ラストダンジョン
南に向かう道を黙々と歩く。
賑やかな街を抜けると、草原。
草原を抜けると、森。
木々を揺らす爽やかな風の音が心地よい。
しかし、そんな気持ちでいられるのも束の間であった。
「ちょ、ちょっと……ほんとにこっちでいいんでしょうね?」
完全に、人気の無い方向に進んでいる。
もはや周りには誰もいない。
わたしたちふたりだけが、ポツンと細い道を歩いているだけである。
まだ夜にはなっていないのに、生い茂る木々のせいで辺りは薄暗い。
今にも何か出てきそうな雰囲気だ。
不安になり、思わず芽衣の服の裾をぎゅっと掴む。
「ちょ……引っ張らないでくださいよ」
「だ、だって……芽衣は怖くないの?」
「初めて華蓮さんを見たときのほうが怖かったですよ」
「え? ほんと?」
「……なんでちょっと嬉しそうなんですか」
スタスタと歩く芽衣の服を掴んだまま、必死に追いかける。
「でも、本当に暗くなってきましたね……こんなところに洋館があるんでしょうか」
「あったらむしろ別荘って感じだよね? 隠れ家的な?」
「あ、それならむしろこっちで正解じゃないですか?」
「むしろそうとも言えるわね」
「むしろそうです」
会話の内容が意味不明である。
完全に脳死の会話だが、おかげで気を紛らわせることができた。
何しろ、今向かっているのは敵の本拠地である。
華奏を勝手に連れ去るような連中だ、戦闘は避けられない。
何が待ち受けているかわからないが、芽衣と一緒なら大丈夫。
そんな気持ちになれた。
「……あ」
前を歩く芽衣が、急に立ち止まった。
俯いて芽衣の服を掴んでいたわたしも慌てて立ち止まる。
「あれじゃないですか?」
芽衣の声につられて顔をあげると、枝葉の隙間から大きな建物が見えた。
思わずふたりで走り出す。
そして開けた場所に出たわたしは、目の前の光景に思わず息を呑んだ。
「これは……」
辿り着いた先にあったのは、想像を遥かに上回る洋館だった。
あまりにも大きく、荘厳な洋館。
洋館というより、お城と言ったほうがいいかもしれない。
まるで舞踏会でも開かれそうな白くて立派な建物だが……妙に威圧感がある。
アストラルホールはファンタジーの世界そのものという感じだから、世界観に合っていると言えるのだが。
佇まいは、RPGのラストダンジョンみたいだ。
最終決戦の場と言えばおあつらえ向きかもしれないが、用意された舞台のような気がして寒気がする。
ミラージュが、中でわたしたちを待ち構えているような気がした。
「……大きいですね」
「……そうね」
「なんか、ラスボスでもいそうな場所ですよね……初戦で行く場所じゃないですよ、これ」
「あ、芽衣もそう思う?」
「でも、ここを全滅させれば終わりなんですから、ラスボスと言っていいのかもしれませんね。建物ごと破壊すればいいんじゃないですか?」
「怖っ。ちょっと待ちなさいよ、中に華奏がいるかもしれないのに」
ひゅんひゅんと黒い風を纏っている芽衣を制止しながら前に出る。
「とりあえず、中に入ってみるわよ。ミラージュの魔法少女を見つけたら……」
ぎゅっと握った拳に炎を纏う。
「容赦しないということで」
「異議なしです」
こくんと頷く芽衣を見て、わたしは洋館の扉をゆっくりと開けた。
もう、覚悟はできている。




