戻って来た現実世界
……んあ。
目を開けたつもりが、視界がぼやける。
身体が怠い。
起き上がれない。
でも、なんだかとっても心地よい。
それになんだか、良い匂い。
だめ……眠すぎる。
すぐにでも二度寝できそう。
どうしてベッドというのは、こんなにも引力が強いんだろう。
この気持ちよさ、人間が抗えるはずもない。
今はただ、この快楽に身を委ねることしかできない。
このままこの睡眠欲に負けて、もう一度夢の世界に……
ごろりと寝返りをうった、そのときだった。
「……おはよ、華蓮」
「いやああああああああああああ!」
一気に目が醒めて、ベッドから転がり落ちる。
無理もない。
寝返りをうったら、目の前に麻子の顔があったのだから。
「なななな! なんであんたがいんのよ!!?」
「なんでって……うーん、難しい問題ね……」
「はあ!? あ、あんたね……! いくらなんでも人のベッドに勝手に潜り込むなんて……!」
「うんうん、そうよね。夜這いはいくらなんでもアウトよね」
「よばっ……! とうとうイカれたの!? 早く出ていきなさいよ!!」
「出てくって……どこに?」
「どこって……!」
そこまで言って、ようやく気が付いた。
……ここ、わたしの部屋じゃない。
麻子の部屋だ。
さっきまで、わたしがいたところ……麻子のベッドだ。
…………うん。
「……なるほどね。帰るわ」
「何がなるほどなのよ! 待ちなさい華蓮!!」
「ぶへ!」
腕を引っ張られ、ベッドに倒れ込む。
仰向けに倒れたところに、麻子が馬乗りになってきた。
「華蓮~? こんなことして逃がすわけないでしょー……?」
「い、いやこれはその……」
麻子に足を絡められ、身動きができない。
体格が違いすぎる。
両手も頭の上で押さえつけられて、全く抵抗できない。
「全く……華蓮がそんな悪い子だったなんてね」
「ちが! んなわけないでしょばか! これには事情が……!」
「事情? へー、わざわざ深夜に鍵開けて侵入して、ベッドに潜り込む事情が?」
「そうよ! あんたが……!」
あんたが……
……あ。
思い……出した。
わたしが今、ここにいる理由を。
「あんた……が……」
言葉が出てこない。
何て言えばいいんだろう。
あんたは夢魔法が生み出した分身で。
本当の黒瀬麻子じゃない。
夢魔法『夢遊病』によって作り出された……偽物。
そんなこと……言えるわけない。
「……華蓮?」
「…………………」
わかってる。
言わなくちゃいけないって。
だって、このままじゃ麻子は消えてしまうんだから。
でも、この麻子は……
「華蓮……本当にどうしたの?」
すぐ目の前に、麻子の顔。
指がそっと、頬に触れた。
「ちょっと……泣かないでよ華蓮」
自分でも気付かないうちに、涙が流れていた。
「……ごめん麻子。わたし、帰る」
「ちょ、ちょっと! 華蓮!?」
「ごめん!!!」
半ば振り払うように、わたしは麻子を押しのけた。
そのまま外に飛び出す。
隣の自分の部屋に戻ることもせず、無我夢中で走った。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
だって、どうすればいいのかわからない。
どうしたって、このままではいられない。
本当はこんなとき、麻子に頼りたいのに。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ほんの少し走っただけなのに、息が上がる。
これも全部麻子のせいだ。
麻子のせいで動揺したから……
……いや、寝起きでいきなり全力疾走なんてしたら当たり前か。
(……バカみたい。なんで逃げてきちゃったんだろ……)
息を吐いてしゃがみ込み、呼吸を整える。
……これからどうする?
どうすればいい?
こうしている間にも、夢魔法の魔力は失われつつある。
このままじゃ、麻子は消える。
そうなったら、あの夢の世界にはもう行けない。
そうなれば、女神に会うことができなくなるから……魔王を倒すこともできなくなる。
つまり、タイムリミットがあるってこと。
夢魔法の魔力が尽きたら、全部終わる。
だからそうなる前に、わたしがなんとかしないと……!
「かーれんさん」
「!?」
突然名前を呼ばれて、顔を上げる。
全然気が付かなかった。
いつのまにか正面でわたしを見下ろしていた、見知った顔。
……芽衣だった。
「び、びっくりした……何よ芽衣、こんなところで」
まだ、早朝の時間帯。
こんな時間に、外で偶然会うなんて。
「あはは、華蓮さん。華蓮さんじゃないですか」
「……え?」
「華蓮さん……うん、華蓮さんなんですよね、やっぱり」
「え、え、え……?」
芽衣の口調に、抑揚が無い。
というか、言っている内容が壊れている。
……怖すぎる。
こういうときの芽衣は、大体やばい。
経験則でわかる。
「いや……ちょっと訊きたいんですけどね」
長い前髪から、芽衣の暗い目が見えた。
「華蓮さん……なんでこんな時間に麻子さんの部屋から出て来たんですか?」
「!!??」
「内容によっては、処さないといけませんので」
「なんでよ!?」
「言わないとわかりません?」
「…………」
はあ、と息を吐く。
去年だったら、たぶんこの芽衣に気圧されていただろう。
でも今は違う。
……逆に、少し落ち着いてきた。
「……そうね。芽衣には隠せないわよね」
「隠せない? 隠せないって言いました? それってつまり、隠し事があるってことですか?」
「黙って。いいから聞いて」
立ち上がると、芽衣の肩を掴んだ。
「大事な話なの」




