核心
「『キャンプ……ファイヤー』!」
炎の球体が、京香を襲う。
京香にとっては、見たことないであろう巨大な火の玉だ。
それでも京香は、怯む様子を見せなかった。
「へえ、さっきよりも強い……でもねぇ」
京香はわたしに対抗するように両手を突き出すと、言った。
「『二面鏡』……」
ぐにゃりと京香の両手が歪んで見えた。
「なっ……!?」
「『倍返し』!」
――ぱりん!
震えあがるような轟音と共に、業火がわたしの右側を通過した。
右頬を汗が垂れ、声が震える。
「……冗談でしょ……」
反射した炎は、さっきと違いわたしには向かってこなかった。
しかし、威力が違う。
今度は、遥かに強い魔力で跳ね返ってきた。
そう……わたしの炎魔法よりも強く。
(倍返しって……まさか、京香の鏡魔法はただ反射するだけじゃないってこと……?)
「危ない危ない。二面鏡じゃなかったらヤバかったねぇ」
ひらひらと手を振りながら笑う京香。
まだまだ余裕があるように見える。
でも、わたしは確かに聞いた。
わたしが操られかけたときも聞いた、何かが割れるような音。
それに今、京香の前で反射した炎は、まっすぐ跳ね返ってこなかった。
(もしかして……割れた鏡があったから、歪んだ? そのせいで、まっすぐ跳ね返すことができなかったんだとしたら……)
ぎゅっと拳を握る。
今よりも、更に強力な魔力で攻撃することができれば。
京香の鏡魔法を二枚とも粉砕して、攻撃を届かせることができるかもしれない。
しかし、それにはリスクもある。
もし、一枚しか壊せず、跳ね返されたら……それを、避けきれなかったら。
わたしは自らの炎魔法に呑み込まれることになる。
そうなったら、わたしは……
じりじりと様子を窺うわたしに、京香はぬっと片手を拡げて言った。
「邪魔はさせないわよ。こんなまどろっこしいことしてまで、ようやくこの舞台を整えたんだから……この、鏡の魔法でね」
「う……!」
「それにもうわかったでしょ、無駄だって。そこでおとなしくしていなさい」
「……そんなこと、できるわけないでしょ……!」
こいつ……!
やっぱり、止めるためにはこいつを倒すしかない。
他人を操る力……そんな力があったら、何でもできてしまう。
そんな邪悪な魔法を、こんなやつが持っているから……!
『ようやくこの舞台を整えたんだから――』
……あれ?
なんだろう。
今の言い方には、何か違和感がある。
舞台を、整えた?
それじゃまるで、最初からこうなることが仕組まれていたみたいじゃないか。
ふいに、芽衣の言葉が頭をよぎった。
『本当に、魔獣は人間を襲っているのでしょうか? もし魔獣が人間を襲い始めたら、わたしも気付くと思うのです。これでも、魔王ですから』
芽衣は確か、そう言っていた。
魔獣が人間を襲っているというのは、おかしいと。
それを聞いたわたしは、どう思った?
『今の魔獣は、人間を襲ったりはしない……だとしたら、ミラージュの存在意義が無いはず。それなら、今のこの状況って……誰かが意図的に、何かをしようとしている……?』
そう、確かそんな風に考えたはずだ。
魔獣の暴走は、魔王の仕業ではない。
だから、芽衣が魔獣の力を借りてアストラルホールへの道を開いてくれたとき、こう考えたこともあったはずだ。
『もしかして……芽衣のほかに、同じように魔獣を従わせている者が別にいる……?』
「……まさか……」
わたしは、唾を飲んだ。
ミラージュが作られたのは、再び人間を襲い始めた魔獣に対抗するため……瑠奈は、そう言っていた。
そして、芽衣はそのことに疑問を覚えていた。
だからわたしも、何度も疑問には思ったんだ。
でも、答えに辿り着くことは無かった。
だって、そんなことがあり得るなんて想像もしていなかったから。
しかし、今。
ようやくその答えがわかった気がする。
「まさか……全部あんたが仕組んだことじゃないでしょうね……?」
「……ん?」
京香の目が、やけに暗く見える。
もし今思い浮かんだことが、正しいとしたら……今回の事件の発端は。
「あんたが……魔獣を、操っていたの……?」