第三話:転生課と勇者には深い関係があるらしいです
カクヨム側では完結サせたんだけどこっちの存在忘れてたんで投稿しておきます。
「あの、狭いところですが…」
「ウインス。硬いよ」
「あうっ…。ごめんなさい」
「だから硬いって」
あれから俺はイスラに助言を受けながら天使の力というものを使い始めた。
正直に言うとイスラの助言はそこまで当てにならなくて、光の輪を解くことすら手間取ってしまった。とは言え、それも仕方ないだろう。イスラは生まれながらの天使だから天使の力なんて無意識で使える。
呼吸のやり方を人に教えてみろと言われてもうまく言葉にできないのと同じように、イスラもまた力の説明が出来なかったのである。
『翼を生やす時に、肌で天の力を感じると思うんスけど、その力を自分のやりたいようにコントロールするんスよ』
とか言われてもあまりわからない。まず天の力を感じるってのがわからない。翼だって半無意識下で生やしたものだし、イナンナに言われて姿を変えたときも何も感じた覚えがない。
そんなこんなで苦戦して、光の輪が解ける頃にはもう夜の帳が下りきっていた。
ウインスが里長に挨拶をと言ったが、流石に夜に押しかけるわけにも行かないと伝えると何故かウインスの家に泊まることになったのだ。
ちなみにウインスというのは俺を襲ってイスラに縛られた女性のことだ。硬く接せられると俺としても肩がこるので楽に話してもらうように言ったのだが、ウインス曰く天使にそんな口調で話すのは落ち着かないらしい。
仕方ないので笑顔で「慣れて」と言っておいた。
初めは女性の家に泊まるとかとても緊張するな。なんて思ったものの、よくよく考えると普段からイナンナと狭い天部の部屋で2人切りだなと思い至ったら、なんて無いことだと気付いた。
「それにしても、エルフと言っても木に住んでるわけじゃないんだな…」
ウインスの家は開けたところに作られた木造の家だった。俺は大きな木の幹の中に部屋が広がっているようなのを想像していたので、少しがっかりである。
「村長の家はこの森一番の精霊樹だから、その想像も間違いではないよ。ただ、今どき木に住むのは古エルフくらいなものだけど」
「それは楽しみだ」
「レオはそこのベッドに寝かせてください。…時間も時間ですがお食事を作ろうかと思うんです。天使様もお召し上がりになりますか?」
「いただきます。…あの、本当に楽にしてよ。自分の家なんだからさ」
「ど、努力し…する!」
「レオは飯ができたら起こせばいいのか?」
「え?起こせるんですか?天使の力、まだぜーんぜん使いこなせないんですよね?」
「解除くらいなら多分出来るから!」
レオは夢魔の力で自分を眠らせているため、起こしたいのであれば魔法による睡眠を解除しなければいけない。なんとも面倒な種族だ。
親に守られなければ、幼くして死んでしまう種族だなんて。
「じゃあ食事を用意させていただきますので、精々頑張ってレオを起こしてください」
「ラフに話すのは難しくても、小馬鹿にするのは出来るんだな…」
まあ良いけど。堅苦しくやられるよりはね。
ウインスが家の奥へ消えてしまったので、俺は寝かせたレオに向き直る。
羊のように弧を描いた角が外側に向けて伸びていて、人間ではない事を実感させる。
何度見ても俺には五歳位の男の子に見えるのだが、こんな小さくても十二歳らしい。魔族には成長が早い種族と遅い種族が居ると説明を受けたが、そういうものなんだろうな。
第一、ウインスなんてどう見たって二十代前半そこらって見た目で八十過ぎてるらしい。流石エルフって感じ。
「ふぅ…。っふ!」
天の力というのはよくわからないが、少なくとも力を扱う上での感覚みたいなものは掴み始めていた。
なんかこう、そう。何にも汚されない白き光のような暖かくも冷たくもあるような。不確かだけど明確にある。なんか、そんな感じ。
うん。やっぱよくわからないというのが正しいな。
…そんな曖昧な力を使うのが良いのか悪いのか。それはわからない。
「んにゃ…」
ひとまず解除は出来たようだ。
「天使様…?おはようございます」
「おはよう」
「…あれ、ウインスは?もしかして天使様が起こしてくださったんですか?」
「そうだよ。ふむ、よく天使だってわかったね」
ずっと寝てたのに。
「気配でわかりますよ。この世界に無い神聖な力を感じますから」
「気配?」
「そうです。天使様は離れていても判るくらい強い力を感じますよ」
「そうなんだ…」
イスラが言うには天使は元々天の力を纏っている状態なんだそうだ。意識的に外そうとしても、よほど力の扱いに長けてないと無理なんだとか。つまり俺には絶対に無理だ。
これは天の力を体に纏うことで鎧の役目を果たしているのだが、これがウインスの放つ魔法や矢などの攻撃を無力化していたらしい。
一見すれば便利なチート能力だが、逆に言えばレオの様に力を感じ取れる相手からすれば常に居場所と存在を知らせているのと変わらない。レオが判るなら、その親でしかも勇者であるヘンリーや魔族の姫様も判るはずだ。逃げられたら出会うのが困難になる。
「ちなみにそういう気配?とかが判るのって割と普通だったりする?」
「そうですね。ある程度の探知魔法が使えれば判ると思います」
「うーむ…」
課題が山積みだ。今回の派遣を皮切りに次々に派遣されてもおかしくない。となれば力を使いこなすのは前提条件みたいなものだろう。
もし天使であることを隠して行動しなければならなくなったら、天の力が漏れたままなのは論外。
「そう言えば天使様はどうしてエルラドへ来たのでしょうか?」
「仕事でね。君のお父さんに会いに来たんだよ」
「父上に…。もしかして天使様は女神ブーティカ様の使い…ですか?」
「俺はイナンナっていう別の女神の使いで来たんだ。ブーティカも関係はあるけど、使いではないよ」
先程までの明るい顔だったのが急に訝しげなものに変わり、なんとなく事情があることを察した俺は素直に話すことにした。
天の力を与えた勇者は、天界で正確に言えば管理部で厳正に管理される。当然ながら一方的に使命を与える以上、管理者との不和は許されない。
もし不和が起これば、勇者の勝手な行動や資源の無駄に繋がる恐れがあるからだ。
だが、今の反応を見るにブーティカはヘンリーと何かしらの因縁があるのかもしれない。
「―ご飯出来たよ」
丁度いいのか悪いのか、空気を断ち切りながらウインスが大鍋を持って現れた。
鍋からはとても良い香りがしており、腹を刺激させる。でも、この匂いは―
「肉?」
「ローストミートです。グレービーソースって言う肉のタレをかけて食べるんだ。後はジャケットポテトもあるよ。本当はもっと良いものを作りたかったんだけど天使様を待たせるのも悪いと思って」
「お邪魔してる立場で文句なんて言わないよ。とても美味しそうだ」
聞き覚えのある料理名も気になるが、それよりも、
「エルフって肉、食うんだな」
なんならジャケットポテトの中身はチーズだし。
「…居るんですよねー。エルフは動物性の物を口にしないとかいう迷信を信じてる人。あ、天使様だった」
「これだけ馬鹿にしておいて敬語出来ないとか絶対ウソだよね。わざとだよね?」
「さ、天使様。冷める前に召し上がってください」
「う、うん」
さっきまであんなに天使を畏怖してたのに扱いが酷い。
いや、今気にするのはそこではない。ローストミートとグレービーソース、そしてジャケットポテトの方だ。味はまあ美味しい。日本人受けする味では無いにしろ《《地球の料理》》という感じがする。
詳しいことまでは知らないが、ジャケットポテトと言えばイギリスの郷土料理では無かったか。
そしてヘンリーという名前。先程までは気にもしていなかったが、料理と重ねると見えることがある。ヘンリーという名前はニュースで見たことがある。王室の中にも居る名前のはずだ。
今はまだ推測。だから、ウインスに確認しなければならない。
「ウインス。この料理を教えたのは勇者だったりするか?」
と。
「よくわかったわね。そうよ。ヘンリーが教えてくれたの」
これで確定だ。勇者ヘンリーは地球からの転生者だ。なんとなく見えてきたぞ。
イスラが急に天界へ帰ったのもおそらくは…。その答え合わせのために俺はイスラに念話を飛ばし、そして理解した。
「レオ、君は勇者がどこに居るか判るよね?」
「多分、ですが…」
「そんなに警戒しないでくれ、勇者の事を害すつもりではないよ。だから案内してほしい」
「……わかりました」
理解した今ならどうしてレオがブーティカを警戒するかはよく解る。
この世界で起きようとしてる戦争はブーティカのせいだ。俺がやるべきことは戦争を止めることでも、この世界の管理をすることでもない。
俺は転生業務課の一員で、俺の仕事は『命』の管理だ。例えどこに派遣されようとその使命が変わる訳ではないようだ。
ちなみにご都合展開が続いた理由もわかった。
初めから手のひらの上だったんだ。誰の?そりゃあ、転生課の課長様のさ。
翌朝、俺はレオの情報を元に勇者の下へと跳んだ。現界に降り立つときと同じ様に“座標を指定した転移”で。
昨夜、寝ている間に天使としての知識が整理されたのか、今まで言われるまで解らなかったような天使の力や天界のことも解るようになっていた。
同時に、人らしい感覚も薄れているような気がしたが。
今の転移もどうすればいいかとか考えるまでもなく、それこそ息をするように跳ぶことが出来ていた。
「ここに、父上と母上が居るはずです」
転移した先には蔦の絡まったみすぼらしい小屋が1つあるだけだった。山小屋と言われれば理解できるが、人が住んでいる家とは思えないほどにボロボロである。
「あいつ、こんなとこに雲隠れしてたのね」
「ウインスは知らなかったのか」
「どこから情報が漏れるかわからないからって教えてくれなかったのよ」
「なるほどね」
確かに、隠れるにはぴったりだろう。
「で、なんで立ち尽くしたままなのよ。会いに来たんでしょ?」
「んー。わざわざ危険に近づきたくないかな。見えてる扉は罠みたいだし」
小屋には扉が1つ見えているが、そこから天の力を感じるのだ。おそらくは特定の人以外が触ると起動するタイプの罠だ。
「だからって立っていても仕方ないじゃない」
「大丈夫だよ。多分、もう少しで出てくるから」
俺がちょうどそう言い切ったタイミングで扉が開き、中からハリウッド俳優ですと言われても違和感のないイケメンなおじさんが出てきた。
…To Be Continued