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外伝03 ディエップ強襲作戦 ヒストリカルノート※2023/5/12砲配置に関する修正


ヒストリカル・ノート


 アラン・ブルックは北アイルランドのアルスターに根を張るブルックボロ村コールブルック館のブルック一族の一員で、父親はブルック准男爵(3代目)でした。アランは嫡子ではなかったのですが、おそらく「ブルック男爵」として本家をしのいでしまうのを避けるため、アラン・ブルックは大戦後にまず「ブルックボロ村のアランブルック男爵アラン・ブルック」とされ、次いでアランブルック子爵に昇りました。このためまだ貴族ではない大戦中の事柄でも「アランブルック」とひとつながりに書かれることが多いのです。


 なおブルック准男爵(5代目)はアランの甥でしたが、親ロンドン・プロテスタントのアルスター統一党を率いて北アイルランド首相となり、少し遅れてブルックボロ子爵に叙爵されました。親戚だから不自然ではないのですが、戦後生まれの3代目ブルックボロ子爵はアランと名づけられました。



 例によって、実際には少しずつ決まっていったことを、ひとつの会議で全部決まったように書いている部分があります。



 第2次大戦中のカナダ軍は5個師団を欧州に送り、第4・第5師団は機甲師団でした。ディエップ強襲作戦のあった1942年には第1歩兵師団と第2歩兵師団がイギリス本土で防衛に参加し、じきに2個軍団編成になることを含みにカナダ第1軍司令部とカナダ第1軍団司令部が編成されていました。


 ところが第2歩兵師団が半壊してしまいましたから、第1歩兵師団は1943年にシチリア島上陸作戦に参加し、少し遅れて派遣されたカナダ第5機甲師団と組んで、イタリア戦線でカナダ第1軍団として戦いました。第2歩兵師団は再建されノルマンディー上陸作戦では予備にとどまり、間もなくカナダ第3歩兵師団と組んでカナダ第2軍団となりました。組む相手のいないカナダ第4機甲師団と、独立部隊となったカナダ第2戦車旅団は、イギリス軍や自由ポーランド軍(ときどきカナダ軍)とともに戦いました。



 ディエップが目標に選ばれたのは、当時のドイツ海軍がローター4枚(従来型は3枚)の新型エニグマ暗号装置を使い始めていて、Uボート対策のためにどうしても海軍基地を襲って関係書類や機器を手に入れたいと関係筋が要望したからだという話が、比較的最近語られているようです。もちろんそれだけで意味を成す説明ではなく、(従来から語られている)「港湾都市の直接占領が容易にできるという連合軍幕僚たちの強い思い込み」と合わさって、初めて悲劇的結末に至ることは従来説と変わらないでしょう。


 また、マウントバッテン司令部は史実の「正面攻撃案」のほかに、東西からチャーチル戦車を揚陸してディエップを挟撃する案を検討しましたが、長距離を戦車に進ませ渡河もさせる点が不安視されて、史実の作戦計画での提案となりました。もし主要かつ不可欠な目標が暗号関係書類・装置の奪取であるとしたら、挟撃案ではディエップの海軍施設には書類や装置を破却する時間がたっぷり残ることになり、マウントバッテンすら「作戦実施の本当の理由」を知らされていなかったことになります。マイソフとしては、この説の正しさについては判断を留保したいところです。



 海軍の水上警戒レーダーであるゼータクトは、ディエップ強襲時に遭遇戦をやったドイツ輸送船団はとらえていましたが、上陸船団は見つけられませんでした。当時この種の水上警戒レーダーは見落としや誤報が多く、空軍のレーダーがたまたま見つけた正しい情報を海軍が無視したと思われるのも、無理もない話であろうと思います。



 作戦が終わった後のイギリスが、カナダに捕虜の名簿や人数まで報道を認めたかどうか(家族には伝えたでしょうが)は、私がちょっと読んだ限りの書籍でははっきりしません。


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 ディエップ周辺の砲配置に関するヒストリカルノート


※第302歩兵師団の報告書が見つかったので、かなり大幅に修正しました。


 フランス陸軍省が管理するディエップ強襲作戦記念館The August 19, 1942 Memorialの公式サイトには、上陸地点周辺に配備されていた砲について、部隊名なしに列挙されています。


https://www.dieppe-operationjubilee-19aout1942.fr/english-version/german-forces/land-forces/


 まずあちこちにいた88mm高射砲についてですが、同地近くの陸軍の沿岸砲兵部隊が持っていたとする資料が全くないので、空軍の所属であっただろうと思います。カナダ兵生存者たちの手記で見かけませんので、もっぱら空か艦船に向けて使われていたのでしょう。第253混成対空防衛大隊(gemischte Flak-Abteilung 253 (v))や、第276混成対空防衛大隊 がこのあたりにいたようてす。gemischte(混成)は88mm砲中隊と20/37mm砲中隊が大隊に混じっていることを意味します。(v)は固定陣地の対空砲部隊によくついている表記で、Verteidigung(防衛)ではないかと思います。


 まずイエロービーチの「ゲッベルス」砲台にいたのは、第770陸軍沿岸砲兵大隊第2中隊です。備砲はチェコスロバキア製105mm重カノン砲(Schwere 10,5-cm-Kanone 35(t))でした。師団砲兵の105mm榴弾砲leFH 18に比べて射程は5割り増しくらいですが輸送時重量も1トン重く、沿岸砲兵によく使われました。一緒にいたとされる「170mm砲」ですが、第302歩兵師団の8月25日付報告書では「17cm guns type K in howizer carriage」とあり、当時最新鋭の17-cm-Kanone 18と思われます。これら7門が第2中隊で統一運用されていました。


 ブルービーチのピュイ村付近(ディエップ西側の枕地)にあった「ロンメル」砲台から、グリーンビーチ揚陸組と戦ったディエップ西側の枕地にかけて、第302歩兵師団第302砲兵連隊第3大隊が布陣していました。この大隊は変則的で、第7中隊、第8中隊、A中隊、B中隊を持ち、加えて第265沿岸砲兵中隊を指揮下に置いていました。備砲は第265沿岸砲兵中隊がチェコスロバキア製15 cm sFH 25(t)、残りの4個中隊はチェコスロバキア製10 cm leFH 14/19(t)でした。後者は捕獲時点の使用国によって、ポーランド、ユーゴスラビア、ギリシアなどの国名記号がついていることもあります。このうちB中隊だけがピュイ村沖の目標を射撃した記録があり、B中隊だけがロンメル砲台にいたものと思われます。


 大戦後半になるとbodenständig(固定)砲兵部隊という部隊分類ができて、例えば砲4門に対し牽引車が2両しかない部隊を指します。ローカルな砲の移動は半分いる牽引車でできますが、長距離移動はできない部隊ということです。おそらくA中隊とB中隊の分の牽引車を配備する見込みがなくて、師団が遠くへ出動するときは置いて行くしかない……ということでこういう変則編成になったのではないかと想像します。


 なおディエップ強襲作戦記念館のサイトでは、ヒンデンブルグ砲台(これは連合軍側の地図を見ると西の枕地ではありますが、かなり内陸地点とされています)にフランスの75mm砲が配置されていたとされています。第302歩兵師団報告書によると、内陸部の空軍飛行場を警備する空軍部隊に、対空砲に混じってフランスの75mm砲(PAK97/38としても使われた、M1897シュナイダー野砲)が1門配置されていました。この砲はもともと馬でけん引する仕組みで、フランス陸軍もこの砲を自動車でけん引できるよう改造していましたから、どういう砲架が使われていたかはわかりません。


 オレンジビーチの「ヘス」砲台には陸軍の第813沿岸砲兵中隊が陣取っており、さらに西にあるファール・ダイ(Phare d'Ailly)灯台の観測所から指揮を受けていました。このファール・ダイにいたのは、おそらく海軍の第556観測大隊(Beobachtungsabteilung 556)と思われます。仲が悪いと言っても、陸軍部隊が近隣にある海軍司令部の下についたり、逆をやったりというのは多くの例が見つかります。フランスの記念館サイトでは155mm砲6門となっていますが、第302歩兵師団報告書では「15cm K 16 Krupp」であり、1917年から使われた15 cm Kanone 16でしょう。


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