表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/142

第七話 恵みの食卓

 川辺に生える食べられそうな野草を集めた。

 石で軽く囲ったかまどを作り、枝木で三脚を作って、樹皮の鍋を吊る。

 集めた野草にさっと熱湯を通してから、用意しておいた水にさらしておく。


 違う鍋には、背骨とあばら肉を入れて煮込んでる。骨髄から出るアクを、わざと茹でこぼしするくらいぐっつぐつに煮てるのだが、意外にも焚き火の火勢は衰えない。

 なんとなくだが、この森の薪は一本一本がかなり長く燃えてる気がする。


「おっ待たせー! あら、ごはん作ってる?」


 ナイフで木の皿を作りながらのんびり鍋を見ていると、ミスティアが帰ってきた。


「お帰り。さっきちょうどウサギが獲れたんだよ。塩ももらえるし、と思ってね」


「なるほどなるほど。ではどうぞ、これをお収めくださいまし」


 背負った大袋から、ミスティアは白い塊を取り出して、恭しく差し出してきた。


「岩塩か。ありがたく頂戴いたします」


 手を立てて拝むと、ミスティアがにっこりと笑った。


「まだまだこんなのじゃ足りないから、これからもっと恩返しさせてね。ご近所さんなんだし」


 そんなことを言ってから、ちょっと気まずげに眉根を寄せる。


「あーでも、しばらくは短剣と魔法だけだから、ちょっと頼りないかも。ごめんね」


 俺は〈クラフトギア〉を金ヤスリにして岩塩を肉に振りつつ、ミスティアの言葉に首を傾げる。


「テントとか、あれはどこかで買ったものだろ? 人里で補給しに行かないのか?」


 てっきりそうするものと思っていたのだが。

 ミスティアは笑ってぱたぱた手を振った。


「手持ちが無いから無理よ。物々交換する物も、全部無くしちゃったからねー」


 そう言って、ウサギのモモの骨を囓って遊んでいる子犬をわしゃわしゃと撫でた。


「この子の面倒を見ながら、交易品と拠点を両方とも揃えていくのはちょっと難しいかなって。のんびりやるつもり」


「そうか……」


「あ、ていうかまた預かっててもらっちゃったわ。ごめんね」


「いいよ、俺も犬は好きなんだ」


「ふふん、ソウジロウはいい人なのね」


「君ほどじゃない」


 俺がそう言い返すと、ミスティアは嬉しそうに笑った。


「えっへっへっへー。ありがと」


 と言ってから、ミスティアがぐりりと鍋の方を見る。


「でもソウジロウ、ずっと気になってたんだけど……これは煮てるの? ウサギを?」


「いや、骨からダシ取ってる」


「ダシ……? ダー、シー……? …………うーん? なにそれ?」


 この不可解そうな反応……もしかして、ダシの概念が無い?


「あー……良かったら一緒に食べないか? って言おうと思ったんだけど――」


「ほんとに!? 食べる食べる! ありがとう、とっても助かります!」


「わけのわからない料理だと嫌かな、とか言う暇も無かった」


「なーに言ってるのよ! こんなに大きいウサギが獲れてるんだから、貴族でも大喜びするんじゃない?」


「……む?」


「うん?」


 お互いに、首を傾げる。

 なにかこう……致命的に、すれ違いがあるような。


「……ちなみに、ミスティアならウサギが獲れたらどうする?」


「内臓はこの子にあげる。あとは皮剥いて丸焼きかしら」


「へえ……」


「塩の他にスパイスとハーブもあったら、ご馳走ができるわね!」


 それはたぶんアレだな。伝統的(暗黒歴史)イギリススタイルだな。

 ぐったぐたに煮たごった煮か、ただ素で焼いただけの食材をどんと出して、調味料を卓上にずらっと並べれば完成。あとはお好みで調味料を振りまくれというやつ。


 ソトレシピとかそういう次元ではない。


「わかった。ごはんはこれからすぐ俺が作る。だから、ミスティアは犬と遊んでてくれ」


「あ、そうよね。ここだとお肉横取りしようとしちゃうもんね。ほーらおいで、あっちで私と遊ぶわよー」


 俺の頼みに、ミスティアは子犬を連れて少し離れていってくれた。


 ……すまない。俺は、世界的に有名な偏執的美食家国民の世界から来たんだ。

 ようやく美味しいものを美味しいと思える場所に来て、それを諦めることはできない。


 そう心の中で謝りつつ、俺は料理を仕上げることにした。

 メニューは二つだ。ウサギの骨から取ったダシにセリ(っぽい野草)を入れたスープ。十分に旨味を引き出したら骨を取り出し、アクをていねいに取って、上澄みだけを使う。ほんとは漉したい。

 石板でヒレ肉を焼き上げ、すり潰したカラシナと脂を少量の出汁で混ぜてソースに。つけ合わせには軽く熱を通したノビルとクレソンのサラダ。


 ちなみに野草は前もって俺が食べたが、知ってる味しかしないし腹も壊してない。いけるということで投入した。


 そしてできあがったものを木で作った食器に盛り付けてミスティアに差し出したところ、


「すっごーい!? ええっ、なにこれ!? こんなに綺麗なスープ初めて見たわ! それにお肉も! なんだか綺麗!」


 素材を丸ごとごった煮してアク取りしないスープだと、すごい白濁した汚いのになるからな……。


 見て驚いたミスティア。そして、食べた時には、もっと大きな喜びで感動してくれた。


「美味っしい……!! 百年以上は食べたことないくらい美味しい……!」 


 ちょっとリアクション大げさだけど、嬉しい反応だ。


 ちなみに俺は、塩が体に沁みて美味しかった。というか、肉がやっぱりめちゃくちゃ美味い。上質な赤身肉であるヒレは、肉の旨味が強くて柔らかい。兎のようにクセが少ないのに、筋繊維に入り込んだ脂がジューシーな肉汁を保っている。

 このポテンシャルは、和牛クラスだ。

 骨のうま味を味わうスープは、ノビルとクレソンの香りをお供にお腹を温めてくれる。


 特A級の地鶏の味わいに、ステーキで味わえるしっとりした食感。これは日本に生息していたら、乱獲されて絶滅してそうだこのウサギ。


 しかし、昨日も食べたヒレステーキだが、


「……昨日より、美味いな」


 嬉しそうに料理を堪能するミスティアを見ながら、思わずそんな感想が出てくる。


「そうなんだ? 幸運な日みたいね」


 弾んだ声でそんなことを言うエルフ。


 ミスティアが美味しそうに食べてるおかげだよ。――なんて言えるほど、心まで若返れていない。

 しかし、口には出せずともそんなことを思うくらいには、自分は胸襟を広くしているようだ。


 ……精神は体に引っ張られる。っていうことかな。


 健康で若い体のおかげだろうか。手を尽くした料理を喜んで食べてくれるミスティアの姿を見ていると、自分まで心が浮き立つようだった。

 悪い気分ではない。本当に。


「ああ、幸運な日だ」


 ただまあ、口に出すのはそれだけに留めておいた。


 やっぱり美味いものは、美味く食べてやると気分が良い。

 そんなことを感じながら、俺は箸を進めるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは。 >偏執的美食家国民 そこに『魔改造好き』も加えといて下さいませwwww
[一言] ちゃんと日本の常識がこっちの常識なのか疑問に思ったりしててモヤモヤしなくて読みやすいです。 ご都合主義というか作者の脳内だけで完結してない読者寄りの書き方に感じます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ