天才
(えっ!?)
青白い閃光を放ちながら走り続けていた瑠奈は、自分の目を疑った。
(纏っている炎を……完全に消した? どうして!?)
これまで強力な炎魔法で瑠奈の雷魔法を打ち消し続けていた華蓮が、突然その炎を消したのである。
瑠奈からすれば、それは信じられない光景だった。
いくら強力な魔力を持つ魔法少女といえども、無防備な状態で魔法攻撃を受ければ被害は避けられない。
魔法少女になって身体能力が強化されていても、戦闘中に魔法を完全に解いてしまうことはあり得ないのだ。
(そう……だからこそ、新幹線の中でわたしはあの黒瀬麻子をも仕留めることができた……!)
しかし、今。
瑠奈の視線の先にいる華蓮は、無防備な状態を晒しているに等しい。
それは、瑠奈の理解の範疇を超えていることだった。
(魔法を完全に解くなんて……雑音を完全に消して、わたしの動きを見切るつもりでしょうか?)
瑠奈の足が、止まる。
それでも、華蓮は目を閉じて俯いたままじっとして、動かない。
(無駄です! 例えそれでわたしの動きを見切ることができたとしても! わたしはあなたの魔法をすべて躱すことができる!)
事実、瑠奈の認識は正しかった。
これまでに瑠奈に向けて放たれた炎魔法を、すべて瑠奈は見てから動いて躱している。
それほどまでの、速度の差。
瑠奈は速さに絶対の自信があったのだ。
(今! わたしの全力をぶつければ……! 足止めどころか、倒すことができる! チャンスは今しかない!)
華蓮との距離をとった瑠奈は、再び雷雲を作り始めた。
これまでの華蓮の魔法を考えれば、躱すには十分すぎる距離である。
「『雷・霆……!』」
――ばん。
乾いた音が、鳴り響いた。
「!!!???」
それは、一瞬の出来事だった。
あっけない幕切れ。
あまりにも地味な決着。
それ故、瑠奈には何が起こったかのかすら、わからなかった。
しかし今。
実際に床に倒れているのは――瑠奈の方だった。
「一体……何が……」
天井を見上げたまま、瑠奈が声を絞り出す。
「さすが魔法少女、頑丈ね……」
仰向けに倒れている瑠奈の顔を覗き込んでみると、目が合った。
「まだそれだけ話せる余裕あるんだ。さすがに威力、弱すぎた?」
しゃがみこんで瑠奈の顔の前で手をひらひらさせてみると、瑠奈が目を見開いて口を開いた。
「今の……あなたの魔法で……? どういう、こと……?」
「どうって……そんな複雑なことはしてないんだけど」
わたしは人差し指を立てると、指先に炎を灯して見せた。
初めて瑠奈と会ったときと、同じように。
あのときは脅しのパフォーマンスに過ぎなかったけど、今は違う。
「わたしの攻撃は広範囲型の派手な大技が多い。だからスピードでは分が悪かった。いつもの炎 魔法じゃ、あんたには追い付けそうになかったわね」
言いながら、指鉄砲を弾いて小さな炎の塊を天井に撃って見せた。
「だから、思いっきり小さな弾丸を作って撃った。それだけよ」
巨大な炎を作れば、威力は高いがスピードは落ちる。
その逆で、小さな炎の塊なら速度を上げることができる。
それは、冬に芽衣と戦ったときに実証済みだ。
あのときの「流れ星」は、電光石火の早業だった。
だから、それよりもさらに小さな炎の弾丸を指鉄砲で発射した――ただ、それだけなのである。
「うまくいくかは賭けだったけどね……今のも躱されてたら、正直ヤバかったと思うし」
「そんな……それだけって……それで、わたしが感知できないほどの速さを……?」
瑠奈は信じられないとでも言いたそうな顔で、わたしを見た。
「そんな……そんな自由に、魔法をコントロールできるものなの……?」
「……? できるけど、わたしは」
「そんなの……ありえ……ない……」
瑠奈はそう言うと、口を動かさなくなった。
魔力を使い果たして、気を失ったのだろう。
「……麻子や芽衣と一緒にいたからかな……忘れてたわ」
わたしは立ち上がると、掌の上で炎の形をイルカに変えて、動かしてみた。
火の輪をくぐる炎のイルカ……この程度の操作、造作もない。
「わたしって、天才なんだった」