夢物語
「思いどおりにはならないって……どういう意味よ?」
ここまでの話を聞いて、わたしはちゃんと考えた。
女神から、魔王をアストラルホールに解き放つ。
その魔王を、わたしが倒す。
そうすれば、願いを叶えられる。
麻子を、生き返らせることができる。
これからも、ずっとこのままでいられる……
(そう……よね。わたし、何か間違ってる?)
いや、間違ってなんか……
「さては……テキトーなこと言って、わたしの邪魔をするつもりじゃないでしょうね?」
「阿呆。そうじゃない。これはの……夢魔法の欠陥みたいなものなんじゃ」
「夢魔法の……欠陥?」
「魔力で実態を保っている夢麻子……こやつを蘇らせることで、確かに黒瀬麻子は消滅を免れることができるじゃろう。じゃがな」
女神は、落ち着いた口調で続けた。
「夢でみたことは、記憶に定着しないんじゃよ」
「……え?」
「あの闇女は、夢魔法が作り上げた虚像。それは、理解しておるな?」
「わ、わかってる……けど」
虚像。
その言い方に、ぎゅっと胸が締め付けられた気がした。
まるで、わたしと麻子の経験が幻だったかのような……
……幻?
「あの闇女が経験したことはな……黒瀬麻子にとっての夢物語なのじゃよ」
心臓の鼓動が、早くなるのを感じた。
手が震えて、指先が冷たくなる。
夢物語。
……わかってしまった。
女神が言おうとしていることが。
いや、でも……本当に?
そんなことが、あっていいわけが……
「黒瀬麻子にとって、あの冬の交通事故以後の記憶は全て虚像がみた夢物語。つまり」
やめて。
その先を言わないで。
その先を聞いたら、わたしの決意が揺らぐから――
「夢から覚めたとき……黒瀬麻子は、事故以降の記憶をすべて失うことになるんじゃ」
「……っ!!」
思わず、夢麻子に視線を向ける。
夢麻子は、目を伏せたままだった。
「……待ってよ。それっておかしいわよね?」
自然と、まくし立てるように言葉が出てしまう。
「だって、今ここにいる麻子……夢麻子だって、わたしたちのことを観測してるじゃない? それなのに、記憶をすべて失うだなんて……そんなのおかしくない?」
「関係ないんじゃよ。『夢遊病』発動中に経験したことは、本人の記憶に残らない。それは、夢魔法の特性なんじゃ」
「おかしいでしょ! いくら夢で見たことは記憶に定着しないからって……そんなのおかしい! 夢の内容だって、覚えてることもある! 忘れずにすむことだって……!」
女神は、静かに首を横に振った。
夢麻子も、何も言わない。
ふたりの態度を見たわたしは、何も言えなくなってしまった。
(夢魔法の……特性……?)
夢で見たことは、記憶に残らない。
夢で見たことは、所詮夢。
わたしと麻子が経験したことは……それだけじゃない、芽衣や白雪さんとの出来事は……麻子にとって、全部夢で見たことに等しい。
わたしにとっては現実でも。
麻子にとっては空想。
夢物語に過ぎない。
わたしが麻子を生き返らせたところで、麻子の記憶にわたしはいない。
それどころか、2年以上の記憶がすっぽり抜けた状態で、生き返ることになってしまう。
そんなことになったら、麻子は……
「汝はそれでも、危険を冒してまで魔王と戦うと言うのか?」
「……ぇ……そ、それ、は」
言葉に詰まる。
このまま何もしなければ、麻子が消えちゃう。
もう、タイムリミットは近いはずだ。
夢魔法の魔力が尽きれば、全てが終わってしまうのだから。
だから、選択肢なんてない……
そうなんだけど、でも……
わたしは……
「……っ!?」
急に、目の前が歪んだ。
足元がおぼつかない。
……やばい。
なに、これ。
急に、とんでもない眠気が襲ってきたみたいな……
「もう……時間みたいね」
「じ、時間……!?」
「目を覚まそうとしてるのよ。ここは夢の世界だから……目覚めたら、当然ここにはいられない」
「ま、待ちなさい……! まだ、話は……」
「ううん、もういいの」
夢麻子に、ぎゅっと右手を握られた。
夢の中なのに、握られた手は確かな温もりを感じる。
「華蓮、ありがとう。わたしのために、ここまでしてくれて」
「……麻子っ……あんた……変わらないわね……!」
握られた手を、左手で握り返す。
「それで気を遣ってるつもり? わたしを無視して……ひとりで勝手に楽になろうとしてんじゃないわよ……!」
睨んだつもりが、視界がぼやけて夢麻子の姿が見えない。
……だめだ。
もう、意識が保たない。
「麻子!わたしはね……!!」
――――ばつん。
そこで、わたしの意識は途切れた。




