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第八十八話 白い花の咲くところ

 米麹を作る。

 だいたい三日くらいの作業だ。


 まず、お米の準備が必要になる。


 前日の夜にお米を洗って一晩水に浸けておく。

 浸けたお米をザルにあげて、二時間くらいしっかり水を切る。


 その次は、蒸して柔らかくする。

 四十分くらいで芯まで柔らかく、お餅くらいになったら蒸し終わりだ。


 蒸したお米を大きい桶に広げていく。酢飯を作った時のように、しゃもじで米を切るようにほぐして、水分と熱を霧散させる。

 このお米で麹菌を育てることになる。キノコ栽培と同じだ。

 温度が高すぎると菌は死んでしまう。


「人肌よりちょっと温かいくらいで」


「人肌……わ、私はちょっと体温高い、ですけど……」


 一緒に作業をするコマが、俺の説明に困った顔をした。

 ふうむ、そういえば鬼族とか竜族とかは、熱い鍋も素手で持つからな。


「俺の手、握ってみて」


「は、い」


 ヒナと手を合わせる。ふむ、確かに温かい。ということは、俺より体温が高いか。

 でも、熱い風呂よりは低いか……? む、そうか。


「露天風呂の温度くらいを目指して」


 ちょうどあれくらいだ。


「は、はいです」


 こくこくとうなずくコマ。


 いい感じに冷えたら、麹菌を米に振りまく。


「必・殺! イーグルショット!」


 飛んできた小妖精(ピクシー)を、サイネリアが強烈なキックでシュートした。

 回転して美しい曲線の軌跡を描きつつ、小妖精(ピクシー)は広がったお米にダイブして弾けた。


「ふっ、優秀な妖精の才能(エゴ)が覚醒しそうです」


 満足げに言う大妖精。


「……本当に大丈夫なのか?」


 麹菌をサイネリアに頼んだのは俺だが、不安になってきた。


「ご心配なく」


 小さく細い指先が指し示す先では、広げたお米の海を、とても小さな光がキラキラと泳ぎ始めていた。

 極小の小妖精(ピクシー)が、シュートの着弾地点から広がっていく。


 ふうむ、信じておくか。


 麹菌を入れたら、お米全体に行き渡るように混ぜていく。

 一度では無く、何回か麹菌を入れては混ぜてをくり返す。お米に傷をつけて菌をすり込むように、両手でこすり合わせるようにして混ぜ合わせる。


 しっかり混ぜ合わせたら、次のステップ。

 綺麗な布でしっかりと包み込み、丸めてさらし布で梱包しておく。


 あとは、ゆっくりと麹菌を育てるだけだ。


 主に温度管理だ。三十五度から四十度程度に保ったまま、一日置いてやらないとならない。


「いろいろ方法はあるけど、うまくいくかはわからないんだよな……。ヒナも、ちょっとやってみてくれないか?」


「は、はいっ。がんばりますっ」


 むん、と拳を握ってくれる。頼もしい。


 仕込んだ麹を三つの包みに分けて、一つをヒナに任せた。残り二つを、どうやって温め続けるかが問題だ。





 一つは、露天風呂を熱源にした。


 麹菌を繁殖させるには、湿度も高めの方が良い。

 温泉のお湯が下を流れるようにして、蒸し器に入れて風呂の縁に置いておいたのだ。


 かけ流しの温泉にしかできない方法である。それだけに、なかなかうまくいきそうだ。


「もう一つをどうするか……」


 ちょっと迷ったが、料理には使わなくなっていた石の鍋に熾火の炭と水を一緒に入れて、五徳を置いてその上に置いてみた。

 もちろん、炭の熱で直接炙られないように、石を間に挟んでいる。


 即席発酵器である。小さいサウナのようなものだ。


「……大丈夫かこれ?」


 確か麹をコタツで育てていた人もいたし、できないことはないはず。


 いやできるはずだ。


「……なんにせよ、明日の朝かな」


 それくらいで、うまくいくかどうかは分かる。





 麹がうまく育っていれば、一昼夜ほど置いたところで結果は出てくる。


 包みを広げれば、麹の菌糸で白っぽくなった米と麹の甘い香りがふわりと漂う。


「はずだったんだが」


 発酵器は失敗。

 ちょっと温度が高すぎたっぽい。保温力が高ければいいというものでもないようだ。


 しかし、


「お風呂の方まで失敗するのは、予想外だったな」


 風呂場に置いておいた方も失敗している。見た目も匂いも、昨日の蒸し米と変わっていない。

 こちらは温度は良かったと思うんだが。


 なんでだろう?


「サイネリア、分かるか?」


「優秀な妖精がお答えすると、麹菌が消えています。まるで浄化されたように」


「浄化?」


「はい。このお米は、腐ってすらいません。天龍の宝珠から出る、清めの力が強すぎたのかと」


「あ」


 露天風呂の源泉は、ラスリューの宝珠だ。

 それが発酵と相性が悪かったのかもしれない。


 考えてみれば、鬼族たちは米作りをしているのに、酒は麦酒を外部から買っていたという。


「残念だけど、天龍族の水は、あんまり味噌造りに向かないみたいだな」


 熱源にしようかと思ったけど、ダメだった。


 しかし、


「ヒナがうまいことやってくれたな」


 ヒナに預けた包みだけは、広げた瞬間にふわりと甘い香りが漂う、素晴らしい出来映えになっていた。


「なんだか、うまくいってしまって……」


「良いことだ。ありがとう」


 さすがはうちの料理番である。

 とりあえず、ヒナがうまく育てたもので進めていこう。


 包みを広げて、麹菌で塊になった米をほぐしていく。

 切り返しという作業だ。


 昨日より量が少なくなっているので、すぐに終わった。


「で、もう一度温めつつ保管するんだが……どうやってやったんだ?」


「えと、すごく単純でお恥ずかしいんですけど……」


 包み直した麹を渡すと、ヒナは服を少し緩めて麹の包みをお腹あたりに仕舞い込むと、上から帯を巻いた。


「こうやって、温めてました」


「いや賢い」


 体温高めのヒナは、お腹に麹を抱えて保管していたらしい。

 これは俺でもできそうだ。


「邪魔にならないか?」


「そんなことないです。温かいですし……匂いで、ちょっと揺すったりした方がいいって分かりましたし」


 お腹に手を当てて、すりすりとさするヒナ。

 匂いで察するのはヒナにしかできないと思うけど、


「ヒナのおかげで、育てられそうで良かったよ」


「お、お任せくださいっ。おっきくしますね!」


 膨らんだお腹を撫でながらヒナが笑う。と、


「あーっ!? うそっ!!?」


 バカでかい声が響いた。アイレスのだ。


「えっ、なんで? なんでなんで? いつの間にそんなお腹になってるのヒナ!?」


 勢いよくヒナに飛びつこうとしてくるアイレスを、俺は慌てて押しとどめた。

 天龍族の清めの力がどこにどれくらいあるのか分からないが、分からないからこそいま近づかれるのはまずい。


「アイレス、待ってくれ。俺が大切に仕込んだ米なんだ」


「ソウくんが仕込んだ子なの!!!??!? ボクより先にずるいよヒナ!!」


「えと、えっと、あの、ええっと?」


 赤くなっているヒナ。


「ソウくん、ボクにもしてよ~!」


「アイレスだと無理かもしれなくてだな」


「なんで!?!?!?!!?」


 なぜか涙目になって騒ぐアイレスを落ち着かせるのに、けっこう手間がかかった。





 ヒナに麹の世話を任せて、その間に、俺は発酵器を即席ではなくちゃんとしたものを作った。

 保温力のある容れ物に湯たんぽを入れるだけの方式のお手軽なものだが、使うのは露天風呂のお湯ではなく、井戸水にしておこうと思う。


 米に花が咲くと書いて(こうじ)と読む。

 それは麹を育てたことで、仕込んだ麹がどうなるかを見れば由来が分かった。


 麹を仕込んだ米は、もふもふの白い綿毛を生やしたような見た目になっていた。

 温かみのある白い麹から、栗のような甘い香りが立っている。

 まさに花が咲いたように。


「さすがヒナ。もう俺が教えることは何も無いな」


「そんな! そんなです……!」


 照れ顔でぶんぶん首を振るヒナだった。

 今回のMVPだ。


「ふむ、初めての相手でしたが、もっと盛り上げられそうですね」


 麹の中からふわふわ飛び立つ小妖精(ピクシー)を手に乗せて、サイネリアがつぶやいた。


 通常は三日くらいかかるはずの麹の発酵が、一日短縮されているのは妖精の力かもしれない。


「次は一晩で花を開きましょう。いずれキノコも育ちますし、勢力を伸ばす好機です」


 助かるけども。怠けてしまいそうだ。


 ミスティアの言ったことを忘れないようにしないといけないなこれ。


「あっ、良い匂い~」


 何かを作っていることを嗅ぎつけた千種が、麹を広げたところに現れた。


「食べてみる?」


「あっ、はい」


 できた麹をそのまま差し出すと、千種は特にためらいもなく口に入れた。


 ぽりぽりとかじり、


「あっ、わりといける……?」


 もっと食べたそうな顔をしている。


「量が少ないから、これ以上はだめだ」


「あっ……はい……」


 無念そうに引き下がる。


「でも試作品だから、味は試すよ」


「あっ、待ってます!」


 嬉しそうに宣言した。

 千種はシンプルな扱い方ができるから楽だな……。


 さて、これで米麹ができた。試食してみよう。



毎日更新していきます。

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