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第七九話 商人の正体

書籍発売しました!

最後まで書きたいので買ってください。


 神樹の森に一番近い人の町・ブラウンウォルスに、俺は再び訪れていた。

 すると、老商人の顔がたいへん目立つ感じになっていた。

 頬がぷっくり腫れている。貼られた湿布がとても痛々しい。


「だ、大丈夫ですかそれ? 誰かにやられたんですか?」


 むっつりと口を引き結ぶドラロさんは、いつにも増して深いしわを眉間に刻みながら目を閉じた。

 そして、この世の難問全てを引き受けたかのような顔で、深く厳かに答えた。


「……妻にな」


「あー……」


 なにも言えなくなってしまった。





 老商人ドラロさんには、死別した前妻と、別居した後妻がいる。


 前妻との間に生まれた子は、僻地のブラウンウォルスで若い商人を腐らせたくないと、他の土地に勉強に出した。

 後妻についても、その才能を埋もれさせたくないと、他の国で好待遇を得られるところを見つけて送り出したそうだ。


「子どもも妻も、たいそうドラロの言い分に怒っておったなぁ。送り出すときも、つい最近戻ってきた時も。うはは」


 と、熊のように大柄な街の領主セデクさんが愉快げに言った。


「それで、これですか」


 俺が自分の頬を指差しながら言うと、ニヤニヤしながらうなずく。


「船が着いて妻を出迎えたドラロが、口を開く間もなく、いきなり一発だ。強烈すぎてぶっ倒れてな。うははははは!」


「笑い事ではない。首がもげるかと思うたわ」


 痛そうに首をさするドラロさん。本当に強烈だったようだ。奥さん強そう。

 ため息を吐いて、商人が肩をすくめる。


「近くの入り江から海魔がいなくなったおかげで、船の出入りがだいぶ多く、そして安くなってな。わざわざ儂が船を手配して機嫌を取ったつもりだったが……」


「聞いたかソウジロウ殿! こやつはそんなことで気遣いしたつもりだ!」


 実におかしそうに笑う領主を苛立たしそうに睨んでから、ドラロさんは俺を見た。


「この領主にはしないような、儲け話を聞かせてくれ」


 自分の話はもうたくさんだ、というその様子に、話を変えることにした。


「儲け話とは言えないですが、いろいろ状況が変わって欲しいものができました」


「ふん、森のあるじに欲しいものが。そいつは大歓迎の儲け話だ」


 商人らしい試すような目つきになったドラロさんに、肩をすくめる。


「それほど大したものじゃないですよ。欲しいのは調理道具ですから」


「調理道具?」


「でっかい鍋とか、包丁や、できれば作ってもらいたいものも」


「それはまた……料理人のようなことを言うな。いや、調味料や薬を大量に買い込んだり、調理道具を買っていったりは以前からあったが……」


 目を丸くするドラロさん。俺はうなずいた。


「天龍族が鬼族を連れて新しい村を作ってですね、大人数に大量の料理を──」


「待て待て待て! 新しい村だと!? それこそ大事だろう! その話からにせんか!?」


 驚くドラロさん。


「ああ、確かに。新しい村ができたら儲け話のビッグチャンスですよね。配慮が足らなくて」


「ええいそういう問題ではない! 天龍族と鬼族が、新しい村を拓いて移住してきたことが、なぜ料理道具より後に出る!?」


 怒られてしまった。


「諦めろ、ドラロ。オレはもうだいぶ諦めたぞ」


「セデク、貴様、領主が真っ先に諦めてどうする!」


「村長のラスリューは、先に森を切り拓いていた俺が先輩だから下についてくれると」


「本当にその言い方で合ってるのかそれは……? 天龍族を従えてるのではないか……?」


「そんな感じでしたよ」


 確か。





 わざわざ調理道具を注文したくなったのは、キッチンを大きくしたがそれに見合うサイズの鍋や鉄板を持ち合わせてなかったせいだ。

 ヒナが増えて、アイレスや鬼族もたびたび来るようになって、今までどおりの調理道具ではそろそろやりづらさがある。

 三人までしか想定してなかったのを、石や木を加工してどうにかしていた。だが、良い機会なので鉄やステンレスの道具を揃えることにした。

 寸胴鍋とか、焼き串や鉄板、それに焚き火で使える五徳なんかもあっていい。


 そして、特に包丁だ。

 魚や動物を捌くのにも、俺は〈クラフトギア〉でいい。

 しかし、ヒナはそうもいかない。

 魚と動物と食材で、それぞれ使える刃物があった方が楽だ。それは料理を徐々に覚えつつある新天村の鬼族も、同様である。

 調理器具の貧弱さを解決するために、鍛冶師のいるであろうブラウンウォルスに来たのだ。


「ふん、確かに。それなら今のこの町にはぴったりの奴がいるとも」


「ぴったり?」


「うむ、鍛冶を生業にすることで名高い、ドワーフ族がちょうど来ておる」


「そうなんですか。へえ~、新しくこの町に住むようになったってことですか?」


 ドラロさんの言う『ちょうど来ている』というのは、こちらでも新しい住人が増えているのでは。

 そう思った発言だったが、


「新しくはないな。戻って来たと言うべきだ」


 ニヤついたセデクさんが横からそう言ってくる。


「戻って来た? 昔はここにも、ドワーフ族が住んでたということですか?」


「そのとおり。出て行きたくないのに、訳あって他の国に行かなくてはならない事情があってな。……この町の住人に、追い出されたのだ」


「えっ!?」


 驚いてしまう。

 人間と異人種の間には少し壁がある、というのはミスティアも千種も言っていた。

 こんなモンスターがさくさく湧いてくる土地でも、そんな軋轢が……。


 セデクさんは、肩をすくめて続けた。


「そして、夫の手配した船で帰ってきたところ、だな」


 小さく頬を叩きながら。


「……聞き覚えのある話ですね?」


 俺はドラロさんに振り向く。

 船を手配して妻を呼び戻したら頬を叩かれて腫らして湿布を貼っているドラロさんを。


 老商人は、あらゆる苦難を想像する修行僧じみた顔で、言った。


「……儂の、妻だ」


 異人種との間には壁がある。あるが、それをぶち抜く人もいる。そしてそれが目の前の、気難しげな顔をするきっちりとネクタイを締めたじいさんなわけだが。


 意外と、ファンキーなジジイだな。


 失礼ながら、そんな感想を抱いてしまったのだった。



毎日更新していきます。

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