クリスマスプレゼント(短編 23)
クリスマスイブの夜の街。
どこもかしこも鮮やかなイルミネーションがきらめき、通りにはクリスマスソングが流れている。
だがそんなもの、オレにはどうでもいいことだ。にぎやかな繁華街を素通りし、まっすぐネグラのマンションに帰った。
今日、ここらあたりが潮時だと、三年ほどしていた仕事をスッパリ辞めた。仕事といっても、かなりヤバイものであったのだが……。
最近サツが、うちの組織をかぎまわり始めた。近いうちにガサ入れがあるにちがいない。
辞めるなら今のうちだと見切りをつけたのだ。
そろそろこの部屋を引き払い、どこか遠くへトンズラしたほうがよさそうだ。この際、ヤバイ仲間とも手を切りたいしな。
金ならタンマリある。ゼイタクをしても、数年は何の不自由もなく暮らせるだろう。
――そうだ!
明日にも、さっそくここを引き払おう。家財道具も思い出もいっさいがっさい捨て、身ひとつで新天地へ飛び出すんだ。
これまでにオサラバだ。
十二時過ぎ。
玄関のチャイムが鳴った。
このマンションはセキュリティが厳重である。こんな深夜に、だれもが入ってこれないはずだが?
――まさかサツじゃ?
オレはドキリとして立ち上がった。
足音を忍ばせ玄関に行き、ドアのノゾキ穴からのぞくに、白いヒゲヅラのジイさんが立っていた。
どう見てもサツではなさそうだ。
ところでジイさんが、こんな時間に何の用があるというのだ。よほど追い返そうとも思ったが、ここでトラブルを起こすのはさすがにマズイ。
ドアを少しだけ開けてやった。
ジイさんは小太りで、赤い帽子にダブダブの赤い服を身につけていた。おまけに肩には白い大きな袋。
まるでピエロのサンタクロースじゃないか。
「何の用だ?」
顔をのぞかせ、オレはつっけんどんに聞いた。
「となりに用があって来たんだが、どうも留守のようで会えないんだよ」
ジイさんはチラッと隣の四〇三号室を見やった。
最近とんと姿を見かけないが、隣の部屋には若い母親とガキの二人が住んでいる。以前はよくガキが、廊下をうるさくかけまわっていたものだ。
ジイさんはガキのジジイなのだろう。
サンタクロースに扮し、孫を喜ばせようとでもいうのか。それにしても手のこんだことをするものだ。
ジイさんは袋から、トナカイの絵で包まれた箱を取り出した。クリスマスプレゼントだ。
それをオレに差し出してくる。
「サトシ君にお願いされておったものでね。すまんが渡しておいてくれんだろうか」
「ああ、わかったよ」
箱を受け取ると、オレはすぐさまドアを閉めた。
――サトシだって?
名前がオレと同じじゃないか。
偶然の一致につい笑ってしまった。
包装紙を破り、さっそく箱を開けにかかる。ガキに渡す気など、はなからさらさらなかった。
箱の中身はロケットのオモチャ。さらには、なぜだか旅行の招待券も入っており、特別列車の乗車券までついている。
こいつはいいものが手に入った。明日のトンズラに使える。旅行気分の逃避行というのも、なかなかオツなものではないか。
招待券には――本券ご使用の場合、ご本人と確認させていただくため、必ず同封のオモチャをご持参ください――と注意書きがあった。
なんのことはない。このロケットを持っていくということなんだろう。
乗車券には、S駅、銀河号、十二月二十五日、九時発と印刷されてあった。
――明日の朝だって?
まあ、トンズラするなら早い方がいい。それにS駅であれば、ここからもっとも近い駅だ。
この招待券を使って、オレは逃避行の旅に出ることにした。
寝ようとしたときだった。
部屋の明かりを消すとベランダの片隅が、カーテンごしに何やらチカチカと光っている。
オレはベランダに出てみた。
光の元は四〇三号室のベランダにあった。
オレの部屋のベランダとの境に小さなクリスマスツリーが飾られてあり、赤や緑といった豆電球が点滅していたのである。
――うん?
クリスマスカードが落ちていた。ツリーにあったのが、風でこちらまで飛ばされてきたのだろう。
何とはなしにカードを手に取ってみると、それにはつたない文字で「ロケットで銀河を一周したい。サトシ」と書かれてあった。
――そうか……。
ジイさんはこのカードを見て、ロケットのプレゼントを選んだのだ。
そういえばオレも子供のころ、まったく同じ夢を持っていたな。
それが、今は詐欺師くずれだ。
こいつはチャンチャラおかしい。ついおかしさがこみ上げてくる。
翌朝。
マンションを出る前、オレは一階にある管理人室に立ち寄った。
「今月限りでもって、四〇二号の部屋を引き払いたいんだ。で、残った荷物はそちらで処分を頼むよ。それなりの礼はするから」
札の詰まった封筒を管理人に渡す。
管理人はいぶかしげな顔で封筒の中身を確認していたが、十分すぎる金額に満足したのだろう。
「では、お荷物はこちらで。それに解約の手続きもすませておきましょう」
いともかんたんに引き受けてくれた。
金の威力は絶大、世の中すべて金しだいである。
「ところで四〇三号室の住人だけど、最近ずっと姿を見かけないようだが」
オレはそれとなくたずねてみた。
サトシという名前が、なぜか頭の隅にひっかかっていたのだ。
「お子さん、入院してるんですよ。これは聞いた話ですがね。何かひどい病気らしくて、ほとんど助かる見こみがないとか」
――それでか。
ベランダで点滅していたクリスマスツリー。ときおり母親が病院からもどっていたのだろう。
オレは部屋のカギを返し、ネグラのマンションとオサラバをした。
手にはバッグがひとつ。
中には札束とロケットのオモチャが入っていた。
S駅に着いた。
構内に掲示された運行表で銀河という電車の発着ホームを探した。……が、いくら探してもそれらしき電車は見当たらなかった。
発車の時刻が迫る。
近くにいた駅員にたずねようとした、まさにそのときだった。
ゴゥー、ゴゥー。
轟音が構内に響き渡り……と同時に、オレは突風のウズに呑みこまれていた。
何が起きたか考える時間もない。
強い力で後方に引かれ、オレの体は宙に浮いた。
『ご乗車、ありがとうございます。本列車は、これより太陽系を出ましたあと銀河系を一周いたします。なお終着駅は当S駅、終着年は……』
車内アナウンスで我に返る。
どうやらオレは、特別列車の銀河号に乗っているらしい。ただ列車の行き先は、とんでもなく遠くのようであるが……。
急いでバッグを開けてみた。
――やはりな。
思ったとおりロケットが消えている。
この銀河号の中で、オレは独り最期を迎えることになるのだろう。
車窓から見えるのは、果てしなく広がる暗黒だけであった。