不穏な魔力
麻子の消失から一夜が明けた、東京二日目。
いつもと違う部屋で目を覚まして、昨日の出来事が夢ではなかったと知る。
それでも、目覚めはそこまで悪くない。
半日以上も寝ていたのだ。当然と言えば当然かもしれない。
熱いシャワーを浴びて頭をスッキリさせたわたしは、朝早くから芽衣と合流してホテルのレストランにいた。
麻子は朝食付きプランを予約していたので、二人分のチケットがあるのだ。
麻子には申し訳ないが、使わないと勿体ない話である。
軽快な音楽が流れるお洒落な空間で、芽衣はオレンジジュースを一口飲むと言った。
「さて……とりあえず、今日の作戦会議といきましょうか」
「そうね。一晩寝て、わたしも元気になったから。今日は、大丈夫」
スクランブルエッグをスプーンで口に運びながら、力強く言った。
昨日の昼から何も食べていないせいだろうか、まだまだ食べられそうだ。
バイキング形式の朝食でよかったと思う。
「もし麻子を襲ったやつを見つけたら、焼き尽くしてやるつもりだから。そういうことでよろしく」
そう言いながら朝食を食べるわたしを見て、芽衣は目をぱちくりさせた。
「……ふふ、やっと華蓮さんらしくなりましたね」
小さな口でパンをもぐもぐしながら芽衣は笑っていた。
もっもっとパンを齧る芽衣は、小動物みたいである。
こうして見ると、魔王の面影は全くない。
こんな小さな女の子を危険視している連中は、どれだけ小心者なんだと一瞬思ったが、闇のオーラを纏った芽衣の姿を思い出して口を噤んだ。
「それで、一晩考えたのですが……まずは、麻子さんの置かれている状況を確かめるのが先決だと思うのです」
「確かめる……って?」
「麻子さんが今どこにいて、どんな状況なのか……わたしたちはさっぱりわかりませんからね。せめて、無事かどうかだけでもわかるといいと思いまして」
「そりゃ、そうだけど……そんなの、確かめようがなくない?」
「これですよ、これ」
芽衣はんんっと咳払いをすると、小さな声で言った。
「……こんめる!」
「……へ?」
久しぶりに聞く懐かしい挨拶に、わたしはいつの間にかスプーンからスクランブルエッグをこぼしていた。
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「すごっ……高級マンションじゃん」
ホテルで朝食を済ませたわたしたちは、十五分ほど環状線に揺られて、芽衣の住むマンションの前に来ていた。
歩いて移動したのはほんの五分ほどだったはずだが、昨日と変わらない夏の暑さに汗が止まらない。
どこを見ても人だらけのせいで、時折じっと誰かに見られているような視線すら感じてしまう始末だ。
これが、都会慣れしていない人間の弊害なのだろうか。
それでも、芽衣の住む家に近付くにつれ人の数も少なくなり……マンションの正面に着くころには、人は疎らになっていた。
今日は人酔いすることなく目的地に辿り着けたことに、ほっと一安心する。
「ほら、行きますよ華蓮さん」
「う、うん。お邪魔しまーす……」
泊まっているホテルよりも豪華な装飾のされた自動ドアを通ると、想像以上に豪勢な世界が広がっていた。
「えっ……コンシェルジュがいるんだけど……こわっ」
エントランスはやたら広く、向こうにはラウンジのようなものまで見える。
正直、わたしとは生活レベルの次元が違う。
芽衣が引っ越す前に住んでいた家もすごかったが、絵にかいたような富豪生活を目の当たりにして思わず気後れしてしまった。
「ちょっと……何よこのマンション。あんたの親、いったい何の仕事してんの?」
「えーっと……それはちょっと……ま、まあいいじゃないですか。今は家に誰もいませんし、遠慮せずあがってください」
「……うん」
気にはなったが、今はそんなことを追及している場合ではない。
ここに来た目的を果たさないと。
そう思い、先を行く芽衣を追いかけて歩みを進めようとしたその瞬間。
わたしは「何か」を感じて、思わず後ろを振り向いた。
忘れかけていた感覚。
けれど、はっきりと感じる。
これは、魔力だ。
しかも、魔獣のものではない。
魔法少女の――魔力。
東京駅に着いたときに感じたような、曖昧なものとは全く違う。
これは絶対に、気のせいなんかじゃない。
麻子とも芽衣とも違う、感じたことのない魔法少女の魔力。
もしかして、さっきから感じている視線って……
「……華蓮さん? 華蓮さーん!」
芽衣の声が響き、はっとする。
「どうしたんですか? 置いてっちゃいますよー!」
既に遠くでエレベーターに乗り込んでいた芽衣が、扉を開けたまま手招きしていた。
「……うん。今行く」
わたしは前を向くと、芽衣の元に走り出した。