源芽衣は闇深い
「さて……これで良い交渉材料ができましたね」
肩にゴンザレス二世を乗せた芽衣は、気を失ったヴィラの横にしゃがみこんだ。
「こ、交渉材料?」
「丸腰で女神のところに行くわけにもいかないでしょう。あの女に、魔王を吐き出させなくちゃいけないんですから」
つんつんとヴィラの頬をつつきながら、芽衣が言った。
……なるほど。ヴィラを人質代わりに使うって寸法ね。
確かに、ヴィラは女神大好きだけど……女神はヴィラのこと、どう思っているんだろう?
あの女神のことだ、ヴィラを人質にとったところで効果があるのか微妙な気もするけど。
とは言え、芽衣の言うとおり……丸腰で行くよりかは、幾分マシな気もする。
(……やっていることが完全に悪役よね、これ)
魔王を復活させようとしたり、人質をとったり……
……うん。まあ考えないようにしよう。
「どうします? とりあえず、縛っておきますか。あと目隠しと、口枷と、耳栓と……」
わたしよりもとんでもない悪役がいた。
芽衣、悪い子。
でも、魔法少女だからね。
残念ながら、魔法少女に清廉潔白の子なんていないのよ。
華奏だけは例外だけど。
「何なら服も脱がしておきます?」
「鬼畜!?」
「え? でもこの女、それぐらいしないと……華蓮さんだって、水ぶっかけられた恨みがあるんじゃないですか?」
「そ、それはそうだけど……」
全く、本当に芽衣は悪い子だ。
何事もやりすぎはよくない。
ここは年上として、きちんと制御してあげなければ。
「それもそうね。ひん剥いて連れて行きましょう」
ダメだった。
本心が勝ってしまった。
「さすが華蓮さん。それじゃ、早速麻子さんの家に行きましょうか。ゴンザレス二世にお願いすれば一瞬ですから」
「そういえばそんなことも出来たわね。あ、でも……麻子の家に行って、そのあとはどうする?」
「そのあと、とは?」
「いや、だって……夢麻子に会うには、麻子に寝てもらわないといけないのよ。でも、わたしも麻子もさっき起きたばかりだし」
「何ですか? 自慢ですか?」
「なんで!?」
芽衣から向けられる視線が怖い。
やっぱり、わたしが麻子にくっついて寝ていたのは地雷らしい。
「どうやって夢の世界に行くのかって話よ。……夜まで待つ?」
「そんなに待っていられないですよ。薬盛りましょう?」
「さっきから発言危ないけど大丈夫?」
芽衣のやつ、アウトローが過ぎる。
「仕方ないでしょう。こうなったらもう、麻子さんに事情を離して……」
ふと、会話が止まった。
わたしと芽衣の目が合う。
……多分、わたしたちは同じことを思っている。
おかしい、と。
わたしはさっきまで、麻子の家にいた。
そして、麻子の家を飛び出してここに来たのだ。
それで、芽衣に会って……もう、結構な時間が経っている。
それなのに。
麻子はどうして、追いかけてこないの?
「……芽衣!」
「……急ぎましょう、華蓮さん」
芽衣が指で合図をすると、わたしは覚えのある浮遊感に襲われた。
闇に包まれるこの感覚。
視界が歪み、足元がふらつく。
でも、それもほんの一瞬。
次の瞬間には、麻子の部屋にいた。
「……っ! ま、麻子!?」
すぐに視界に飛び込んできたのは、玄関で倒れている麻子だった。
うつ伏せで、全く動かない。
それだけじゃない。
麻子の身体が……異様に薄かったのだ。
(やばい! これって……もうタイムリミットが近いってこと!?)
「ど、どうしよう芽衣!」
「ああもう! こうなったら仕方ありません!」
芽衣は、ゴンザレス二世をわたしに向けた。
「二回目は、特別ですよ! 華蓮さん!」
魔獣に触れ、闇に覆われるわたし。
急に、力が抜けていく。
意識を保つことが、難しいほどに。
――なるほど。
寝るのも気絶するのも――同じということか。
「言っておきますけど……華蓮さんでも添い寝、許した訳じゃないですからね!」
そんな芽衣の声が、微かに聞こえた。
そしてほどなく――
わたしは意識を失った。




