第三話:転生課と勇者には深い関係があるらしいです②
「父上…」
「大きく、なったな」
イケおじは優しげにレオを見ながら呟いて、静かに目を閉じると一呼吸置いてから、
「やれ」
そう冷たく言い放った。
刹那、俺達の周りを薄い霧のようなものが流れる。何が起こるのか《《なぜか》》理解した俺は即座にウインスとレオの身体を抱き寄せる。
2人の身体は力が入っておらず抱き寄せたものの重さで少し蹌踉めきそうになった。
今の霧は睡眠魔法だ。それもとても高位な夢魔によるもの。
「やっぱり私の魔法も効かないのね」
「想定通りだな。君はそのまま家の中に隠れていなさい」
「解ったわ。あなた…死なないでね…」
家の戸から輝く銀髪を覗かせながら奥に消えていく人影を見てからイケおじがスッと腰を落として構えた。
腰に下げた剣は抜いていないが、素人でも感じられるほどのピリピリと肌を刺すような空気を感じる。初めての感覚だがこれが殺意や殺気と呼ばれるものなのだろう。
本気の殺意に喉が引きつるような緊張を覚えながらも抱きかかえた2人をそっと寝かして、2人から離れる。
イケおじの彼が手を出してこないのは俺が2人を抱きかかえているからなのは気づいていた。だから離れる。下手な刺激を与えないために。
大丈夫。襲われても天の鎧がある。そう思っていた。
一晩経って明らかに恐怖感が減っており、謎の冷静さと思考の明瞭さが宿っていた。
天使の力も曖昧ではなく理解して使うことが出来ている。負ける要素がないと、思い違いをしていたのだ。
俺が寝かせた2人から数歩移動し、イケおじと目を合わせた瞬間に彼が動く。
「天閃割砕!」
瞬く間に近づく彼の姿が、時間を引き伸ばしたかのようにスローモーションに見える。彼の顔はイケメンが台無しなほど殺意に満ちており、いつの間に抜いたのか手に持った剣を天に掲げ、半身の状態で垂直に振り下ろしてきた。
迫りくる剣に対して反射的に腕を前に持っていきクロスさせる。
―ズバンッ!
と短く聞こえた気がした。
「っは!脳天からカチ割ってやるつもりだったんだがっ…!だけど!」
振り下ろされた剣はガードした腕を容易く切り落とし、余波の剣閃だけで背後にあった樹木を縦に割いていた。
「一閃!」
ボトッと落ちる自分の腕を目を見開き動きが止まった俺に更に横薙ぎの斬撃が迫っていた。
辛うじて目だけで彼を見る。そして、
―ッスン…
俺の首は飛んだ。
あっけなく、斬られた。
そう、俺は理解していたはずだ。勇者もまた天の力を扱う者だと。
痛みはなかった。なんなら頭が落ちた今でも意識がある。
いつだったか聞いたことがある。江戸時代、処刑の達人であった山田浅右衛門に斬首されたものは痛みも殺された事すら把握出来ずに首を落とされるのだと。今の俺もそんな感じかもしれない。
死んだ所でセフィロトを通じて生まれ変わるだけだ。一度死んだ身、そんなに性に執着もない。などと格好つけたことを考えていた。
次第に不思議になってきた。あまりにも意識が残りすぎている。
「…あれ?」
もしかしなくても死んでない?
「何を不思議そうにしている。死んだふりが俺に通じるとでも思ったのか」
イケおじが俺の眼の目の前に剣の切っ先を向けて凄む。
そこでようやく俺は思い出した。《《天使は死なない事を》》。
イケおじは剣で俺の頭をすくい上げ、髪を掴んで自らの顔の前に持ってきた。すくい上げられた際に頭がぐるぐると回転し俺の三半規管を揺さぶる。
「うっぷ…吐きそう…」
「心配すんな。今のお前は胃が繋がってない」
揺れた頭で『戻れ』と念じる。視界が少しだけぶれてすぐに俺の頭はイケおじの手から離れた。
いきなり身体が戻った感覚に目眩を起こしそうになり、俺は自分の頬を両手で叩く。
「お前、本当に刺客か…?天使にしては弱すぎる」
「…天使だよ。なりたてだけどな。痛みはなかったけどできればもう斬らないでくれ…」
今の今まで自分の首が落ちていたと思うだけで吐き気がする。斬られた腕もくっついているとはいえ違和感が拭えない。
力を過信してやられるとか、イキリ主人公かよ。
「私はね。ローガンさん。貴方に要件が有って来たんだ」
「あんたからは敵意を感じない。信じてもいいが、1つ確認させろ」
ローガンは構えと警戒を解かずこう言った。
「お前はブーティカの使いか?」
と。
事情が解った今だからこそ思う。あの女神は本当にクソだな。
ブーティカの使いではないことを伝え、別の仕事でブーティカとは関係ないと説明するとローガンはようやく剣を収めてくれた。
「すまないが2人を家の中で寝かせてあげたい。運ぶのを手伝ってくれるか?」
刺すような剣幕も、いくらか柔和なものに成り俺も無意識のうちに入っていた肩の力が抜けた。
2人を抱きかかえて家に入ると、先程隠れた銀髪の女性が心配そうに近寄ってきた。
「貴方!…大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だよ。こいつはブーティカの使いじゃない」
「そうなの…?」
仮にもこの世界の女神なのにここまで嫌われてて良いのかと思うくらい嫌われている様子に思わず苦笑する。一応、戦の女神ブーティカってこの世界で振興されているはずなんだがな。
眠っている2人をベッドに寝かせ、俺達は椅子に腰掛けた。
「それで、貴方はなんなのかしら」
銀髪妙齢の女性が座って第一声を上げた。その目は鋭く俺を突き刺すような睨みだった。とても若くて美人だと言うのに。
しかし、天使と言うだけで敬われることもあるって聞いた気もするのに敵意を向けられてばかりだ。
それだけブーティカが嫌われているのだが。
「よさないか。仮にも彼は天使だ」
「こんな変な黒い服を着た天使なんて見たことないわ」
「…俺の居た世界ではこれが仕事着としてよく使われていたんだよ。それに彼は俺をローガンと呼んだ。俺が地球に居たことを知っていて接触してきたんだろう」
「そうなのね」
悪かったな。格安のビジネススーツで。天使の白い翼に合わないのは解ってても楽なんだよ。
「こんな動きづらそうなのが仕事着だなんて」
銀髪の彼女―キャメル・サタン・デモニア―が小馬鹿にして笑う。
「あの、話していいっすかね…」
割と美人にチクチク言われるのが心に来ます。
「まず、私は元々は地球と呼ばれる星に居た人間だ。少し前に色々あって天使になって今は天界は天部と呼ばれる場所で働いている。ローガンさん。私はジャパニーズだったんだ。残念ながらイギリスには行ったことが無かったけどね。トラファルガー広場の美術館は一度くらい行ってみたかったものだよ」
自己紹介は簡潔に、そして相手も反応しやすい一言を添えるのが打ち解けやすい。営業業務で学んだことだ。
ローガンはニッコリと笑い右腕を差し出してきた。
「今の俺は“ヘンリー”だ。話の出来そうな男で良かったよジャパニーズ。ただ、良い挨拶だと思うが、お前の名前が無かったな」
「これは大変失礼した。私の名前は長瀬啓示という。ケイシと呼んでくれ」
俺も右腕を差し出しがっしりと握手する。
ヘンリーは腕をブンブンと振り、次に横に座る銀髪の女性に自己紹介をするように促した。
「…デモニア国第3皇女、キャメル・サタン・デモニアよ」
彼女は渋々と言った様子で腕を差し出してきた。俺は営業スマイルで「よろしく」と言ってその手を握る。
本題を話す前に俺はまず、俺の仕事についてさらっと話した。
「―つまりケーシは俺の力に用事があるんだな?」
「ヘンリーさん。貴方は正式な手続きをせずにブーティカによって天の力を与えられてしまった。そのまま力を使い続ければエルラドにある資源はどんどん減ってしまう。私はそれを止めるために来たのです」
「すまん。なんだって?」
「順を追って説明しましょう」
俺は居住まいを直して、長台詞に備えて咳払いを1回した。
「まずは世界に存在する資源、天界では単に資源と呼ぶこともありますが。まずはこれについて説明しましょう。
資源というのは世界を構成する目に見えぬ物質の一つです。わかり易い例は地脈ですか。世界を維持するために必要な文字通りエネルギー。それが資源です。各世界に存在するエネルギーはその世界を構成する生命の樹によって決まっています。それを覆すのが貴方も使っている天の力。天の力は生命が循環、つまり輪廻を繰り返すことで生まれるため基本的に無限の力を有しています。故に天の力は強力なのです。その力を調整し、世界を枯らさないようにするのがブーティカなどの管理部の者の仕事です。が、ブーティカは規則を破り他世界から勇者を勝手に送ってしまった」
「そうだ。奴は一度死んだ俺の魂を弄び勝手な使命を与えてこの世界に落とした」
「ヘンリーさんにとっては重要かもしれませんが、天界としてはそこではなく、正式な手続きを踏まずに力を与えてしまったことが問題なのですよ」
ヘンリーは少しだけ不機嫌そうに口を歪めた。当然だ。勝手に産み落とされたことはどうでもいいと言われたようなものなのだから。
「勇者の力とは本来、天界に存在する天の力を扱い、天の力をその世界に残すもの。つまり使えば使うだけ世界としてのエネルギーは増やせるものなんです。ですが、今の貴方はエルラドに存在する資源を消費して天の力を再現している。そして放たれた力は天界へと返ってしまっている状態なのです。おかげで貴方が力を使えば使うほど世界が痩せこけていく。身に覚えがあるんじゃないですか?今まさに起きようとしている人族と魔族の戦争。仕掛けたのは人族ですがその理由は土地が枯れ始め食糧難が起こっているからだ」
これが世界の法則。だから世界に干渉できる天使や神などが維持管理を行っている。これだけなら勇者など作らなくとも天使が降りて力を使えばいいだけのようにも思える。だが、俺達の使う力は天界から引き出し、放った後はセフィロトを通じて天界に戻ってしまう。
勇者のようにその世界に力を留めることは出来ないのだ。力を使って花畑を作ることはできる。だが、世界にある資源の総量が変わらない以上、花畑が出来た分だけどこかの土地が痩せてしまう。そういう仕組なのだ。
「…まさしくその通りだよ。だから俺は人族の里を出たんだ。以前は豊かな国だった。だが、俺が魔物と戦っていくうちに土地が弱っていったんだ。俺はてっきり魔物の仕業だと思っていたが、そうか俺のせいだったのか…」
歯噛みして拳を握りしめるヘンリーを心配するようにキャメルが握られた拳に手を重ねた。
「悪いのはヘンリーじゃない。それは天部の者として私が保証する」
勇者となれる魂は多くない。例え世界が多くともポンポン出てくるものではないのだ。
だから強引に使命を着せることはある。俺はまだ手続きをしたことはないが、イナンナは当たり前のようにやる時が来ると言っていた。
「どうすればいい。俺は、魔物との戦争で勇者としての力をひたすら使った。今のお前の話が確かならそれだけエルラドは弱ってしまったということだろう?」
「その通り。だから私が派遣されてきたのです」
「教えてくれケーシ。俺は、何をしたらこの世界に償える。教えてくれ!」
ヘンリーは椅子から立ち上がり、机に手をおいて頭を下げた。
いきなり頭を下げられ少したじろぐ。昔から人に謝られるのは嫌いだ。自分のほうが悪いことをしている気分になる。
「頭を上げてください。ヘンリー、貴方が悪いわけではない」
俺はヘンリーの肩にそっと手を乗せてそう伝えた。イスラから伝えられた情報で知っているが、ヘンリーは勝手に召喚されたと憤って居るものの、この世界を愛し、勇者として間違いも起こさずに働いてくれていた。そんな彼を責めることは誰にも出来ないだろう。
「少し手続きをすればちゃんとした力が使えるようになりますよ」
「頼む、世界のためなら何でもしよう」
目に確かな意思を携えてヘンリーは答えた。正しく勇者と呼ぶに相応しい姿。
俺は少しだけ楽しくなっていた。
まるで自分がゲームやアニメの登場キャラクターになったかのように感じ、そのノリのまま笑顔で言い放つ。
「では、勇者ヘンリー。世界のために一度死んでくれ」
と。