いざ決戦の場へ
こっちから攻める。
それが、華奏を取り戻すための一番の近道に決まっている。
「そうと決まれば……行くわよ! 芽衣!」
「はい! ……で、どこに行くんですか?」
「どこって、それは……」
……どこだろう。
モストは行き先も告げずに姿を消してしまった。
京香や瑠奈の居場所もわからない。
ミラージュのことは、実は何もわかっていないのだ。
「…………」
気まずい時間が流れる。
「あー……何も考えてなかったんですね」
「ちょ! 失礼な! 仕方ないでしょ、何も手掛かり無いんだから!」
「そりゃそうですけど……」
芽衣のジト目が心に刺さる。
思い切りのよい意気込みを見せたせいで、なんだか余計に恥ずかしい。
「と、とにかく……華奏と連絡取れないか試してみるわ。無駄かもしれないけど……スマホスマホ……」
羞恥で熱くなった顔を隠すように、きょろきょろと辺りを見渡す。
「……バッグなら、階段の下に落ちてましたよ」
「あ、そっか……ちょっと待ってて!」
叫びながら部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。
そういえば、荷物は全部放り投げてきたんだった。
無造作に床に落ちていたバッグを拾い上げて、階段を上りながらスマホを取り出した。
「……ん?」
スマホを見ると、未読のラインが一件入っていた。
わたしにラインを送ってくる人は、家族を除けば麻子と芽衣しかいない。
一応言っておくが別に寂しくなんかない。
むしろ家族以外に二人もいるのは多いまである。
「あれ? 芽衣、わたしにラインした?」
「しましたよ、さっきも言ったじゃないですか。アストラルホールに行けたので、華蓮さんのところに行く前に家にいるか聞こうと思いまして」
「あ、そっか……って、なにこれ怖っ!」
芽衣から届いていたメッセージを開いたわたしは、思わず悲鳴をあげた。
メッセージが、文字化けしていて読めなかったのである。
ラインがこんなバグり方をしているのは、初めて見た。
「ちょ、見てよ芽衣。なんか文字化けしてるんだけど!」
「ええ? ……うわ、本当ですね」
芽衣が横から画面を覗き込んで顔をしかめていた。
「ひょっとして、アストラルホールから送信したせいでしょうか」
「あんたアストラルホールでラインしたの? 文字化けしても届くんだから凄いわね……異世界なのに」
「そういえば、モアがアストラルホールからでも連絡取れるように通信整備を何とかするって言ってましたね」
「へー……でも、あいつなら何とかしそうね。メイルの2Ⅾモデルを作ったのも、モアなんでしょ?」
「そうですね。モア、そういうの得意みたいで」
「文字化けしてるってことは、それがうまくいってないってことなのかしらね……文字化け……」
じっとスマホの画面を見つめる。
文字化け……
これ、つい最近見たような……
「「……文字化け!?」」
わたしと芽衣は同時に叫んだ。
見事なハモリ具合である。
「もしかして麻子さん……!」
「アストラルホールにいるってこと!?」
東京二日目のことを思い出す。
麻子がいなくなった次の日、芽衣はメイルとして配信をした。
そのとき、麻子であろう視聴者からコメントがあったのだ。
文字化けして読めない、異質なコメント。
そのときは理由がわからなかったけど……もしかして。
麻子がアストラルホールからコメントしたから、あんなおかしな現象が起きていたのだろうか。
だとしたら、麻子はアストラルホールでわたしたちが助けに来るのを待っているのかもしれない。
「もしアストラルホールにいるなら……麻子の魔力を全く感じないのも当たり前だわ」
「ですね……アストラルホールに連れ去られたってことでしょうか。だとしたら、モストとかいうゴミクズ野郎が糸を引いてるんでしょう。早く消しに行くしかないですね」
「そ……そうね。今ならその口の悪さも許容できそうだわ」
なんでこんな小さくてかわいらしい見た目した中学生がゴミクズ野郎とか言っちゃうのか謎だが、もはや違和感は無い。
むしろ頼もしいぐらいである。
「なら、早速……」
芽衣がパチンと指を鳴らす。
するとさっきと同じように、歪んだ空間から黒い物体……魔獣が現れた。
「……みいい?」
さっき帰ったばかりなのに、また呼び出されて不満なのだろうか。
今度はさっきのように勢いよく飛び出すことはなく、ぬうっと現れた。
「……大丈夫? なんかこの子眠そうな顔してるけど」
「大丈夫です。この子はよく懐いてくれてるんですよ。わたしの言うことはなんでもきいてくれるんです。ね?」
「……みいい……」
「……脅してるわけじゃなくて?」
「いや、だからそれは昔の話で。そんなわけないじゃないですか」
「……そ、そうよね」
頭をよしよしされている魔獣の顔を見る。
確かに撫でられて気持ちよさそうな顔をしてはいるが……多分これ、上下関係ある。
圧のある先輩と、従順な後輩。
そんな関係にしか見えない。
これが魔王の貫禄なのだろうか。
魔獣、嫌なら嫌って言ってもいいんだよ。
「……あの、何か失礼なこと考えてません?」
「え!? ないない! ないから!」
慌てて首を横に振る。
「誤解しないで欲しいんですけど……この子については、ちゃんと名前までつけて可愛がっているんですからね」
「な、名前?」
「そうです。この子は『ゴンザレス二世』です」
「致命的センス!!」
「えっ、どういう意味です?」
「いや、その……」
芽衣の真面目な顔をして思わず口を噤む。
名前の意味が全くわからない!
ゴンザレスって見た目でもないし、何が二世なのか意味不明。
一体どんなセンスしてたらそんな名前つけちゃうの?
段々芽衣のことがわからなくなってきた。
「良い名前ですよね、ゴンザレス二世。華蓮さんもそう思いますよね?」
「あ、はい……」
思わず二つ返事で肯定してしまった。
ゴンザレス二世……お前はその名前でいいのか?
言いたいことがあったら言ったほうがいいよ?
ゴンザレス二世もわたしの思いを感じ取ってくれたのか、諦めたような顔をして僅かに首を横に振った。
……ちょっと不憫である。
「……それじゃ、アストラルホールに繋ぎますよ? 華蓮さん、もう体調は大丈夫なんですか?」
「う、うん……大丈夫」
右手をぎゅっと握り炎の感触を確認する。
「……むしろ、疼いて仕方ないくらいよ」
魔力は十分に回復している。
手掛かりが見つかった以上、すぐにでも向かうべきだろう。
華奏が連れ去られたのも、麻子と同じアストラルホールかもしれない。
光の魔法少女である華奏は、ミラージュにとっても重要な存在。
乱暴にされることはないだろうが、華奏の身体は強くない。
無理に魔法を使うことで、身体にどんな影響があるかわからない。
華奏がミラージュの言いなりになって戦うことは考えられないが、一刻も早く助けに行かないと。
「……行きましょう。芽衣、頼んだわよ」
わたしの燃える右手を見て、芽衣もこくりと頷いた。
「それじゃ……行きますよ!」
芽衣が叫んだ瞬間、ぐにゃりと空間が歪んだ。
この感覚――懐かしい。
前は、麻子と一緒に芽衣を見つけるために飛び込んだ。
今回は違う。
芽衣と一緒に、麻子と華奏を見つけるために飛び込む。
二度目のアストラルホールへ、いざ。
「……GO!」