樋本華蓮は感知する
メイルの雑談配信が始まって、一時間後。
メイルが配信を切ったのを見届けたわたしは、すぐに芽衣の元に向かった。
「えーっと……おつめる、芽衣」
「おつめる……じゃないですよ」
芽衣はふーっと深い息を吐き、椅子を回転させてわたしの方を見て言った。
「あの不気味なコメント……麻子さんですよね?」
「……だよね? やっぱり」
「一体どういうことなんでしょう? 少なくとも無事ということなのか……でも、だったらどうしてあんな文字化けしたコメントひとつしかしてくれなかったのか……」
「わからない……あれが実は麻子じゃなくて別人のものって可能性もあるにはあるけれど。そんなことする意味がわからないし」
「そうですね……」
芽衣はパソコンの電源を落とすと、立ち上がり言った。
「とにかく、一度ホテルに戻ってみませんか? もし本当に無事だったら、麻子さんもホテルに向かうはずですし」
「そう……そうよね。うん、きっとそう」
黒の魔法少女……あのコメントの主が麻子なら、少なくとも配信を見ることができる状態ということになる。
あの麻子のことだ、自力でトラブルを解決して戻ってきた可能性もある。
文字化けしていたのは、単にネットの不具合か何かかもしれない。
「よし、行くわよ芽衣!」
「はい!」
わたしと芽衣は、マンションを出て駅に向かって走り出した。
少し足が軽くなった気がする。
きっと麻子は大丈夫だ。
ホテルに戻れば、心配かけてごめんねって笑いながらひょっこり現れるに違いない。
「全く……無駄に心配かけるんじゃないわよ……!」
わたしは口角が上がるのを自覚しながら、駅の改札を通り抜けた。
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「あ~……」
ホテルに戻ったわたしたちは、一階にあるお洒落なカフェラウンジで腑抜けた声を出しながら項垂れていた。
ホテルに戻っても、麻子の姿は無かったのである。
周りの人が会話や食事を楽しむ中、わたしはテーブルに伏し、芽衣は椅子にもたれかかって天井を見上げていた。
場違いもいいところである。
きっと麻子はホテルにいる……そんな期待を込めて戻ってきたのだが、空振りに終わったわたしたちはすっかり意気消沈していた。
「はあ……いないわね」
テーブルに伏したまま、うわ言のように呟く。
「ですね……となると、どこかに捕まっているとかでしょうか……?」
「麻子が……? うーん……」
麻子が囚われの身になっている姿を思い浮かべてみるが、違和感がありすぎてどうもしっくりこない。
あの麻子がおとなしく捕まっているなんて、あり得るのだろうか?
「なんか想像できないけど……そうなのかなあ」
わたしは注文したジンジャーエールに刺さったストローを咥えると、窓の外を見た。
今日も快晴で、猛暑日だというのにどこを見ても人、人、人である。
みんなは何をそんなに外出する用事があるのだろう。
わたしなら、こんな暑い日は間違いなく家から一歩も出ないのだが。
これだけの人がいる中で、何の手掛かりもなく尋ね人を見つけるというのは不可能に近い。
しかし、魔法少女なら話は変わってくる。
魔法を使おうとする際に溢れる魔力を、魔法少女なら感じることができる。
だから、麻子が近くにいるなら、麻子の魔力を感じることができるかもしれないのだ。
しかし、わたしがさっき芽衣のマンションで感じた魔力は麻子のものではなかった。
そして、その魔力は間違いなくわたしに向けられていた。
(だったら、あの魔力の主は――?)
わたしはジンジャーエールを飲み干すと、頬杖をついて呟いた。
「……それにしても、ほんとどこもかしこも人多すぎでしょ。芽衣、あんたよくこんなところに住めるわね」
「わたしは元々生まれも東京ですから……華蓮さんも、しばらく住んでみればすぐに慣れますよ」
「そうかしら。とにかく……こんなに人がいる中でどこにいるかもわからない麻子を見つけるのは難しいわね」
「そうですね……これからどうします? ひとまず、駅周辺で麻子さんの魔力を感じることができないか、探ってみますか?」
「ん~……」
わたしは少し迷ったような素振りをしながら、周りをゆっくり見渡した。
「……? どうしました?」
「……ううん、なんでもない。ごめん、ちょっと疲れたからわたしはホテルに残ってもいい? もしかしたら、麻子が戻ってくるかもしれないし」
「え……大丈夫ですか? わたしもついていましょうか?」
「いや、大丈夫。何かあったら連絡するわ。悪いけど、ちょっと麻子の魔力を探ってきてくれるかしら」
「華蓮さんがそう言うなら……わかりました」
芽衣はぐいっと紅茶を飲み干すと、立ち上がった。
「それじゃ、行ってきます。何かあったら、すぐに連絡してくださいね」
「オッケー。気を付けてね、芽衣。油断するんじゃないわよ」
「……はい、華蓮さんも」
芽衣はスマホをポケットに入れると、ホテルのエントランスに向かって歩いて行った。
わたしは手を振りながら芽衣の後ろ姿が見えなくなるまでその姿を見送ると、椅子にもたれかかってゆっくり目を閉じた。
……そのまま、一分ほど経過しただろうか。
わたしはゆっくり目を開き、ぼそりと呟いた。
「……ふーん。『こっち』なんだ」
わたしはカフェラウンジを出ると、そのままホテルの裏口に向かった。
フロントの目が届かない、エントランスとは比べ物にならない小さな出入口。
一歩出てみると、そこは建物の影に隠れて、薄暗くて……人気がない、静かな場所。
喧騒から離れたこの場所では、さわさわと静かな風の音を感じられる。
「さて……と」
ゆっくり歩いて外に出ようと、ホテルに背中を向けた次の瞬間。
背後で、閃光が走った。