を頭から取り除く様に眠りにつくのだ。









彼は今日もまた羊助の家を訪れる。



今日で一週間連続だ。



彼とは新川誠。



あの挨拶以来、休憩時間になる度、やってくる。



丁度羊助が休憩をする時間とも重なって居る為、仕事の邪魔になってはいない。



「羊助君」



「なんですか?」



一週間も一緒に居れば仲も少しは深まるわーー。



今回の場合、新川の一方的な絆か。



ともかく、二人で畳でゴロゴロし、新川においてはため口を使う程の関係になっていた。



「僕、このままで良いのかな?」



「何かあったんですか?」



ふわっとした質問に、羊助が答えると言う構図が日課になっている。



仕方ない。



新川が彼に対して金程の価値のある言葉を持ち合わせていると目を輝かせてしまったのだから。



「僕、ここに努めて一週間経つんだよ」





「そうですね」



「だけど、業務って言っても、立ってるだけなんだ。先輩は『それで金が貰えてんだから楽な仕事だよな。世界を担っているエネルギー、もとい、平和の象徴を崩す人間なんて、犯罪者でもいねえよ』って言ったけれど、だったら何のために自分はここに居るのか。金の為に仕事に就いたんだっけ、って、不安になってさ」



「元々何でこの職に就いたんですか?」



「僕、憧れの人が居たんだ。その人は、本当の意味で人を守っていたんだ」



「本当の意味?」



「侵略者」



(おるやん、エネルギー付け狙いそうな奴)



疑問に思わなかったのか。



羊助は疑問だった。



まず農村の民がそうだ。



一番警戒すべき存在だろう。



彼らはこの施設に憎悪を抱いている。壊せるのなら壊したいだろう。



それに、侵略者。



逆に疑問を持つ事はないのか。



羊助は新川の言葉を理解する前に、問題点の多さを整理するのに時間を要する。



だから、口を動かすまでに暫くかかった。



「えっと、侵略者とやらを倒すには、この職に就くしかなかった。って事ですか?」



「うん。ここで数年の経験を得て、昇進。審査を行って、やっとなれるんだ」



「つまりその段階をスッ飛ばして、侵略者とやらと戦いたいって事なんですね」



「うん。今やりたいのはそれ」



「他に方法は無いんですか?」



「無いね」



「だったら従って待つしか無いのでは?それでも嫌だったら、組織に頼らず、自分一人でその侵略者とやらを退治すれば良いと思います。自由と、手っ取り早い選択は独り身の長所です。社会の協調性に合わせるとなると、段階が入ります。そこは、新川さんがどうしたいか、の問題じゃないでしょうか。お金だって別に欲しい訳じゃないんでしょう?ここに裂いている時間を無駄だと感じるなら、独立して、侵略者を倒せば問題ないですよ」



「・・・生活にお金はかかるじゃん」



「他にも仕事はいっぱいあります。他で稼いで、後の時間をやりたいことに費やせば良いじゃ無いですか」



「いやあ・・・」



煮え切らない返事。



実際、給料は良い。立っているだけのお仕事。



胡座をかいている部分もある。



それこそ、現実と妄想の選択に揺らいでいる。



ただ、羊助は知っている。



答えでは無い。



いや、むしろ答えか。



答えは、彼の選んだ道だけであると言う事。



羊助は自分の思いは伝える。けれど教えも説く事は出来ない。



彼の道は彼のものであり、自分で選ぶべきだと考えているから。



自分の進んだ道が正解になったとしても、彼にとってその道が正解になる保証は無い。



考え方、価値観は十人十色なのだから。結果が同じであれ、仮定は違う。仮定は同じであれ、結果は違う。



羊助に人の人生を左右し、選択する責任を背負う覚悟は無い。



命が重た過ぎる。



どう思って、どうすべきか、何を選択するのか。



全ては彼に委ねよう。



それは新川にとって煮え切らない答えだった。



羊助の意図など分かる筈も無く。



ただ明確な答えを。そして、これからの人生に関わる選択を委ねたい。



ずっとずっと一方的であった。



「打ち解けた」という言葉は撤回しよう。





一週間が経っている。



そう、今日は施設見学の日。もとい、真実と価値が示される日。



羊助は休憩後、新川と一緒に施設に向かっていた



新川にとって、憧れの人が居る職場に尊敬した彼が興味を持つのは、とても気分が良かった。



いつも憂鬱な足取りが今日は軽い。



エネルギー施設までは数分。



相変わらずの無機質に、新川の気分は下がるが、見慣れない観光バスに目が引かれる。



羊助もバスの方を向いている。



丁度そのタイミングで、目隠しをした学生達が、エネルギー施設の職員達に手を引かれ、恐る恐る出てきた。



「さっき言ってた職場体験、か」



新川は、バスの運転手が先輩だと気づいた。



「じゃあ、俺も職場体験してくるので」



「ああ、うん」



「仕事頑張ってくださいね」



「うん」



新川は通常運転に戻る。



憂鬱に。








羊助はキョロキョロと周りを見渡した。



居ない。



施設に入り、案内は女性でも見知らぬ女性の方だった。



羊助を誘った彼女も煽った男もおらず、声も聞こえない。



目隠しを取った子供に物珍しい目で見られながら説明を聞き流して歩く。



一時間程が経った頃、監督官付きで少しばかりの自由時間になった。



羊助はトイレに向かった。



それはそれは優しい誘導案内付きの道。



学生達も迷うことが無い程。



そして、戻るルート。



「迷った・・・」



羊助は自分が方向音痴だと初めて知った。



いや、左右にややこしく、分かれ道が多くあった事も問題なのだが、だとしても看板を見て帰ってこれた筈だろう。



既視感の無い施設ばかり。



施設の人に案内を頼もうにも部屋には人っ子一人おらず、頼る術が見当たらなかった。



羊助があっちにこっちに道を曲がったのも原因だった。



ただ一番驚いたのは、この施設の広さだった。



景観から見るより更にでかく感じる。



孤独感、この取り残された感覚。



「まあどうにかなるだろ」



と、楽観的ではあるが、困ってはいる。



それよりも不安にさせるのは、また、声だ。



「声?」



羊助は自分で言ってやっと気付いた。



二度目だった。



けれどあの時とは違う。



心に届くような、頭に響くような、聞こえない声。羊助はそれ一点に集中する為、目を閉じる。



声は、一つではなかった。



集中すればする程、それは何十にも何百にも重なる。



次第に身体に異変が起きる。



幾人もの民が爆音のスピーカーを通して羊助に訴えている感じ。



「!!!」



刹那、頭が割れるような痛みが襲った。



羊助は頽れ、頭を押さえた。



すると、幾重にも重なっていた声から言葉が鮮明に聞こえてくる。



一週間前の苦しい、けれど悲しく穏やかな感じではない。



騒がしく、耳を塞ぎたくなる。



人の心の傷口を抉る様な、逆撫でする様な、とにかく「嫌」と拒否したくなる文言と雰囲気ばかりだった。



「なんだ・・・これ・・・!」



精神的にマイナスに引き込まれそうになるのは子供の頃以来だ。



一人で生きてきた弊害だった。



自然環境による精神的苦痛、自分を律する戦いはあれど、他人の感情や、精神による攻撃には体制が無い。



順応も適応も、それこそ人との関わり方も分からない。



自分の意思は強い。けれど集団にある意思は更に強い。



これは、人の感情の声だ。



怒号、苛立ち、悲壮、悲嘆、驕り、叱咤、驚嘆、悲鳴・・・。



負の感情だ。



それが、流れてくる。



流れに逆らえない。



人が背負える感情のキャパを完全に超えている。



多勢に無勢だ。



苛立ちに、悲壮に・・・。



耐え、絶え・・・飲まれる。



光の反発が闇に食われる瞬間だという羊助の感覚。視界が狭まっていた。



静観な廊下に響く迫る誰かの足音にも気づけない程。



「ここ・・・苦しいよね」

羊助がハッとしたのは、彼女が手を彼の肩に置いた瞬間だった。



そして、理性と正気を保たせた。



彼女は羊助をここに誘った本人だった。



この感覚、現状を伝えたかったのだろうか。



それは必要だったのか。



分からない。



「!・・・??」



けれど、一つ。



羊助が苦しみを味わい、施設に居ることを踏まえ、思い出した事があった。



「吸、機・・・??」



新川が初対面の時に言った見知らぬ単語だ。



新川の言葉から推測するに、吸機とは、人間のストレス、もとい負の感情を吸える機械の事だ。



つまりこの声の主は、吸機とやらに溜め込んだ人間の負、マイナスの感情?



(感情が声を出す?)



羊助は自分で考察しておいて理解が出来なかった。「そう思うよね」



「違うんですか」



しかし、その考察に疑いは無く。



「いいえ、合ってるわ。貴方に聞こえているこの声は吸気に溜まった、ドス黒い人間の感情。この間の彼女の声とは別よ」



やはり。



ここに誘った。



当然、ここに居る。



少女はどこだ。








「落ち着いた?」



あれから数分。



羊助は立ちくらみ、頭痛、吐き気に、襲われていたが、深呼吸して落ち着ける程度には回復した。



あの様な状況で意識を保っていられたのは彼女のおかげだった。



絶え絶えな羊助の意識が彼女に集中する様、声をかけ、会話をしてくれた。



「さて、行くわよ。声の主を助けに」



「お願いします」








エネルギー施設では吸機に蓄えた人間の負の感情を浄化しエネルギーに変換する。



それで世界全体が潤っている。



それだけエネルギーとしての質、量が良いのだ。



人が短気であると認めている様なものだが。



実際そうか。



『必需』というのも相まって、『当然』のボーダーが迷走している。



吸機で吸い込むのは良しとして、誰がどうやって見えない感情を浄化していくのか。



仕組みを知るものは現在、ここには居ない。



感情とは、自分の精神状態を表す目には追えない表現だ。

自分は怒っている、喜んでいる、悲しんでいる、楽しんでいるのサイン。



誰かに伝える表現であり、自分の現状を知る数少ない形式。



自分は怒っていますよ、人を傷つけていますよ、という自他へのサイレン。



誰も気づかないのか?



マイナス面は強大だ。



マイナス感情を吐き出すのに容易な世の中になってしまったから尚更のこと。



自分を肯定する為に誰かを当然の如く否定る。



何をやらずとも全てが丸く収まる世の中だ。



それは容易くストレスを呼び寄せ、怠惰を誘発する。



我慢強さは無い。



感情においては、人を気遣う心すら、面倒ごとに鳴っている。



言ってしまえば、ストレートな感情。



言ってしまえば、自分本位。



考慮もへったくれもない自分勝手な暴走感情だ。



我慢せず、吐き出す、それは良いことだ。



プラスの感情であればの話だが。



そう。逆であれば良かったのに。



そう、逆であれば、少常にマイナスに耐え続けるなどと言う悲痛な事に少女はならなかったのに。







彼女が、ドアの前に立つ二人の警備員を見るなり鳩尾に蹴り、拳を入れてノックアウトしていた。



「え?」



目的地に着いてほんと数秒のことだった。



驚きのあまり、声が裏返った。



そこは、体育館の様に縦に長くだだっ広い空間だった。



相変わらず白を貴重にした無機質な造り。



爆破や襲撃に備えた素材で強固に。



ここまでの道のりにで右往左往と三半規管が揺れそうだった。



数十分は歩いていただろうか。



侵入者が迷い込む様、上手く設計をしている。



スムーズに進んで数十分の為、侵入者には随分時間稼ぎになるだろう。



いや、今はそんなことはどうでも良い。



エネルギー室前の頑丈で巨大な扉を開け、しっかり閉まったのを確認した途端、エネルギー室前に

いる警備員を二人仕留めた。



「さあ、いくわよ」



 ・・・羊助達は間違いなく準備万全盤石の侵入者だ。






平 優(たいら ゆう)は『この世界』に生きる大半の人間が嫌いだ。



『この世界』の一員で人間である自分が嫌いだ。



感情に流される自分が嫌だ。



誰かのストレスで与えられるストレスが嫌いだ。



誰かにストレスを与えるのが嫌いだ。



『この世界』を救いたい気持ちは微塵も持たない。優には救いたいモノもあった。



けれど、結局救えなかった。



侵略から本当に守りたいたモノ、救いたいモノ。



変えられない現状維持にもどかしさを感じながらも、どこかに希望を託すという他人行儀。



自分の思い通りにならない結果が嫌いだし、思い通りになると思っている自分も憎たらしい。



自分の工夫が足りない事も分かっている。



精神の妄想では現実での行動には敵わない。



「自分は、自分は・・・」といつまでも藻掻ぐ。楽しみなんてモノは有るはずも無く、悲観する。



こんなデフレスパイラルを起こす自分が一番嫌いだ。



こんな自分だからこそ、自分が出来ることを必至に探して、必至に藻掻いて来た。



自分は主人公だけれど、現実ではモブの一人だ。



望む何もかもを手に入れられない人間だ。



だから、手を貸してもらう。



『嫌う人間』ではなく、世界を知れる真っ直ぐな人間に。



数年経った。



諦めなかった。



彼がいた。



今、彼の為に出来る事をしようと誓った。



彼が救ったのなら、彼に全てを尽くそうと誓った。それが、自分の生き方だと、意思を強く持つ。



優は警報装置を止め、慣れた手つきで扉を開ける。「?」



そして、優は彼を押した。



「託したわよ」



「この中に居るんですね」



「うん。私は貴方が帰るまでここを守るわ」



優は扉を閉める。



しかし、羊助が中に入った途端、サイレンが館内に鳴り響いた。



これは誰にも止められないシステムだ。



仕方ない。



断りは勿論いれていない。



警備隊がすぐに侵入者を倒しに来るだろう。



優は重たい息を吐き出して、腰にぶら下がる二本の刀の鞘に手をかけた。







静かな空間だ。



羊助は扉が閉まる寸前に聞こえたサイレンの音に後ろを振り向くが、既に扉は固く閉ざされていた。



前も後ろも左右も真っ白で方向感覚が狂いそうになる。



一呼吸おいて、とりあえず真っ直ぐと思う方へ歩いた。



すると、吸気と繋がるダクトが見えてきた。



中心が近い。



羊助はダクトを頼りに歩く。



「なんだ・・・これ・・・」



道中、真っ白な少女を発見した。



そして、少女を取り囲むドス黒い霧のような何か



先程と同じ感覚だった。



孤独感に恐怖。



心に障る感情や声。



頭痛がひどく、吐き気もひどい。



立っていられない程に頗る体調が悪い。



それでも這い蹲って進んだ。



まだ動く。腕は動く。



「エラい」「無理」と感じても、体は動いてくれる。



先程とは違い、優は居ない。



けれど、先程とは違って、少女が待っている。



意識は少女の苦しそうな表情にしか向いていない。いける。



動ける。



そして、手は、少女に触れた。



一瞬体が羽のように軽くなったと感じた。



しかし、一瞬だ。



次の瞬間には、今までと同じとは思えないほど強烈な何かが心を襲った。



そして、最初に悟った。



「死」



自らの死を。



恐れを。

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