第七四話 総次郎、壁に当たる
さて、いよいよ問題なのは、残る一つの作業だ。
芸術品の製作である。
ここ最近、俺のしてきたことはすべて、そのためでもあった。
マコを迎え入れて、拠点の雑務を任せた。
新天村の開拓を手伝って、鬼族という大規模建築すらできる人手不足を解消した。畑や田んぼや卵など、俺が手を入れるのは最小限でよくなるだろう。
家も立派なものにして、木工所まである。
後はどうするべきか?
手を動かすべきだ。
たくさんの時間をかけて作った時間で、俺は作業場で小さな木片に〈クラフトギア〉をあてがって、そのまま動けずにいる。
「なにしてるの?」
「うおっと、ミスティアか」
急に話しかけられてびっくりした。
ミスティアは俺が持っていた木片をひょいっと取り上げる。
「木彫りの像かな。最近いろいろ装飾をしてたし、腕が上がってるわよね-」
「そうでもない、落ちてる」
「……謙遜ならいいけど、本気みたいね」
俺の顔を見て、エルフは苦笑いした。
そう、本気なのだ。
「それ、どう思う?」
「海魔の像よね。邪悪そうでいいと思うけど? ちょっと怖いけど、例の漁村の人たちなんかには、売れるんじゃないかしら」
「魔石をラスリューとアイレスの新築祝いにしたから、まだ記憶が新しいうちに、記念に作ろうと思ったんだ」
あんなにデカいのはそんなに見てない。
「でも、よく考えたら海面から下の部分は見てなかった。想像でどうにかしようと思ったんだけど……俺には想像力が足りない」
少し彫るたびに『こんなもんだったか?』と疑念が湧いて尽きない。
進めようとする手がどうしても重い。止まってしまう。
「うーん……私には、ちゃんと海魔に見えるけど?」
「いや、なんか違う気がするんだ。なんとなく」
「作ってから修正すればいいじゃない」
「木彫りの彫像だからな。やり直しはできない部分もあるんだ。だから……」
腕組みして彫像を睨みつける俺を、エルフが背中からぎゅっと抱きしめた。
「ミスティア?」
柔らかく暖かい感触が背中いっぱいに広がる。
いきなり動悸が激しくなったのを自覚した。
「……硬くなってる、ソウジロウ」
澄んだ声が耳元で囁いた。その吐息すら感じられる距離で。
ぞっくりと腹に力が入った瞬間、自分の姿勢がちょっと伸びるのを感じる。
「それに冷えてる。ね、ずっとそうしてたの? ずっとそんなに固まってたんじゃない? ……背筋が曲がってる」
がしり、と胸を掴まれた。無論俺のだ。
「はい、起きて!」
「うおおおおお……!」
ぐいいいいい、と力ずくで後ろに引っ張られる。いや、背筋を伸ばされている。
ばしん、と腹を叩かれた。
「息を吸って、お腹に力!」
「はい!」
言われたとおりにすると、深呼吸のように背筋に力が入った。
「どう? 海魔はどう見える?」
彫像を見下ろすと、先ほどまで近くにあった彫像がずいぶん遠い。それはつまり、曲がっていた背を伸ばして全体を見るようになったわけで。
「え、いや……ぱっと見は、完成に近い。でもこれ、のぞき込むと下の方が──」
「でもソウジロウが最初に見たのは、その視点でしょ? アイレスに乗って、上空から見たんだから」
言われてみると、実際、こんな感じだったような記憶がある。
「でも、これだけだと片手落ちで……」
「ラスリューが頭の中だけでいくつもの建物を完璧に作るから、自分も完璧じゃないといけないって思ったんじゃない?」
「そんなことは!」
反射で言ってから、
「……ないんじゃないかな?」
ちょっと自信を失う。
そうだ、自信を失っているんじゃないか?
製材所・お屋敷・ログハウス。
ラスリューは全て完璧に作った。職人とはこういうものかと思った。
それに比べて、俺は見たことあるものを、できるだけシンプルに作っただけ。
そう思った。
手が止まった時、頭の中だけでどうにかしようとしてしまっていた。
「……どう? 本当になかった?」
俺が考えるだけの時間を与えてくれてから、ミスティアが優しく聞いてくれた。真実のところを。
「……あったかもしれない」
正直に答えると、エルフは優しい笑いの吐息を漏らした。
「……ソウジロウは、すごいと思う。私はそう信じてる。完璧じゃなくても、すごいと思ってる。いい?」
「……わかった」
触れ合う背中が、熱い。
それと、久しぶりの感覚。ミスティアに対して、俺は今、非常に我慢をしている。どんな我慢かは言えないが。
「でも、行き詰まってるのは大変よね。気分転換に、知ってるものから作るのはどう? 千種がお手本よ。彼女が御供養するの、手伝ってあげたらどうかしら」
「手は動かせる、と思う」
なにしろ、見本を前に同じものを作るのが千種の供養だ。
それくらいなら、俺にもできるはず。
「やってみる」
そう答えると、ミスティアは体を離してぽんと肩を叩いてくれた。
「うん。頑張ってね」
エルフの深謀遠慮からくるシンプルな、励ましの言葉。
それを残して、ミスティアは去っていった。
ちょっと足早に。
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