樋本華蓮は混乱する
(よし……急がないと!)
わたしは汗を拭うと、三階へと上る階段に向かった。
思った以上に魔力を消耗してしまい、首筋を汗が垂れる。
本当は、京香と対峙したときに備えてもっと余力を残しておきたかったが……そう甘くはなかった。
少し息も上がっているが、のんびり休憩している暇はない。
立ち止まりそうになる足を叩くと、急いで階段を駆け上がり始めた。
(さっき聞こえた物音……この鏡の世界の三階で、何かが起きているのは間違いない。もし芽衣が戦っているなら、助太刀に行かないと……!)
そう思い、階段を半分ほど上ったときだった。
「……えっ?」
思わず足が止まった。
三階から、ふたつの魔力を感じる。
ひとつは、芽衣の魔力だ。これは、間違いない。
やっぱり、三階で戦っているのは芽衣なのだ。
でも、もうひとつの魔力は……京香じゃない。
この魔力は、身に覚えがある。
不思議と嫌な感じはしない、優しい魔力。
まさか……今、芽衣と戦っているのは……
(いや……そんなはずは……!)
わたしは無理矢理足を動かして、三階に飛び込んだ。
「……なっ……!」
わたしの目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
ふたりの魔法少女が、戦っている。
そしてそのふたりの顔は、わたしがよく知っている顔だった。
見間違えるはずもない。
戦っているのは、芽衣と――華奏だ。
「な……なにやってるの!?」
どうして、芽衣と華奏が戦っているのか。
そんなことを考える余裕もなく、ふたりの戦いを止めるために駆け寄ろうとしたそのとき。
「……っ!」
まただ。
また、キラキラと何かが反射しているかのような光が見える。
「やばっ……!」
急いで引き返そうとしたが、すぐ後ろは階段。
急に後ろに下がることもできずに、わたしはまたも歪んだ空間に呑み込まれた。
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「うっ……」
視界がぐらぐらして、倒れそうになる。
まただ。また、あの気持ち悪い妙な浮遊感。
それでもぐっと堪えて、ぶんぶんと首を横に振る。
「……ここは……」
目の前から、芽衣と華奏が消えている。
と、いうことは。
わたしは慌てて横を見た。
「……やっぱり」
階層を表す数字……「3」が、鏡文字になっていない。
元の世界に、戻ってきたのだ。
「なんで……なんであのふたりが……!?」
一体何が起きているのか、全くわからない。
いや、そもそもなんであのふたりまで鏡の世界に?
しかし、芽衣と華奏が鏡の世界で戦っているのは確かだ。
まさか、華奏がミラージュの言いなりに?
それとも、芽衣が魔王と化して暴走を?
わからないことだらけだが、とにかく何が起きているのか確かめないと。
そのためには、何とかしてあの世界に戻らなければならない。
でも、一体どうやって……
「はあ……もう来たわけ」
「!?」
薄暗い部屋の奥から、声が聞こえた。
ぼんやりとしていたその姿が、徐々にはっきり見えてくる。
この、気だるそうな声……癪に障るようなこの声は……!
「紅……京香……!」
大きなソファーに座っている京香が、遠くからこちらを見ていた。
顔はこちらを向いていないが、横目でわたしを見る視線が冷たい。
その横顔に、以前のような余裕は見られなかった。
今は、不機嫌そうな表情に見える。
まるで、思いどおりに事が進まないことに苛立ちを覚えている子どものような表情だ。
「邪魔しないでもらえる? 今、いいところなんだからさ」
血も凍りそうな冷たい声に、思わずたじろぐ。
こちらを睨むような視線を向ける京香の左頬には、何かで切られたかのような切り傷があった。
わたしがここに来る前に、何かがあったのだ。
京香が不機嫌になる、何かが。
だから、京香の様子もいつもと違う。
(何なの……何が起きてるのよ!?)




