第七五話 御供養して
「意外と難しいな」
「溝があるだけ楽ちんですよ。ほら、もうこっち十枚目ですし」
「俺はようやく七枚。さすが」
「うへへ……す、すごいですか? すごいですかぁ?」
……アイレスと相性が悪い理由って、もしかして同族嫌悪。
「すごいよ。俺はもう十分自信喪失だ」
「あっ、すみませんすみません! マママウント取るつもりじゃなかったんです……!」
そして激しいヘッドバンキング。
すごいんだから、ちゃんと自信持ってほしい。
「落ち着いて落ち着いて」
千種と一緒に、トランプを作っている。
プラスチックなどなかったし、トランプにできそうな紙質のものもない。この世界で千種が作ったトランプは、木工職人が版画のように模様を刻み入れ、塗料でイラストを塗ったものだった。
「同じ木版画を作るまでは、余裕だったんだけどな……」
「すっごい助かりました……」
俺はまったく同じように、薄く削った木の板にトランプの模様と数字を書き入れたものを作った。
さすがに薄すぎて、神代樹でもよく曲がる。これなら手でも二つに折れそうなほどだ。
「塗り絵は、苦手だったんですね」
「美術の点数、そんなに高くなかったよ、そういえば」
そのトランプに、千種が町で買ってきた塗料を塗っていく作業。
まずはチェック柄にした裏面。しかし、これが意外と大変だった。
はみ出さないように気を付けて筆を使っていくんだが、単純作業だし赤と黒を交互に塗っていくのは、意外と根気がいる。
「これ美術っぽくはないですけど、わたし、点数は良かったですね。──って、ああっ! またマウントを……!」
「なってない。傷ついてない。安心してくれ」
一方、意外にも千種は、こういう塗り絵が得意だったらしい。
綺麗に赤と黒のマス目を塗りつぶしていく。
俺ははみ出ないようにするのに精一杯で、明らかに千種の方が早かった。
「傷ついてない、ですか? 本当ですか……?」
「な、なに?」
「いつもよりなんだか”こっち”な気がしますけど……」
意外と鋭いな。
「……ちょっと落ち込むことがあったんだよ。これは、気分転換だ。悪いな、無理言って手伝わせてもらったのに」
「あっ、むむむ無理とかでは……!」
千種が慌てて否定している。
俺は肩をすくめて筆を置いて、千種に聞いた。
「美術って、どうやったら良くなると思う?」
「……点数の話ですか?」
「点数の話です」
嘘だけど。
「先生の好み次第では……? 美術の先生って、そういうとこありません? 押しつけがましいっていうか……」
身も蓋もない。
「それでよくいい点取れたな……」
「変な先生でしたけど、話聞いてると、なにが好きかだけは、はっきり言ってるんですよねー……。だからお題もちゃんと真面目にやれば、いい点くれました」
なるほど。
「ちゃんと真面目に」
「はい。手が遅いので、よく居残りしましたけど。……このチェック柄も、ゆっくりなぞるだけで、塗り忘れたり塗り間違いがないので、逆に早く終わるかも?」
「なるほどなあ。ゆっくりか」
ゆっくりでも、手が止まっていない。
だから早くなるんだろう。ウサギとカメの理論だ。
「……勉強になるよ」
「ど、どういたしまして? えへへ」
と、千種が笑った時に手元を見ると、
「はみ出てるけど」
「あっ、大丈夫です。赤なので、乾いた後に隣の黒で塗れば」
ああそうか。確かに。
……ん? 上から塗ればいい?
「千種、ちょっと思ったんだが」
「はい」
「こうすれば早くないか? ──〈クラフトギア〉」
俺は手近な木片をカードサイズに切った。二枚作る。
一枚の裏面をすべて赤で塗る。
塗料を『固定』して乾いたのと同じ状態にする。それから、この部分をくりぬいたもう一枚を上につける。
その状態で黒を大きな筆で塗りつけた。
「あっ……」
木枠がマスキングテープのようになり、一瞬でチェック柄だけでなく、他の黒線も塗り終わった。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合った。
「……マウントじゃないからな?」
「あっ、はい。分かってます……ふへへ、わたしの得意って、無駄なんだぁ……」
千種は半笑いしていた。その目がちょっと濡れていた。
すごく悪いことした気分になるからやめてほしい。
「だ、大丈夫だから! 美術の話めっちゃ役に立ったから!」
「あの暗黒の学生時代でも、ピークだったのかなぁ……」
呼び戻すのにちょっと時間がかかった。俺は本当に、千種のことすごいと思ってるのに。
むう、卑下は良くないんだな。俺ももう少し、自信を持った方がいいかもしれない。
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