第二話:派遣業務もやらなきゃいけないらしいです②
続きです。
俺は渡されたメモを頼りに天界を歩き、天部から現界管理部へと来ていた。
管理部というのは天界にいくつか存在している部署の1つだ。
イナンナの話し方が悪いせいで俺も勘違いしていたのだが、イスラの言っていたように天部というのはあくまで部署の1つであり天界の一部らしい。それは天使としての入れられた知識の中にもあった。
天界は三個の部署と二個の部門で出来ており、部署は天部、現界管理部、資源管理部、そして部門は魔界部門、仙界部門に分かれている。
どうでもいい事なのだが、何故か現界管理部ではなく現界管理部と呼ばれているのが気になる。
今来ている現界管理部は、天部にある大本の生命の樹から伸びた根から、新たに生えて生まれた世界を1つ1つ管理している部署で、地球もそのうちの1つだ。
世界ごとに課があるのだが、全体でいくつあるのかは天使の知識にもなかった。ただバカみたいに多いということだけは解る。
「…ここか」
幾多にある扉の群れから“エルラド管理課”と書かれた扉を探し出し、四回ノックした。このノックの数は就活の際に覚えたのだが、プロトコール・マナーと言って“初めて訪れる場所”や“礼儀が必要”な場所では四回以上がマナーとなっているのだ。
それにしても案内とかなにもないし、扉はどれもこれも似たりよったりだし、本当に探すの苦労した……。
「はいはーい!」
中から元気な女性の声が聞こえ、扉が開け放たれる。
「どちら様ー?」
出てきたのは明るい茶髪をした長髪にキトンを着た女性でどことなく生命の樹で会ったブラフに似た雰囲気を感じた。
「私は天部の転生課から遣わされた。ながせ―」
「―あー!イナンナさんの所の子ですね!ほんっと待ってたよぉ!とりあえず入って入って!」
「え?え?」
挨拶すら遮られ腕を握られたかと思えば、次の瞬間には部屋に拉致されていた。
「いやー待ってました!あ、私はエルラドの管理者を任されてるブーディカって言います!よろしくね。それでなんですけど、実はエルラドがもう結構、余談を許さない状況が続いてまして、人族と魔族で戦争待ったなしの一触即発なんですよー。なので、早速行ってもらって良いですかね?とりあえず、勇者を探し出して人族の陣営を引かせてほしいんです。魔族は元々保守的な感じなので人族さえ引かせられれば戦争は回避できると思うんですよ。『戦争なんて勝手にやらせとけ』って思いますよね?私も普段どおりの状況であるならそうなんですけどぉ、ちょーっと今はエルラドに割ける資源が足りてなくてですね。戦争を起こされるとエルラドが資源不足になりかねないんです。ですので転生課の方には申し訳ないんですけど、なんとかしてくださいー!」
長ぇ。あと長い。
とにかく戦争を起こされると面倒だからなんとかしてこいって丸投げされたのはなんとなくだけど解った。
でもこれって転生課の仕事なのか?世界の維持と管理は管理部の仕事だったと思うんだが。
「本当なら私が直接下界に降りて手を加えたいんですけど、私は世界に直接的な干渉を行える権限を持っていないので行使できる力が制限されちゃうんですよー。なので権限を持つ転生課の方にはホンット申し訳ないんですけどやってもらうしかなくてぇ……」
それで俺が派遣されたのか。そうなのか?
「はいー。ひとまず勇者の故郷であるギユーの里付近に……―」
「―ちょっとまってもらっていいですか?上司に確認することがあるので」
権限については天使の知識になかったため、俺は権限についてイナンナに聞いてみることにした。
通話料無料、圏外知らずの鮮明な通話が可能な念話はチートだと思う。
『世界に干渉する権限について、ねぇ。本当に天使としての知識にはなかったの?』
イナンナに確認されてもう一度、思い出そうとしてみるがやはり俺の記憶の中にはなかった。
『はい、今まで天使の知識に含まれる言葉は聞いたり考えたりすれば自然と頭に浮かんだのですが、今回の権限に関することはなにも』
『まあ、世界への干渉って基本的に神の仕事で天使は転生課とか守護天使みたいな例外的存在しか機会がないから仕方ないのかもね』
『さっき、エルラドの管理者が直接下界にって仰っていたんです。現界管理の仕事はわかりませんが、下界に降りる必要があるんですか?なんか天界から力を使ってーとか出来ないんですか?』
転生物の作品でそういうの見たことある気がするんだけど。
『普通はそうするけど、今回は勇者っていう一個人と話して勇者に戦争を止めてさせてほしいってことなんでしょ?確かに天界から教会や王にお告げを出すことは出来るのよ。でもその方法は資源も食うし、何より勇者個人にって目的に沿わない。だから下界に降りる必要があるんじゃないかしら』
『……でもその権限が無いからって話でしたよね』
『個人的に下界へ降りて遊んだりすることは許されているのだけど、女神や天使として過度な干渉をするのは禁止されているのよ。そしてその防止策として能力に制限がかかるようになるの。念話とか自身の転移とか世界に合わせた能力は許されてる。けれど、管理に関わるような力は一切使えないわ』
イナンナは話を区切るように一呼吸おいてから次の言葉を紡ぎ出した。
『でも転生業務課は違う。転生課はあらゆる世界の管理に対する最上級の権限を有してるの。なぜだか判るかしら?』
『えっと……。天部として確認している世界の全てを管理するにはそれくらいの権限が必要とかですか……?』
『あれ。私、長瀬君にその話したかしら…?』
『イスラから聞いたんです』
俺の答えにイナンナは納得したように「ああ」と呟いた。
『その通りよ。各世界の発生や消滅を含め、《《あらゆる物の生と死》》を扱うのが私達、転生部なの』
やっぱり俺が思ってた数倍は凄い仕事じゃないか?
『安心していいわよ。世界の発生と消滅クラスの話は神じゃないと直接は関われないから長瀬君には関係ないわ』
『ちょっと待ってください“直接は”ってなんですか』
『そのうち分かるわよ』
そんな偉そうに言うことではないと思う。
『とにかく、転生課は下界に降りても自由なことが出来るから、何かしら問題が起こると転生課にお声がかかるって訳。本当は転生課のやる業務じゃないんだけどさ。うかつに権限を与えると勝手なことをされて、かえって問題ごとが増えるのよ……』
『なるほど……』
「―あのー。聞いてます?」
「はい?」
少し長く話しすぎたのか、目の前にいる彼女が少し強めの口調で話しかけてきた。
俺はイナンナに『すいません。現場の者との話に戻りますね』と伝えて目の前の彼女に向き直る。
「とにかくもうギユ―村に送りますから、あまりぼーっとなさらないでくださいね。とりあえずお伝えした通り、勇者に接触して戦争を止めるように説得してください。ではお願いしますね!」
「は?え?ちょ、まっ―」
よくわからないまま俺は光に包まれる。
ギユ―村ってなんだ。勇者に接触って何のことだ。
文句を言いたくともすでに光の中に居る俺は何も出来ず、ただただ眩しさに目を細めて状況を受け入れるしかなかった。
しばらくすると光は目を開けても大丈夫な程度に収まり、少しずつ目を開けるとそこには一面の草原が広がり、しばらく感じていなかった風が頬を撫でるように吹いていた。
「素晴らしい景色だけど、ここどこよ……」
あのぶーなんちゃらとかいう女神はギユ―村とか言ってた気がしたが、見渡す限り草原であり、とてもじゃないが村があるようには見えない。人に訪ねようにもこんな草原に人が居るわけもなく、俺は途方に暮れ、ため息をついた。
とりあえず、少しだけ高くなっている丘の上を目指し歩きながら、俺は先程のことを思い出していた。
もしかしての話になるが、あの女神様は俺がイナンナと話している間も説明し続けていたのかもしれない。俺は上司に確認する事があるとは伝えたつもりだが、そもそも彼女はあまり俺の話を聞いてなかったし上司と話す旨も伝わっていなかったとしても不思議ではない。
……だとしてもいきなりこんなの酷いと思うが。
「にしても。こんな気持ちは久しぶりだな……」
天界には風とか気温のような概念はなく、ただただ空間が広がっているだけ。生活臭や埃の臭いすら存在しないのだ。
清浄な空間が広がっていると言えば聞こえは良いが、変化も刺激もなにもない。無菌室のような場所。無菌室に入ったこと無いけど。
それがここでは草の匂いが花をくすぐり、そよぐ風によって服がなびく。
ただ埃とコピー用紙とコーヒーの匂いがした会社とも、コーヒーの匂いだけが充満している天部とも違う。とても新鮮で清々しい。
やがて丘の上まで辿り着くと、より一層強い風が吹き抜けた。
丘の上は見晴らしがよく、先程までは見えなかったものも見えた。先程居た場所から丁度、丘を超えた先そこにあったのは幾多のテントと、豆粒ほどではあるものの人のような姿が目に入った。
こういう事に詳しくない俺でも村ではない事はわかる。おそらくは野営地で間違いないだろう。
もしあれが俺の想像通り野営地だとすると、あれは人族か魔族の野営地ってことになる。そんなところにスーツを着た男が近づくなんてのはあまりにも怪しすぎる。いきなり攻撃されたっておかしくない。
俺はなんとなく嫌な予感がしていた。ここは見晴らしの良い丘の上であり、こちらから丘の下の陣が見えていると言うことは、つまり向こうからもこちらが見える位置に居るということだ。
それに気づいた俺はすぐさま身をかがませたが、もう遅い。陣の方から大きな鳥のような生物が飛び上がったのが見えた。
更に、地上からも馬のような生き物に乗った騎馬隊らしき存在がこちらを目指して陣から出てきたのだ。
やばい。すぐに気づいた俺は、慌てて起き上がり奴らが来る方とは逆に走り出す。
ずっと運動していなかった身体は少し走っただけですぐに重くなり、脚にはすぐに乳酸が溜まっていく感覚がした。
走りながら後ろを見ると既に先程まで居た丘の上まで鳥が来ており、こちらを捉えていた。当然だ。緑しか無い場所で黒いスーツを着ているのだ。隠れられるわけがない。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばい!!」
見間違いじゃなければ鳥のようなやつはトカゲのような姿に見えた。翼竜ってやつだ。勇者の居る世界だ竜が居たっておかしくない。
天使が地上で死んでも天界に戻るだけだって聞いてるけど、死にたくはない!
やがて、
「人間だな!止まれ!!」
後ろから叫び声が聞こえた。
「ひぃっ!?」
「逃げるな!止まれ!」
「姫を奪った人間め!逃さんぞ!」
止まれって止まる奴は居ない!
走ってる俺に対して空を飛ぶ翼竜が居ってきている。どう考えても逃げ切れないのは明白だった。
だが殺されるかもしれないと言う恐怖に支配された俺はただ走ることしか出来ず、息も絶え絶えになりながらも必死に。
それもこれも、全部あのぶーなんちゃらとか言う女神のせいだ。焦ったのかは知らんが人の話を聞いてくれてさえいればいきなりおくられることはなかったと思うし、そもそもどう考えてもギユ―村じゃない所に送り込んでるし絶対許さない。
仕事で大事なのは報連相と、仕事に対しての確実性だ。派遣業務で違う現場に送り込んだら大変な事だぞ。
だのにこんな平原にいきなり送り込みやがって、絶対に許さない。
「っく……意外と素早い……。だが翼竜から逃げられると思ってるのか!」
もう、絶望的だった。
どうあがいたって逃げられない逃げられるビジョンが見えない。天使らしく空を飛べれば逃げれるかもしれないが、俺には翼がない。
そうだ!翼だ!
「生えろ……!っく……生えろぉ!!」
回らない頭で必死に念じる。
イナンナは意識すれば翼を生やすことも出来ると言っていた。ならば今生やさないで、いつ生やすというのか。
ひたすら逃げたい、生えろ、飛べと念じ、そして―
「―な……!翼が、生えた!?」
「ひぃ……!ぁ……!」
俺の足は地面から離れ、浮かび上がっていた。
しかしそれすら気づかぬまま足を動かして、前へと飛ぶ。……いや、走った。
「っく…、早い!」
俺は追いすがる翼竜を引き離していることにも、飛んでいることにも気づかず、ただ逃げるために足と翼をバタつかせて飛び続けたのだった。