魔王
わたしたちは、モアに案内されて大きな樹の近くまで来た。
「うわでっか……なにこれ、これで一本の樹なの?」
三十メートルはあるんじゃないかと思われる直径に、百メートルを優に超えるだろう高さ。
うっそうと生い茂った緑が眩しい。
魔王が封印されている場所と言われているわりには、随分と穏やかな場所だ。
吹き抜ける風が、心地よい。
「ここは神聖な場所として崇められているところだぽん。光属性の魔力が増強されるところだから、かつて光の魔法少女がここに魔王を封印した……そんな言い伝えがあるんだぽん」
「言い伝え、ね……」
光属性の魔力が増強される……確かにおあつらえ向けの場所である。
光属性の魔法少女は、やっぱり魔王に対抗できる唯一の魔法少女なのだろう。
例外である、わたしを除いての話だが。
闇は闇に勝てる……わたしの魔力が魔王の魔力よりも強いのなら、わたしは魔王に勝てるはずだ。
つまり、もし魔王が復活したら……わたしが戦うしかないと思う。
風や炎の魔法を使う魔法少女では、勝てないと思う。
全く、どうしてこうなったのだろう。
わたしが一番、魔法少女なんてやる気がなかったのに。魔王を倒して叶えてほしい願いなんて、わたしには無いのに。
それでも、芽衣と華蓮を守るためには……わたしがやるしかないだろう。
深呼吸をすると、わたしは樹木に向かって歩き始めた。
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「いた、芽衣ちゃん!」
大きな樹木の根本。そこに、芽衣は立っていた。
わたしたちに気付いた芽衣は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの顔に戻った。
「よかった、無事だったんだ! もー心配したんだから」
「ま、麻子さん……それに炎の人まで。どうしてここに?」
「どうしてじゃないわよ。あんたねぇ、勝手にこんなところまで来て……」
そこまで言って、華蓮は口を閉じた。
華蓮が口を閉じた理由は、わたしもすぐにわかった。
芽衣に駆け寄ろうとした足が、動かない。
「モア……これって……」
「……いや……そんなはずは」
モアもわたしも、冷や汗が出ていた。
誰も喋らない。長い沈黙のあと、華蓮がようやく口を開いた。
「風使い……なんで……なんであんたから、魔獣の魔力を感じるの?」
ざわっと枝葉が揺れた。
ついさっきまで心地よいと感じていた風が、妙に寒く感じる。
ふう、と芽衣がひとつ息を吐くと、小さく口を開いた。
「知ってますか? 麻子さん」
「……え?」
「シューベルトの歌曲、『魔王』を」
「……知ってるよ」
背筋が寒くなり、鳥肌が立つ。
「あれの、魔王の声って……」
芽衣が、右手をこちらに向けて言った。
「風に吹かれた葉音なんですよね」
轟音が響いた。
芽衣の魔法。
強力な突風が、わたしたちに向けて放たれた。