嘘の3秒ルールを幼馴染みに教えられた俺。~3秒だけなら好きにしていいって言ったよね?~
その日、初めて3秒ルールという単語を聞いた。
「え、知らないの?」
「ああ」
「変態すること痴漢の如しのアンタが?」
「名文句を汚すなし」
机から転がり落ち、床スレスレでミートボールをキャッチした、幼馴染みの武田萠果が自慢の猫目を丸くして驚いている。
買ったばかりの猫のヘアピンで前髪を開けた萠果は、相も変わらず男勝りの俊敏な動きを見せるばかりだ。
「へー、意外。こういうのって男子の方が良くやりそうなのに」
「なんなんだ、その3秒ルールって……?」
指に着いたソースを舐めながら、萠果は教えてくれた。
「床に落ちても3秒までならセーフなの」
「……何が?」
「食べてもセーフなの」
真顔。萠果の表情は実に真顔そのものだ。自分が何を言っているのか、微塵も疑ってはいないのだろう。
「何がセーフなんだ?」
「食べても」
「落ちたのに食べてもセーフなのか?」
「3秒以内ならセーフなんだってば」
段々と苛立ってきた萠果。何度も聞く俺が悪いみたいな顔をして、卵焼きを頬張った。
「いやぁ……流石に落ちたらアウトじゃ」
「そういうルールなんだから仕方ないじゃない! 男のくせにウジャウジャうるさい! 一度アンタも落ちたチョコ2.99999999秒で食べてみれば分かるわよ!」
絶対分からないし、分かりたくもないし、そもそもがやりたくない。
「分かった分かった。この話は終わろう、うん。それがいい」
「なによ! せいぜい0.00000001秒で苦しめばいいわ!」
すっかり謎の怒りに満ちた萠果は、プイと外を向いてへそを曲げてしまった。こうなったら放っておくか、好きなアイスを差し出すしか機嫌を直す方法は無い。今月は小遣いがピンチなので前者一択。許せ萠果……。
「──てな事があってさ」
「瀬田君も災難ね」
放課後、在籍する漫画研究会の部室へ顔を出すと、隣のクラスの上杉真麻さんが俺を労るように、声をかけてくれた。
「あ、瀬田君塩飴なめる?」
「ありがとう」
真麻さんは時折塩飴をくれたりする、心優しい人だ。少なくとも暴れん坊の萠果みたいに落ちた食べ物を食べるような粗暴な事は絶対にしない。
「まあ、私も部屋でチョコが落ちたらほこりを払って食べるかも知れないけど、流石に皆が歩く教室は嫌かな」
「だよね」
訂正。時と場合によっては真麻さんも落ちた食べ物を食べるらしい。臨機応変に満ちた秀才らしい柔軟な発想だ。
「で、瀬田君は今日は何を描いているの?」
「ん、これ」
「……鎖骨マン大坂へ帰る?」
「そ」
「……鎖骨マン君、君はクビだ。……そんな部長! ……嫌なら私の肩を揉みたまえ。……部長の肩を揉むくらいなら辞めます」
「どう?」
「と、とても素晴らしい四コマ漫画だと思うわ……し、塩飴はどうかしら?」
「ありがとう」
二個目の塩飴を舐めながら、真麻さんに褒められた力作に花丸を付けた。
棒人間しか描けない俺だが、顧問の小早川T(英語教諭)は入部前に「のーぷろぶれむ!」と笑って許してくれた。それ以来俺は自慢の筆(HBの0.7mm)の赴くまま、描き続けている。
「でも……その3秒ルールは聞いたことないんだけどな」
「え?」
不思議そうに眉をよせる真麻さん。
真麻さんも幼少の頃から萠果と友達で、二人ずっと仲良く過ごしてきた。お互いのことは既に知り尽くしており、アサタンもかたんの呼び名で以心伝心を地でゆく間柄として知られている。
「3秒ルールって、アレじゃなかったっけ?」
「アレ?」
「そ。アレ」
出そうで出ない言葉を何とか口から出そうと、真麻さんは一度水筒から麦茶を出して飲んだ。蓋をして再度俺の方を向くと、顔を少し近づけて笑った。
「仲の良い男女がやるやつ」
「──えっ!?」
「ほら、確か二人だけの合図を決めてさ、合図を出したら3秒だけ相手に好きなことをしても良いってやつ」
「──ええっ!?」
そんな! まるで酒に酔った大学生が王様ゲームのみたいなノリでやるルールだったなんて……!!
いやいやいや、流石にそんな破廉恥極まりないルールなんてPTAも見過ごす筈が無いってばよ……!!
「普通に考えて、落ちた食べ物食べるルールって、変じゃない?」
「う」
その一言は、とても説得力に長けていた。
普通に、どう考えても、百本譲っても、それはおかしいルールだろう……!?
落ちても食えるって、そしたら飲食店で落ちたやつも全部普通に出されちゃうじゃん? ヤバいよそれ。
「……もし良かったら……」
「はい?」
真麻さんが珍しく俯きながら、指を合わせてクルクルと回し始めた。
「や、やって……みない?」
「えっ……」
「私が瀬田君の膝に手を置いたら、3秒だけ……好きにしてもいいよ……?」
「…………」
脳からの通信が途絶えた。
返事が無い、ただのミソのようだ……。
「ん……」
俺の隣に座る真麻さんの、その細くも美しい手が、テーブルの下でゆっくりと、俺の膝に触れられた。
相変わらず脳からは何も返答は無い。思考は真っ白で膝がどうなっているのかは微塵も知れない。
ただ俺の隣に、真っ赤に俯いている真麻さんが見えるだけだ。
「……3秒、経っちゃったよ?」
「あ」
スッと真麻さんの手が離れた。
脳からは興奮を伝える物質がようやく流れ始め、心臓がありえないくらいにバクバクバクバクと暴れ始めた。
膝からは真麻さんの温もりの信号が送られ、それはあっという間に消えてしまった。
たった3秒。真麻さんがくれた3秒は、限界まで圧縮され、やがて弾けたガスボンベみたいに俺の体を吹き飛ばすほどのエネルギーを持ち、その後俺を何も出来なかった虚無感だけが包み始める。
「──カッ……」
「せ、瀬田君……? 顔色が凄いけど大丈夫?」
「──カカッ……」
気が付いたら椅子ごと倒れていた。
時が飛ばされたかのように、現実が遅れてやってくる。
「瀬田君!?」
「──カカカッ……」
口が変な風に開いたまま動かせない。
気が付いたらシャーペンを持ったまま廊下に出ていた。
「瀬田君落ち着いて!」
「──カカーッ……!!」
世界一情けない雄叫びをあげながら、俺は学校を飛び出してしまった。
──反省会は家の前でやった。
鞄を部室に置いたまま出て来てしまった俺は、家族が帰るまで家に入れない哀れな男。因みに令和のご時世に植木鉢の下だのポストの裏だの、置き鍵は自殺行為なのでやっていない。
「……恐るべし3秒ルール」
これを大学生はサークルで乱痴気騒ぎに乗じて行っているのかと思うと、偏差値120あっても精神が持たないのではと思ってしまう。
「まだ嘘みたいに心臓がヤベぇ……」
目を閉じると、凄い恥ずかしそうに俯いている真麻さんの顔が蘇る。
「3秒で好きにしろって……無茶言うなし」
玄関先でため息を一つ。家人が帰るまでにはもう少し時間がありそうなので適当に時間を潰すしかなさそうだ。バイトのシフトでも入ってれば、喜んで向かうところなのだが、今日は休みだ。
「──居た!」
と、萠果が慌てたように俺の前へ現れた。
「アンタ、アサタンに何したの!!」
「へっ!?」
「アサタンから瀬田のクソ野郎がついに発狂したって連絡があったから!」
「んな荒っぽい文面な訳ないだろ」
てかついにってなんだよ。
「悪は死すべし! 喰らえッッ! キツツキ戦POW!!」
「グォォッッ……!!」
強烈な正拳突きが、俺のみぞおちを的確に捉えた。
息が止まり、痛みで思わず倒れる。
「ぐぉぉ……!! は、話を聞げっで……」
「悪に貸す馬耳東風は無い!! さっさと滅すること風の如し……!」
「ア、アイスをやろう……なっ!?」
「アイスなら、抹茶がいいな、ホトトギス」
「分かってる分かってる……」
服についた砂を払い、何とか息を吸えるまでに回復した体をゆっくりと落ち着かせる。コイツの粗暴さは極めて危険極まりない(自己矛盾)。今すぐ太平洋に沈めて貰わないとコッチの命が持たないぞ……!!
「……原因はお前から教わった嘘の3秒ルールが原因だ」
「はぁ?」
鳩が豆ミサイルを喰らった様な顔をする萠果だが、すぐにその手をグーにして攻撃を繰り出そうとした。
「待て待て待て!! すぐに手を出そうとするのは悪いクセだ!」
「膝蹴りだし」
「もっと悪いわ!!」
コイツは俺の命を何だと思ってるんだ?
「で? 嘘の3秒ルールってなによ……」
「真麻さんに本当の3秒ルールを聞いたよ。やっぱり落ちた食べ物を喜んで食べるのは嘘だったそうだな。危うく騙される所だったぞ!?」
「嘘じゃないわよ!」
「真麻さんが言ってたんだぞ!?」
「……訳が分かんないし」
「3秒ルールは本当は仲の良い男女がお互いの合図で……その……アレをアレして…………」
「なによ、急に歯切れ悪くしてさ」
自分で言うと途端に恥ずかしくなり、思わず口が波打ったかのようにへし曲がる。
真麻さんとの事もあり、耐えきれなくなった俺はたまらず目を逸らしてしまった。
「ハッキリ言いなさいな!! 言わないとグーで脳細胞を焼き切るわよ!?」
「分かった、分かったってば……!!」
本当にやりかねない萠果をなだめ、真麻さんから教えられた3秒ルールについて話すことにした。
「──てな訳でして……」
「よし、私ともやるわよ!」
「ゲッ! 何故……!?」
「なんで嫌そうなのよ!!」
グーで俺の首を刎ねようとする萠果を必死に止め、俺は仕方なく3秒ルールをやることにした。
「じゃあ、このヘアピンを私が触ったら、3秒だけ好きにしていい事にしようじゃないの!」
「お、おう……」
玄関の前で見つめ合う二人。カラスがそろそろ帰れと鳴いている。
「ほれ」
萠果がサッとヘアピンに触れた。やれと言わんばかりに両手を腰に当てて仁王立ちのポーズをした。
「……死ねぇぇぇぇ!!!!」
俺は迷わず萠果の額めがけてチョップを放った。
「フハハハ! 甘い……ッッ!!」
チョップは虚しく空気を切り、残像を残してかわした萠果は余裕の笑みを浮かべている。
「その意気や良し! しかし踏み込みが足りん!」
「チッ」
萠果はそのまま外へ向かって歩き出した。どうやら気が済んだらしい。
「明日、アサタンに土下座しときなさいよー」
「ういー」
家の前に座り、しばし物思いにふける。
まだ時間はありそうだったので、学校へ鞄を取りに戻ることにした。
「瀬田君」
「あ」
学校へ戻る途中、真麻さんとバッタリ会ってしまった。心の準備をしていなかったので、ちょっと戸惑った。
「こ、これ忘れてると思って家に……」
「あ、ありがとう……!」
真麻さんは抱えていた俺の鞄をそっと渡してくれた。家まで届けようとしてくれていただなんて、優しさの塊だなおい!!
「そうだ、何かお礼を……」
「い、いいよ。悪いよ」
「いやいや、いつも塩飴とか塩飴貰ってるし」
てか塩飴しか貰ってないし。
「え、そう? じゃあ……」
と言って、真麻さんはゆっくりと道路の角にあるカラオケ店を指差した。
「少しだけ……いいかな?」
「え……う、うん」
真麻さんと二人きりでカラオケに行くことになり、俺の心臓は激しく緊張の鼓動を刻み始めた。
「あれ? 二人ともどうしたの?」
「もかたん……!?」
「ゲ!」
カラオケ店に入ると、何故か萠果がロビーに一人座っていた。
「何でお前が!?」
「いやあ、暇になったから誰か誘ってカラオケでもどうかなーって連絡取ってたところさ~。でも二人が来たならいいや」
嫌な予感がする。全く良くない予感が。
「あたしも混ぜて~♪」
オーマイガッ!!
折角の真麻さんとの二人カラオケがっ!!
「良いよね? 瀬田君」
「ハイ……ヨロシイデス」
突然の乱入でも気にしない真麻さんマジ天使……!!
「では三名様、あちら右側通路を曲がってすぐのお部屋になります」
部屋に入り荷物を下ろすと、真麻さんはドリンクを全員分運んでくると言って部屋を出て行った。気遣いの出来る真麻さんマジ女神……!!
「で? どんな手口を使ったのよ?」
「手口て、言い方悪いな」
グイグイとソファの奥へと深く座り、悪そうな顔して萠果が聞いてきた。
「アサタンは誰が誘ってもカラオケだけは行かなかったのよ? 音痴だからって」
「……そうなのか?」
「まさか……アンタ何か弱みでも」
「失礼な言い方をするな」
「だよねー。アサタンはアンタに弱みを握られる程悪さが下手じゃないもんねー」
不思議そうな顔をしながらも、萠果は音響関係のつまみをいじりながらマイクテストを始めた。こいつ、初めから完璧な状態でスタートしたい派だな。
「ジュースお待たせ」
「あ、ありがとう」
「サンキュー」
真麻さんが女神の給仕でトレイを手に、俺の前にメロンソーダを置いてくれた。
「瀬田君、確かメロンソーダ好きだったよね?」
「(真麻さんが)好きです」
「ふふ、良かった。もかたんはウーロン茶」
「渋いな」
「糖類で口の中ベタベタするのが嫌なのよ」
「本気のやつかよ!」
「なによ! 私はいつだって本気よ!」
と、萠果がいきなり一曲目を歌い出した。
「あ、聞いたことある」
「……今やってるドラマの主題歌だっけ?」
ノリノリで歌う萠果に手拍子でこたえる俺。
その間に真麻さんは真剣な目つきでデンモクと睨めっこをしていた。
デンモクをつつく真麻さんはとても美しく控えめに言っても美しかった(語彙崩壊)。
「センキュー!」
「あさたん上手い」
「こなれてるだけあるわー」
一曲目が終わると、萠果は「トイレ」と言って淡と部屋を出て行った。自由だなアイツは!
「あ、これ……」
「お母さんが昔歌ってたから、私も覚えちゃって」
テレビで懐かしいドラマと共に流れてるのを聞いたことがある。
「~♪」
真麻さんは時折、俺の方を向いてにこやかに歌い、まるで神秘的な世界に迷い込んでしまったのかと錯覚するほどに真麻さんの歌声は素晴らしかった。
「おまたせ~。あ、詰めて詰めて~」
トイレから帰ってきた萠果がグイグイと真麻さんを押した。そのせいで俺と真麻さんは膝が並ぶほどに密接した状態に……!!
「~♪」
少し恥ずかしそうにはにかむ真麻さん。それでも美声は変わらない。
──スッ
と、俺の膝の上に何かが触れた。
「えっ……」
なんと、真麻さんの手が何故か俺の膝の上に置かれているではないか!! なぜぇ!?
「~♪」
顔色一つ変えず、俺の方を向いて歌い続ける真麻さん。これは……つまり!? つまり!? 件の3秒ルールなのでは!?
いやいやいやいや!!
こんな薄暗い個室で、しかも萠果が居る隣でそんな3秒破廉恥だなんて、いやいやいやいや!!
嬉しいですけども!!!!
「あさたんの初めて聞いたけど上手いじゃん!」
萠果が話しかけ、驚いた真麻さんは咄嗟に手を引いてしまった。ガッデム!!
「ありがとう」
「いえいえどういたしまして」
真麻さんの歌が終わると、余韻を許さぬうちに次の曲が始まった。そう言えば、俺まだ入れてない。
「イェーイ! 次行くよー!!」
「俺まだ入れてないがな!!」
「知らな~い」
「あ、もかたんウーロン茶無くなってるよ? 持ってくるね」
「悪いねアサタン」
「飲むの早ーな! てか自分で行け!」
「始まっちゃったし~」
再びノリノリで歌い出す萠果。マジで真麻さんが天使にしか見えない……!!
真麻さんが部屋を出ると、今度は萠果がグイグイと俺の方へと詰めてきた。
「──♪」
ノリノリで歌いながら俺を見る萠果。飛沫が凄い。
と、突然マイクを左手に持ち替え、ヘアピンを触り始めた。
「──♪」
「?」
何やら意味ありげな顔をこっちへ向けるも、何の事だか分からない。
「──♪」
ココココココ、と忙しなくヘアピンを人さし指な腹でつつく萠果。『お前頭大丈夫か?』のポーズにしか見えず、なんかムカッときたので萠果の頭を軽くチョップした。
「──♪」
「いでででで!」
反撃に頬をつねられた所で真麻さんが帰ってきた。ウーロン茶のグラスを二つ持っており、メッチャ気が利く真麻さんはきっと良いお嫁さんになるなと確信した。
「瀬田君入れた?」
「ごめん、まだ」
ちゃんと聞いてくれる真麻さん。マジ聖母……!!
「へへ、こんな事もあろうかと……」
あまり大きな声では言えないが、俺の兄貴が『誰しも人前で一曲くらい歌う機会がやってくる。だから一つで良いから持ち歌を持っておけ。大丈夫だ。壊滅的に下手だったら二曲目は無理強いされないから。マジで……うぅ!』と、泣きながら教えてくれたおかげで、事前に一曲だけは練習しておいたんだぜ!!
「やっぱり私、こっちがいいな~」
と、歌い終わると俺を前を通り、端っこへ座り直した萠果。お前さんは座り方もこだわるんですね。
まあ、そのおかけで真麻さんと隣になれたからノープロブレムさ!
「あ、あ」
軽くマイクに声をかけ、気合を注入。
イントロが流れ出すと否応無しにボルテージが上がった!
「……♪」
俺が歌い出すと、萠果はすぐに俺と距離を詰め、やたらヘアピンを触りだした。だから何なんだそれは。
「瀬田君上手!」
と、すんごい笑顔で真麻さんが褒めてくれた。
そして俺の膝に手を置いた。おぉふ!
「瀬田! ウーロン茶がもう無い!」
ヘアピンをめっちゃいじりながら文句をたれ始めた萠果を軽く無視。
「瀬田君頑張って♪」
俺の膝をもてあそぶように触る真麻さん。もうこれ確信的犯行ですよね!? 宜しいってことですよね!? ね!?
「瀬田! ウーロン茶!!」
いじりすぎてヘアピンが取れた萠果。すぐに鞄からヘアピンを大量に取り出して全てを頭に付け始めた。
「瀬田君♪ 瀬田君♪」
俺の膝で合いの手を入れる真麻さん。全てが微睡みの中の様な気分だ。
「瀬田ーーーーッッ!!」
頭じゅうヘアピンだらけの萠果は、もう何がしたいのか分からない。
「瀬田君♪」
「瀬田ーーッ!」
俺の右と左でこんなにも違う世界。
もうどうして良いのか分からず、ただ音程を外しまくっていく…………。