新しい依頼-1
ちょこちょこ見ていただけていた様でびっくりしました。本当にありがとうございます。
少し遅くなりましたが更新です。プロローグからは1年が経過しています。
「すみません、みたらし団子を3つください」
自宅から目的地の間にある馴染みの和菓子屋で、もう何度したかわからない注文をする。馴染みの妙齢の女性店主には流石に顔を覚えられていたようで「たまには他のを食べたらどう?」なんて言われて気まずい思いをしながら団子を持って店を出る。
「またどうぞ〜」とにこやかに言う店主に頭を下げながらここから数分も離れていない目的地に向かって歩みを進める。
別にみたらし団子が特別好きと言う訳でもない俺が店主に顔を覚えられるほどに買い続けているのには理由がある。あのふざけた探偵との約束その1『探偵事務所に来る時はみたらし団子を持ってくること』という訳のわからないもののせいだ。
律儀にそんな約束を守る必要があるかと言われればそんなことはないだろうが、俺はあの探偵との約束に同意して、探偵は約束通りに俺を完膚なきまでに助けた。
「…俺もよく飽きないもんだと思いますよ」
誰に言うでもなくそう独りごちる。あの約束を交わしてからもう1年が経とうとしている。その間に俺は結構な頻度であの探偵事務所に顔を出しているが、その度にみたらし団子を持って行き、あいつも全く飽きない様子でみたらし団子を平らげている。
くだらないことを考えている間に目的地に到着する。真っ先に目に入るのは「湊探偵事務所」の文字。綺麗な二階建ての建物の入り口にかかる木製の看板は妙に目立って見える。
俺は今日、この探偵事務所の主から呼び出されていた。本当なら大学に行っているはずだったが、約束その2『僕の呼び出しには絶対応じること』がある。そもそもあいつがいなかったら大学にも通えていなかったかもしれないんだ。数日サボるのぐらい問題ないだろう。
…あいつのせいで周りから怖がられている気はするが、元々友人なんていなかったし些細な問題だろう。
いつも通りチャイムも鳴らさずに鍵もかかっていない扉を開ける。扉を開けた瞬間、真っ先にタバコの匂いが鼻をくすぐる。1年間ずっと嗅いできた匂いだが、相変わらず体に悪そうだという感想しか出てこない。
「おや、来たね助手君。いつものは持ってきたかい?」
部屋の奥の高そうな椅子に腰掛けてタバコを吸いながら本を読んでいる美しい黒の長髪を垂らした中学生ぐらいにしか見えない少女、この探偵事務所の主である双葉湊はみたらし団子を見て嬉しそうにしながら本を閉じて咥えタバコでみたらし団子を受け取りに来る。
「…あぁ湊、今日は三本な。ってかそれ、今日何本目だ?」
少女にしか見えない可愛らしい外見と、視界に映った山盛りになった灰皿の違和感が拭えずにそう聞くと、湊はみたらし団子を開封しながらこちらも見ないで口を開く。
「今日は少なめだよ、確か15本だったかな」
「…まだ午前中だぞ」
「いつもに比べたら少ないさ。なんせ今日は依頼人に会いに行くんだからね!あまりにタバコ臭かったら印象が悪いだろう?僕だって朝から我慢していたんだよ?」
もう十分タバコ臭いけどな…とは言っても聞かないことはわかり切っている。それに…
「お前なら匂いなんてどうとでもなるだろうが」
正確には「お前の異能なら」だが。まぁそんな細かい部分を俺が気にした所で、湊は既にみたらし団子に夢中で俺の話なんぞ聞いてはいないのだが。
こういう時はこれ以上説教を続けても無駄だということは身に染みて分かっている。さっさとこいつの興味を惹く話題…俺を呼んだ理由について話し始める。
「…で?今日はその依頼人とやらのところに行くのについてこいって話か?」
俺の質問にタバコの火を消し飛ばしてみたらし団子を頬張った湊が、いつもの憎たらしいほどの笑みを浮かべて頷く。
「話が早くて助かるね。久々の依頼だし君も連れて行ってあげないとね」
「…毎回思うが、俺がついていく必要あるか?そして火を消すなら灰皿で消せ」
「何を言うんだ!君はこの湊探偵事務所の立派な助手なんだから、もちろん必要だよ!それに火を消すのはこっちの方が確実だよ?」
「見た目がよろしくないんだよ」
「助手君は心配性だなぁ」
「……」
この1年間でこいつに何度も依頼に同行させられたが、どんな事件もこの探偵は俺がどうこうするまでもなく完膚なきまでに解決してきていた。…文字通り、どんな事件も。
「はぁ…。どうせ何を言っても聞かないんだろう?」
「まぁね」
みたらし団子片手にからからと笑いながら答える湊にイラッとしながらも、諦めて俺もみたらし団子を取りながら今回の依頼についての話に変える。
「それで?今回はどんな依頼なんだ?」
「よくぞ聞いてくれたね!今回の依頼はとある美術館のオーナーからの依頼だよ。最近手に入れた品が呪いの品だったらしくてね、その呪いの正体を突き止めて欲しいらしい」
「…まぁ、呪いの品なんて珍しくないが。お前に依頼するほどのことなのか?」
誰しもが異能を持って生まれ、仮想体なんて化け物も存在するこの世界では呪いの品なんて珍しくもない。なんなら呪いの専門家なんてのもいるぐらいだ。だからこそ、呪いの品について何故探偵に依頼が来るのか不思議だ。
「まぁ僕ならどんな依頼でも完璧にこなすから問題はないが…今回の依頼は別に解呪してほしい訳じゃない。言ったろう?呪いの正体を突き止めるのさ」
「なるほどな。依頼人は美術館のオーナーらしいし、解呪なんてされたらその品の価値が下がるって訳か」
俺の言葉に湊は肯定するでもなく笑顔を浮かべる。この探偵の全てわかっているのに俺が気づくまで待っているような意味深な態度も、この1年の間にすっかり慣れてしまった。どうせ今回も俺が真相に気づくまでは全てを教えてくれる事はないんだろう。
「はぁ…さっさと片付けよう。依頼人と会うのは何時からだ?」
「14時に依頼人の美術館に向かうことになっているよ。助手君はお昼ごはんは食べたかい?」
「お前が急に呼び出してくれたおかげで食いっぱぐれたが?」
「それは良かった、向かうついでに食べていこうか」
…何が良かっただ、とは口に出さない。これも、言った所でこいつは欠片も意に介さないとわかりきっているから。小さな反抗でため息をついてから立ち上がり探偵に続いて事務所を出る。
「もちろんお前の奢りだろうな?」
「もちろんだとも。今日は仕事だからね、助手君の食事代も交通費も経費からさ!経費は良いね!経費と聞くだけで仕事をしてる感が出てくるだろう?」
「……そうか?」
「そうなのさ!」
行き先の正確な場所すら教えられないまま、俺はこの探偵のよくわからん話を聞き流しながらひとまず腹ごなしに適当な飲食店を探して歩き始めた。
これから仕事に行くとは思えないほど軽い足取りで歩く湊を見ながら、今日もこいつに散々な目に遭わされるんだろうという予感を漠然と胸に抱えていた。
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