最期の魔法
「あんたが……魔獣を、操っていたの……?」
「あ。バレちゃった?」
あっさりと。
悪びれる様子もなく。
京香は、平然と答えた。
「ミラージュの魔法少女にもバレなかったのに。気付いちゃったか」
ふぅと息を吐きながら立ち上がると、京香は操り人形を動かすように指を動かした。
「そのとおり。魔獣は、自ら人間を襲うようになったわけじゃない。わたしが……魔獣を見つける度に操って、人間を襲わせていたのよ」
「なんで……なんで、そんなこと」
「そうしないと、魔王に勝てる駒が見つからないでしょ?」
「は……?」
「世論操作ってこと。魔王は悪だ、だから魔王を倒す魔法少女が必要だ、だから魔法少女をもっと増やすべきだ……そういう理由付けとして、必要なことだったのよ」
当たり前のように言っているが、どうかしている。
つまりこいつは、魔王を倒せる魔法少女を見出すために、魔獣をも利用していたということだ。
魔法少女が増え続ければ、いつか魔王に勝てる魔法少女が誕生すると見込んで。
「正直、諦めかけてたけどね。どいつもこいつも弱い魔力しか持ってない……魔獣と戦っているみんなを見て、何度落胆させられたか」
「魔獣と……それじゃ、魔獣と戦う魔法少女の補佐をしてるって言ってたのは……盾になるためじゃなくて、魔法少女を攻撃する魔獣をすぐ近くで操るため……!?」
「そーいうことよ」
「あ、あんた……いかれてる。全部、自作自演だったってこと? 瑠奈が……あいつが、どういう気持ちで戦ったのか知らないわけじゃないでしょ!?」
「だからぁ……言ってるじゃん。この組織は『ミラージュ』だって」
「ミラー……ジュ?」
「『幻想』なのよ、この組織は。全部わたしの自作自演。存在しない敵に対抗するために作られた、幻想の組織。実態なんて……初めから無かったのよ」
眩暈がした。
こいつは、いかれている。
京香は、自分の目的のために動いている。
ほかの魔法少女のことなど、なんとも思っていない。
ようやく、ミラージュの全体像が見えた気がした。
京香が魔獣を操って、人間を襲わせる。
すると、魔法少女の需要は高まる。
そうなれば、魔法少女の数も増える。
当然、魔王の芽衣にも矛先が向くだろう。
魔法少女を統率して、魔王に勝てる優秀な魔法少女を見つけるために……全て京香が仕組んだことだったんだ。
「そういう……ことだったのね」
魔法少女は闇が深い――かつて、麻子からそんな言葉を聞いたことがある。
確かに、麻子も芽衣もわたしも、どこかこじらせていたように思う。
それにしたって、こんな魔法少女はいい加減にしてほしい。
これじゃ、魔法少女は……悪役だ。
「あれ……もしかして、もう壊れちゃう?」
京香が巨大な鏡を見ながら、ぽそりと呟いた。
「え……あ、華奏!?」
体力の限界が近いのか、鏡に映っている華奏が倒れた。
それでも、京香の指先一つで立ち上がり、再び動き始める。
まるで、意識のない操り人形のように。
(やばい……! 華奏、もう限界なんだ! もう、迷ってる場合じゃない!)
「……京香ぁああああああ!」
一気に炎魔法の火力を上げる。
さっきの『キャンプファイヤー』は、京香の鏡を一枚貫いていた。
だったら!
もっと魔力を上げればいい!
全力で撃てば、絶対に負けない!
「あんたは……ここで、倒す!」
「……なっ……」
メラメラとうごめく炎を纏ったわたしを見て、京香が一歩下がる。
「なっ……なんてデタラメな魔力……!」
「『火祭りシリーズ……其の陸!』
これを使ったら、魔力をほとんど使い切ることになる。
それでも、出し惜しみしている場合ではない。
もう、華奏には時間がない。
「『舞火龍』!!」
耳を覆いたくなるような轟音と共に、炎の龍がまっすぐ京香を襲った。
いける!
これなら!
京香の鏡二枚ぐらい、粉々に粉砕して……!
「……なんてね」
「ぇ」
「ほんと……単純な挑発に引っかかるんだから。馬鹿な女」
京香の周りが、一斉に歪んだ。
あっ、と気付く。
なんでわたし、京香の鏡が二枚までって決めつけていたんだろう。
なんで、二枚壊せれば京香に攻撃が届くと思ったんだろう。
そうとは限らないって、少し考えればわかるはずなのに。
でも、もう遅い。
目ではっきり見える。
京香の周りを、無数の鏡が埋め尽くしていた。
「『狂咲……万華鏡』」
炎がスローモーションに見える。
このままじゃダメだってわかっているのに、動けない。
止められない。
「『万倍返し』」
炎の龍が、牙を剥いてわたしに向かってくる。
それを見たわたしは、瞬時に悟った。
――終わった。
これはもう、防ぐとかそういう問題じゃない。
あまりにも、巨大すぎる。
逃げ場はどこにも無い。
「『A』じゃ『2』には勝てないんだよ……さよなら」
遠くで、京香が笑う姿が見えた。
同時に、涙で視界が歪んだ。
(ごめん……華奏……芽衣)
判断を誤った。
もっと上手に戦えば、京香の魔力が尽きるまで戦えたかもしれないのに。
目の前が真っ暗になる。
死ぬのかな、わたし。
わたしは無意識のうちに、こう呟いていた。
「助けて……麻子」