第二話:派遣業務もやらなきゃいけないらしいです
続きです。少し手直ししてます。
時間の感覚なんて遠の昔に消え去り、ただ俺は目の前の書類と格闘していた。
常に増え続ける書類にキリなんてものは無く、疲れることも無い身体のお陰もあって、休憩すら取ること無く働き続け、気づけば、イナンナとも仕事の事くらいしか話さなくなっていた。初めこそ聞きたいことがごまんと有ったが、地球で数えたとして大体一ヶ月、730時間もあれば流石に聞くこともなくなる。
ちなみに俺は一応、死ぬ前に持っていた腕時計を複製して使っている。これは西暦で年月日をデジタル表示してくれるもので、このお陰で一月経ったと理解かったのも、この腕時計が俺の死後も止まらずに時を刻み続けてくれたためだ。この時間の概念がないこの場所での指標とできる腕時計は俺にとって金銀財宝よりも価値がある。
そういえば、この時計は初任給に喜んで衝動的に買ったブランド物の時計なんだよね。毎日酷使してたのに俺が死ぬまで壊れずに動いていてくれたんだな。
そう思ったらなんだか愛情すら感じてきた。なんか可愛らしいな腕時計。
……何を言っているんだ俺は。
「長瀬君ちょっと良い?」
くだらない事を考えた自分にため息をついていると、不意にイナンナから声をかけられた。
「はい。なんでしょう?」
「私が呼び出した相手がそろそろ来るから、適当なとこで作業を止めてもらえるかしら。長瀬君にも聞いてほしい話なの」
「自分にも聞いてほしい話……ですか。わかりました」
作業を止めてまで聞いてほしいって事は俺にも関係のある大事な話なんだろう。
俺は言われたように手元の書類を最後にして作業を中断し、大きく背伸びをした。やはり肉体的な疲労は無くとも、精神的な疲れは感じているようだ。
そんな俺の仕草を見ていたイナンナがくすくすと笑う。
「やっぱ長瀬くんでも疲れるのね」
「感覚的には全然大丈夫なんですけどねー」
「休ませて上げたいんだけど、もうしばらくは厳しいの。無理しない程度に頑張って頂戴」
「まだまだ無理な感じはしないんで大丈夫です」
「それは大丈夫とは違う気がするのだけれど……」
頭も痛くならないし意識も飛ばないし俺は問題ないと思っているのだが、イナンナ的にはそうじゃないようだ。眠気の限界が来て無意識下で作業し始めてからが本番なんだけどな。
「やっぱ長瀬君は普通じゃないわね。流石だわ」
「不思議ですね。全然褒められてる気がしません」
―コンコン
不意に、いつもの天界の役人共のノックとは違う丁寧な音が室内に響いた。
「来たみたいね。入って良いわよ」
イナンナが扉の向こう側へ声を飛ばすと、扉はゆっくり開けられて一人の女性が「しつれいします」と言いながら転生課の部屋へと入ってきた。
役人共とは大違いだ。なんと言っても奴らは腰を低くして、そそくさと入ってきたと思ったらそそくさと書類をおいて出ていってしまう。それが奴らの仕事だから仕方ないといえば仕方ないのだが、書類を持ってこられる俺からすればちょこちょこと出入りするのは目障り極まりない。
入ってきた女性は、やや体のシルエットが隠れるニットのセータに、もこもこした上着を合わせた格好をしていた。ファッションには疎いので自信は無いが、確かボアジャケットとか呼ばれるタイプの上着だったと思う。
俺もニュース番組とかバラエティ番組は仕事の合間に見ていたし、営業などで外回りしていれば道行く女性に目が行くことも有った。
だからこそ気づいた。この人(?)は地球を、それも日本を知っていると。
「久しぶりね。イザナミ」
イナンナの言葉に女性は、
「本当に久しいわね。でも出来れば転生課以外で再会したかったわ」
そう返した。
“イザナミ”と聞いて俺は納得した。
確認のためにイナンナに念話を使って、
『もしかして、この方は伊邪那美命さんですか?』
と聞くと、イナンナから肯定の言葉が返ってきた。
「長瀬クンは初めましてになるわね。どうやら私が誰だか気づいたみたいだけど、とりあえず自己紹介させてもらうわね」
ナチュラルに名前を呼ばれたんだけど、神様クラスってみんな読心持ちかなにかなのか?
「私の名前はイザナミ。地球では伊邪那美命とか黄泉津大神なんて呼ばれていたわ。今は天界の現界管理部にある地球管理課の責任者をやっているの。後、駄兄にイザナギってのが居るわ。よろしくね」
「ご丁寧にありがとうございます。改めまして、私は長瀬啓示と申します。一度は死んだ身ですが、イナンナの温情により天使の第2階位へ生まれ変わりを果たし、現在、この転生課で働かせていただいております。以後、お見知りおきの程をよろしくお願い致します」
「お、おぉ……。めっちゃ丁寧じゃん……。え、長瀬クンってそういうキャラ?」
イザナミは俺の挨拶にやや慄き、イナンナへ言葉を飛ばした。
「社畜が染み付いてるだけでしょ。イザナミは多分、長瀬君がこれからとても世話になると思うから、そんな堅苦しく話していると互いに疲れるわよ。せめて私を相手に話すくらいには口調を崩しなさい」
「あ、はい……」
つい生前の癖で話してしまったのだが、逆に相手に威圧感を与えてしまったらしい。
「てか、さっき第2階位とか言ってなかった?」
「あ、はい。第2階位、智天使を頂きました」
「硬いの嫌いだからタメでいーよ。随分と上の階位を貰ったのね」
「本当、自分にはもったいない役職を頂きました。それと流石にタメで話すのは恐れ多いといいますか……」
だってイザナギとイザナミと言えばゲームとかでもよく目にするくらい有名な神様だぞ。俺みたいな一般ピーポーが気軽に話していい相手とは思えない。が…。
「私が良いって言ってるんだから気にしなくて良いの」
そう言われてしまえば、それまでだ。ここで意固地に敬語を貫くのは却って失礼になる。
「……わかり、わかったよ。よろしくイザナミさん」
わかりましたと言おうとしたら目で制された。
「うんうん。それでよろし!」
なんか、やけにラフな人…じゃなくて神様だなと思った。こう言ってはあれだが、とてもギャルっぽい。喋り方も格好も俗に染まってる。
「―で、挨拶は済んだかしら?本題に入りたいのだけど」
一通り話に区切りが付いたところで、イナンナが割り込んできた。
そうだ。まさかイザナミも挨拶をするためだけに来たわけじゃあるまい。わざわざ仕事の手を止めさせてまでイザナミを迎えたのには理由があるはずだ。
「忘れてた。今回の始末のためにきたんだった……」
「始末?」
あまり聞いて嬉しくない単語に眉根を寄せながら聞き返す。
一般的にも何かを失敗した時などに“始末をつける”など言うため良いイメージがない。俺の中で始末と言えば始末書が浮かぶ。
理不尽な理由で書かされ、無駄な時間を過ごすことで業務が溜まり、仕事が遅いと更なる理不尽を生む悪魔の代物。
「怒らないで聞いてほしいんだけど」
「は、はい」
イザナミはやや神妙な面持ちで俺へ向き直ってきた。
先程までのキャピキャピした雰囲気はなくなり、真剣味が伺える。
あまりにも真剣な声と態度に俺まで釣られてしまう。
「長瀬クンの死亡は予定外だったの」
「それは知ってる」
だから転生課に連れてこられたんだし。
「あーえっと、そうか。イナンナから言われてるんだもんね。でもそうじゃないのよ。長瀬クン、貴方が死んだのは完全に私の手違いなの。殺したと言い換えてもいいわ」
なにそのよくある転生物作品みたいな台詞。
「イナンナから聞いてないかしら?本来の死は数年先だったって」
「あー聞いた覚えがあるような」
まだ死ぬ予定ではなかった云々は会ったばかりのときに言っていたほうな気がする。てっきり数年後には過労死するって意味だと思っていたが、話的に違うのかね。
「実は、長瀬クンには流し雛になってもらっていたのよ。流し雛ってわかる?」
「お雛祭りの元になったってやつだっけ、どんなものかまでは知らないっすけど」
「そっか、えっとね。流し雛って言うのはね。祓い人形と呼ばれる依代に自身の厄などの穢れを移して川に流して清めるっていう日本にある儀式の1つなのよ」
「んん?あれ、俺が流し雛ってことは……」
雛には厄や穢れを移す。ってことはつまり―
「気づいた?そう、君にはあの一帯にある厄を集めてもらう役目を与えていたの」
「だからいずれ、祓い人形と同じように川に流して清める必要がある。それが私の予定だと三年後だった。でも、予定外に君が死んでしまったせいで長瀬クンに集まっていた厄がバラまかれちゃったのよ。大変だったのよ。後処理。さっきまでやってたんだから」
「え?俺が責められるの?」
てっきり手違いで死ぬことになってごめんっていう異世界物の定番が来ると思ってたのに、なんか責められてるような。
「ほんと、ちょっと目を離した隙に死んじゃうんだもん。大事故にも程があるわ」
「なんか、すいません」
「いや、長瀬クンが謝ることじゃないわ。あの馬鹿が少しでも働いていれば回避出来ていたでしょうし。そもそも長瀬クンは管理される側に居たんだから仕方ないのよ。むしろ私のほうが悪いと思ってるわ。ちゃんと管理していれば後三年は人として生きられたのだから」
悪気は感じないし、多分だけど“悪い”って言葉も本心で言っているとは思う。だからこそ解るのだが、結局3年後には管理の都合で殺されてたって考えるとなんか複雑。
所詮は神様なんだし、当然といえば当然か。
「で、私が何しにここへ来たか、だけど。長瀬クンの件でね。管理不手際の罰を受けに来たのよ」
「罰とは言ってないわよ。一応、転生課の業務に関わることで、管理の重要性を再確認してもらうって目的があるんだから」
イザナミの言葉にすかさずイナンナが反応するが、確かに転生課の業務をやらされるって言うのは罰と思われても仕方ないと思う。
「まあ実際、管理ミス起こした人にやってもらってるから罰みたいなものだけどね」
「認めるの早すぎません……?」
まあ、ひたすら単調で、膨大な書類の山と格闘するのは確かにしんどいけれど、その罰と言われる仕事が俺の仕事なんだよなぁ。
「とにかく、そういう事もあってね。長瀬君にはしばらく別の仕事を頼みたいのよ。今の仕事はそのままイザナミに引き継がせればいいわ」
「うあー!愚兄ちゃんにやらせたい!私ばかりこんな目に合うのは理不尽だ!」
「この子は放っといていいから、とりあえず《《ここ》》に行って頂戴」
叫ぶイザナミを尻目に俺はイナンナから簡易的な地図の書かれたメモを渡されたのだった。