ミイラ取りの気紛れ
「……これ」
「これ……」
ケイスがノルトに渡したのは、鈍色の、手のひら大のメダルだった。同じ材質でできたチェーンがついている。
顔色は真っ青で、汗にまみれ、ぜいぜいと息を切らしながらケイスが続ける。
「言うたやろ……、人間……一番隙ができるときは、安心しきっとる時やって……」
今にも死にそうだ。ノルトを引きずっていた体力的なダメージに加えて、精神的にも疲弊しきっている。
「それも……含めて絶対無理やと思ってたけど……、俺やったら捕まってもお前が……出してくれるやろ。早よこんな街出て……」
息を一つついて、ノルトは言った。
「アドラインという人はね、スリに魅入られていたのよね」
魔術師というのは、ある程度の器用さがないと大成しないという。複雑で大掛かりな呪文を使うときは、体、特に指先の動きでその成功の可否が左右される。
修行中、偶々街でスリの現場を見たらしい彼は、その動きに惹きつけられた。熟練の動きは、通常視認することは難しいが、動体視力も優れていたアドラインにはその技術が「賞賛に値する」のがはっきりと見えた。まだ治安の悪かったラシアンの街では、よくある光景だったという。
「人のものを盗む」という行為はまったく誉められたものではなく、犯罪であること自体は憂慮しながらも、彼はある意味「道を同じくする」スリの技術を研究し、“付与者”となった後もその思いを道具作りに込め、そして……。
「思わず見て見ぬフリしちゃったのかしらね。あんまりガケップチにいるスリを見たら」
ノルトの口元が、わずかに上がったように見えた。
***
「お嬢様、お早いお帰りで」
「イヤミはいいわ。どこへ行けばいいの? 資料はあるわよね」
この娘は、全く親離れできねェなあ、と、羊皮紙が崩れそうなほど積んである文机に座る壮年の男は呟きをかみ殺した。聞こえたら半殺しだろう。
「親」というのが誰のことか……どっちにしてもだ。
羊皮紙の山の中から数枚を取り出し、男がノルトに渡す。よう、あの中から正しい資料を出して来よるなあと、帰ってくるなり子供達に上られながらケイスは思った。俺は木か。
「あ、コラお前、まだ刃物は早い言うたやろ」
子供の一人から、小さいが立派にその役目を果たせそうな暗器をつまみ上げる。靴に仕込んでいたらしい。絶対見つからないって言われたのに、と取られた子供は不満そうだが、無理に取り戻すような様子はない。
「このままじゃこのギルド、置き引きやスリばっかりの小悪党の巣になっちまうなァ」
「あたしがそうさせないから、大丈夫よ」
暗に、ではなく明確に自分が後継者になると、ノルトは周りにも明らかにするようになってきた。
兄からも、他のマスター候補からも、もう自分の命は自分で守れる。
ギルドのドアが開き、伝達係の盗賊が羊皮紙を文机に載せて、また足早に去っていく。
「やれやれ、俺の仕事は終わらねェなあ。……ん? これは……」
「どうしたの?」
「ラシアンの治安所長が更迭されたそうですよ」
「へえ。早かったわね」
「お二人、何かしたんですかい」
「別に」
すぐに手の空いたギルドメンバーを、ラシアンに向かわせるようにノルトは指令を出す。
「火事場泥棒やな」
「あれ1つじゃ満足できないわよ。押収されちゃう前にもらっときましょ」
意味ありげに二人を見て、苦笑いをする文机の男から目を逸らして
「何もしてませんて!」
顔色を明らかに悪くして、ケイスは子供たちを連れて逃げるように部屋を出て行った。
「腕はあるんだがなァ」
「腕はあるのよね」
残された二人が同時につぶやく。
「まあ、向き不向きがありますからね。ここでは長生きできねェでしょうが本人がアレじゃしょうがねェ」
「そうね。あ、近々マーケットにいい出物があるかもしれないから、チェックしておいて」
ノルトは次の旅の準備を始める。もっと確実に、もっと盤石に、ギルドを自分のものにする。自分にはそのくらい力があると信じる。痩せっぽちのチビに、そう言ってくれた者がいる。
“子守番”一人くらい、ジジイになるまで飼いきって見せるわ。
なんとか完結できました。小説ムズカシイネーマジデマジデ。
しばらく「三下ファンタジー」と銘打って創作漫画を描いていまして、そのメインストーリーがあるのですが完結してなくて、小説で何とか成仏させようと思っていたのですが、この短編だけでこんなに大変とは。
同じく全く流行りではない話になりますが、もしご興味がありましたらお付き合いください。




