華蓮はそれでも構わない
「女神。魔王を……アストラルホールに解き放ってよ」
「んな……!?」
わたしの言葉に真っ先に反応したのは、女神ではなく夢麻子の方だった。
「何を言ってるの!? そんなことしたら……!」
「でも、それしかないでしょ」
「……!」
「夢麻子。あんたがわかってないわけないわよね」
「な、何を……」
「あんたの魔力が尽きたとき……わたしの知る闇麻子は消える。でもそのとき、あんただって無事じゃいられないわよね?」
「……そ、それは……」
夢麻子は、否定しなかった。
自分自身のことだ、当然わかっているだろう。
助かったのが奇跡と言われた交通事故。
でも実際は、助かっていなかったってこと。
夢魔法『夢遊病』で生み出した分身で、助かったように見えていただけ。
当の本人は、ずっと魔法で作られたこの空間にいる。
だったら、魔力が切れたときどうなるか……そんなの決まってる。
だから、わたしが願わなくちゃいけないんだ。
黒瀬麻子を、生き返らせてって。
「魔王を元に戻して、わたしが倒す。マッチポンプだけど……それしかないのよ」
「華蓮……」
「ねえ女神、そういうことだから。魔王を切り離して解放する……できるんでしょ?」
「……ふむ。できる。できるが……」
「できるが……なによ?」
「汝は自分が何を言っているのかわかっておるのか?」
「え」
「せっかく封印した魔王を解き放つ。それはつまり……」
女神は、真剣な眼差しで言った。
その眼差しに、一瞬怯んでしまう。
そのときだけは、アストラルホールを統括している女神の顔だった。
「汝の勝手な都合で、世界を危機に晒すということじゃぞ」
「…………」
それは……そうだ。
今は、夢麻子のお陰でアストラルホールには平和が訪れている。
なのに、もし……もし、失敗したら。
魔王に勝てなかったら。
魔王を倒せなかったら。
世界はどうなっちゃうんだろう。
そう考えたら、わたしはとんでもないことを言っているのかもしれない。
我儘で、自分勝手で、傲慢で。
言っちゃいけないことを言っているのかもしれない。
「わたしは……それでも構わない」
「華蓮!!」
夢麻子が叫んだ。
「そんなことして……失敗したら、あなたも終わりよ!?」
「勝てばいいでしょ」
「っ……」
「わたしが勝てば問題ない。違う?」
「あ、あのね……」
呆れたような顔を見せる夢麻子。
……というか、若干馬鹿にされてるような。
(……そうよね。当たり前だけど……夢麻子だって麻子なんだ)
この人を小馬鹿にしたような麻子の顔。
わたしは何度も見ている。
久しぶりでも何でもないのに、何故だか懐かしい気持ちになってしまった。
「ふん……不遜な奴じゃな」
不機嫌そうな声で、女神が言った。
「む……あのねえ女神。これはあんたにとっても悪い話じゃないはずよ」
「はあ? 何故そう思う?」
「だってこのまま夢の世界が崩壊したら……ここに閉じ込められたあんただって無事じゃすまない。あんたも巻き添えを喰らうんじゃないの」
「ああ……そういうことか。じゃが、それは正しいようで間違っておるな」
「は?」
「汝は勘違いしておる。忘れたか? わしの望みを」
「女神の、望み……?」
女神の望みって……世界を無に帰すっていうあれのこと?
不死の自分の生を終わらせるために、世界ごと終わらせようっていう滅茶苦茶な……
「……あ」
「理解したか」
女神が微かな笑みを見せる。
「この夢の世界が崩壊したとき、ここにいる者は消滅する。つまり……ここにいれば、わしの望みは叶うということじゃ」
「…………」
「わかるか。わしにすれば、このままこの世界が崩壊することに利があるんじゃよ」
「…………」
……なるほどね。
だから女神は、自分から夢麻子に何かしようとしないんだ。
でも、だったら尚更……どうして女神はわたしに夢魔法の話を……
いや、そんなことどうでもいい。
女神がわたしの味方じゃないってことは、最初からわかってる。
わたしの言うことに、素直に応じるなんて思ってない。
「だったら……魔王だけでも力ずくで剝ぎ取るしかないわね」
わたしはもう一度、指先に炎を灯した。
「……まあ待て。確かにこのままではあの闇女は消失する。じゃが……」
女神は、静かに首を横に振った。
「黒瀬麻子を蘇らせた結果は、汝の思いどおりにはならないはずじゃぞ」
「……え?」




