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第百四話  湖上キャンプの始まり

 湖上で寝泊まりする計画を立てた。そして、ついにその日は訪れた。


 俺はあえて一人で、新天村まで歩いて行った。

 お供は、マツカゼだけだ。


 手頃な棒で作っておいた杖を手にして、森の中を踏破していく。


「なんだか懐かしいな、マツカゼ」


 隣を歩くマツカゼに言うと、無言で目を合わせてフンスフンスと鼻を鳴らしてくれた。


 森で拾った子犬と、二人だけで森の中を歩いたのはいつ頃だっただろうか。

 ずっと前のことに感じてしまう。


 その時は、マツカゼを背負っていた。


 今や大きくなって、マツカゼは自分の足で歩いている。俺の背中には、動物の革でできたリュックがある。

 マツカゼの代わりに、以前は持っていなかったテントやその他のキャンプギアが詰まっている。


「お互い、成長したなあ」


 なんだかそう感じてしまう。サバキャンで必要なもの以外は持ち歩かない。そう考えながら歩いていた時とは、大きく違う。


 今日の俺は、遊ぶためにあえて一人だ。


 あの時とは、ぜんぜん違う。

 マツカゼも、なんだか散歩気分でいるのが伝わってくる。


「ペース上げていくぞ」


 新天村を目指して、ぐんぐん突き進んでいった。





 休憩中にはマツカゼへ水筒の水を分けてやりつつ、俺と一匹は数時間ほど歩いて進み、やがて村にほど近い地点へ到達。


 村には近いが、そこはまだ湖の岸辺でしかない。


「今日はここで泊まるぞ、マツカゼ」


 事前に、ラスリューの縄張りであることは確認済みだ。

 マツカゼは、もはや散歩を十分に満喫したらしい。ヴォフッ、という返事を一つ鳴いたら、その場でぺたん、と腹をつけて寝そべってしまった。


 撫でて労う。


「二泊三日だからな。ゆっくりやろう」


 とりあえず、休憩を挟む。

 燻製肉を取り出して、マツカゼと一緒にかじって湖と空を眺めた。


 どちらも穏やかで、荒れることはなさそうだ。良かった。


 短い休憩の後に、さっそく作業に取りかかった。


 木を伐り倒して、どんどん湖へ押し出していく。


 ムスビが作ったロープで『固定』してから、湖上に浮かべてしまうだけだ。縛ることも杭を打つことも不要なので、作業はだいぶ早い。


 ノコギリでスパスパと伐採し、枝を落として丸太にして、鳶口で運んでいく。


 いつもなら、千種やウカタマと協力してやっていく。だが、今は俺が一人でやってるだけだ。

 黙々と伐って、運び、浮かべる。


 同じことをくり返しているうちに、なんだかゾーンに入っていた。

 無心で手を動かしている。


 が、それも長くは続かない。


「あー、片付けないとこれ」


 ずっとくり返していたら、いつの間にか枝がこんもりと山になっている。

 置き場所を決めて、整えておかなくては。邪魔になる。


 暇をしたマツカゼが、枝をかじって遊んでいた。俺は手頃な枝を拾い上げて、マツカゼと引っ張り合ったり、投げて拾わせたりしてちょっと遊ぶ。


「よし」


 気持ちをリセットだ。


 作ってきた握り飯を食べる。中には焼き魚が入っている。あと山菜。

 マツカゼには、作業の途中で襲ってきたウサギを食べさせていた。


 ちなみに狩った直後に食べるか? と訊いたら、前足で俺に向かって押し返してきた。血抜きと皮剥ぎをしてくれ、という感じで。

 お前は狼の自覚を失ったのか? いいけど。


 持ってきた生のニンジンをかじり、かじらせて、昼ご飯は終わり。


 作業を再開して、俺は湖上に十分な数の丸太を浮かべ終えた。

 それらを手繰り寄せて『固定』して繋ぎ合わせて、浮かべていく。


 やがてそこに、土台の筏が完成した。


「ほら見ろマツカゼ。浮いてる浮いてる」


 浮かべた筏にマツカゼを乗せて言うと、マツカゼは興奮したように吠えた。

 俺も筏に乗ると、足下がちょっと沈んで浮いて、揺れる。マツカゼは、それを感じ取ってその場でくるくる回り始めた。


 その後、筏の上を楽しげにジャンプする犬とはしゃいだ。ははは、こいつめ。危ないからやめなさい。


 次に、岸辺を探索して、ふかふかの苔が生えているところを見つけた。


 苔をもりっと採取して、筏の上にどんどん乗せていく。


 苔のベッドを作ってから、その上にシーツを敷いてテントを立てた。簡単な三角テントだ。

 テントの布とロープだけ持ってきて、ポールは枝を加工して作り、ロープは『固定』して張ってしまう。


 こうするだけで、荷物はずいぶん軽くなる。


 最後に、テントの中に火を付けた薬草を入れて、煙で燻す。


 エルフの持たせてくれた薬草だ。魔獣と獣と、虫も避けられるらしい。便利だ。


 これで、寝床が完成した。


「最初にシェルターを作ったの、思い出すなあ」


 湖上に浮かぶ即席の寝床を見ながら、俺は感慨深くうなずくのだった。


 しかし、これで満足するわけにはいかない。


「成長したところを見せよう、マツカゼ」


 近くにいた犬に宣言すると、マツカゼは首をかしげた。なに言ってんだろう、みたいな顔で。


 一晩寝るシェルターだけで、満足することもない。あれからずいぶん〈クラフトギア〉に慣れたのだから。


 俺は落とした枝を集めて、ブッシュクラフトを続ける。


 足を組み立て、背もたれもつけて、すぱすぱと手頃な枝を真っ二つにしまくり、ついでにもうちょっと加工する。


 現地にある素材で、即席の椅子ができあがった。


 さらに、同じ要領でミニテーブルまで作り上げる。


 テーブルと椅子。これがあると、


「どうだ。文明の香りがするだろ、マツカゼ」


 俺の椅子に先に座ったマツカゼに告げると、返事をするように一鳴き返ってきた。


 でも、うん。椅子取らないでほしい。


「……座らせてくれよ」


 ぐいぐいケツで押しやると、マツカゼは不満そうに唸り声を出し始めた。

 こわぁ。


 仕方ないので、背もたれが無くて犬が寝そべられる程度に広い、ローテーブルみたいなのを作った。


 マツカゼはそちらに移ってくれた。

 子犬時代みたいに、甘くてワガママに戻ってる気がする。


「ふー」


 ようやく座った俺の膝に、マツカゼが待ってましたとばかりに飛び乗ってきた。


 わざわざ椅子を作ってどかした意味とはいったい。


「……こいつめ」


 俺は諦めて、マツカゼを撫でながら休憩することにした。



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