紅京香は躊躇わない
「まさかあんた、華奏を……操ってるの?」
「そーいうこと。これが、ウチの魔法……『映し鏡』よ」
映し鏡――それは、相手と自分の瞳にお互いの存在を映すことで発動する鏡の魔法。
京香は、自らが脳内に思い描く像と同じ動きを、他人に強要することができる。
一度条件を満たしてしまえば、普通の人間に逃れる術はない。
強力な魔力をもつ京香は、離れたところにいる相手を操ることすら可能とする。
「反射とか、鏡の世界とか……そんなのは、鏡魔法を使った業に過ぎない。華蓮も操れれば、話は簡単だったけど……」
京香は自嘲気味に薄ら笑いを浮かべて言った。
「お前は魔力が強すぎて無理ゲーだったわ」
「……!」
やっぱり、さっき一瞬足の自由が利かなくなったのは京香の仕業だったんだ。
魔力の強い人間を操るのは、京香にとっても容易ではないということだろうか。
「そうか……だからあんたが最初に接触してきたとき、手の内晒してまでわたしに魔法を使わせたのね。わたしが操ることができるレベルの魔法少女か、見極めるために……!」
「ご名答。お前がウチの映し鏡で操れるかどうか、確認したかったのよね。ま……案の定無理そうだった。でも……」
こちらに目線を向けた京香の目は、不気味だった。
思わず、怯みそうになるほどに。
「でも、妹は違ったわね」
「……! それであんたは、華奏を攫った……説得して協力を仰ぐ必要なんて無い。ただ、操ればいいだけの話だから!」
「そ。だって、光属性の子なんだよ? 上手に使ってあげないと、勿体ないでしょ」
「使う……って」
京香の口ぶりに、心がざわつく。
身体を纏っている炎がゆらゆらと揺らめいて、顔が熱くなるのを感じた。
「いやいや、そんな怖い顔しないでよ。んー、なんて説明するといいかなぁ……」
京香はソファーに深く腰掛けると、髪を弄りながら言った。
「……大富豪ってゲーム、知ってる?」
「……は?」
突然の問いかけに、思わず語尾が強くなる。
「あれ? 知らない?」
「……トランプの……よね?」
「それそれ。大富豪で言うと、華蓮、お前は『A』って感じ。めちゃくちゃ強いし、頼れるカード」
「……何が、言いたいの?」
急に話を脇道に逸らされて、京香の意図が分からない。
しかし京香は、わたしの問いかけを無視して話を進めた。
「それに対して、闇の魔王は『ジョーカー』。最強と言ってもいいぐらいなんだよねぇ」
京香はこちらを振り向いて、言った。
「でも、ジョーカーに唯一勝てるカードがある。わかる?」
「……スペードの、3……でしょ」
「そうそう。光の魔法少女は、そんな感じなのよ」
スペ3返しってちゃんとした公式ルールらしいよ、と京香は笑っていた。
「あの光の魔法少女の魔力は、大したことない。でも、光属性は闇属性に対抗することができる有能カード。だったら……有効活用しない手はないでしょ?」
「……っ……」
眩暈がした。
倫理観の欠片もないのか、こいつには。
京香の方がよほど魔王らしい。
わたしの妹を自分の手足のように使って、悦に入っている。
人を自分の思うように操ることに、何の躊躇いもない。
思わず、巨大な鏡に映った芽衣と華奏に目を向けた。
(華奏……!)
華奏が、軽やかに動きながら芽衣を追い詰めている。
しかし、どう見ても自分の意志によるものではない。
華奏は、身体が弱い子だ。
あんなに動けるような子じゃない。
あれは、本人の限界以上の動きを――京香に強要されている。
それでも、芽衣は華奏に負けていない。
芽衣の闇が華奏の光に打ち消されているように見えるが、それすらも目くらましにして、上手に風を使って逃げている。
(……芽衣……あんた、大丈夫なの……!?)
芽衣は、ひたすら逃げに徹していた。
いくら光の魔法少女が相手とはいえ、ふたりの魔力の差は大きい。
風の魔力も併せ持つ芽衣が本気を出せば、互角の戦いはできるはずだ。
にもかかわらず、それをしないのは……今目の前に立ちはだかっているのが、わたしの妹だからだろう。
戦えば、どちらかは倒れる。
これは、そういう戦いだ。
もう、見ていられない。
このふたりが、戦っているところなんて。
「……もう止めて! 芽衣は、魔獣がまた人間を襲うようになったこととは関係無い! ちゃんと調べればわかるはずなの!」
わたしは声を荒げた。
「京香……あんた、なんでここまでするのよ!? あんたには、そんなに魔法少女の使命感でもあるっていうの!?」
「えっ? ……ああ、そうか。お前はまだわかってなかったのね」
「……え……?」
「いやいや、なんでも。そうそう、ウチは魔法少女だからねぇ。魔王なんて存在、許しておけないわけよ」
うんうんと頷く京香。
しかし、全く本心とは思えない。
まるで人を小馬鹿にしたようなその態度。
わたしがわかっていないって……何を?
「……? な、なんなの……あんた、何を企んでるのよ? あんたの考えてること、まるで理解できないんだけど!!」
「はあ……ウチからすると、お前の方が理解できないけど」
「……何ですって……?」