樋本華蓮の選択
(今、わたしが女神を倒したら……そうすれば、麻子は……)
「……なんじゃ? 急に黙り込んで」
「……あるじゃない。解決する方法が」
自然と、肩から炎の魔力が溢れ出す。
わたしは指鉄砲の構えを取ると、人差し指の先に炎を灯した。
「女神。あんたを倒せば……魔王を倒せば、麻子を助けられる。……違う?」
空気が張り詰める。
ほんの些細なきっかけで、わたしも女神も魔力が爆発してしまいそうな……
そんな気がした。
「……かかっ。このわしに銃口を向けるか」
女神は見下すかのような笑い声をあげた。
「その方法、わしには思いつかなんだ。何故なら……『不可能』じゃからな」
「……は?」
「忘れたわけでもあるまい。このわしが、不死であることを」
女神の周りを、黒い闇が包む。
あらゆる魔法を無効化する、魔王の闇魔法。
それでもわたしは、女神に向けた人差し指を降ろさなかった。
「そもそも……汝がわしを倒せると思うのか? 魔王の力だけではない。複数の魔力を操る、このわしを」
そう言うと、女神の周りの空間が歪み始めた。
……いや、違う。
そう見えるだけだ。
女神の操る魔力が強すぎて、そう見えるだけ。
渦巻く旋風によってなびく髪。
右手から放たれる強い冷気。
そして――身体全体から放たれる、禍々しい黒い闇。
……無理だ。
この女神を相手にすることなんて、できっこない。
Aランクのわたしでは、到底及ばない相手。
そんなことは、火を見るよりも明らかだ。
でも……
それでも、わたしは……
「……あんまり舐めないことね。そうやって舐めた態度取ってたから、わたしと麻子に負けたんでしょ」
「……図に乗るなよ。汝ひとり……赤子の手を捻るようなものじゃぞ」
黒い風が、わたしの周りを包み込む。
……芽衣の技だ、これ。
むかつく……その風魔法も、闇魔法も、他人から奪い取ったものなのに……!
「……なんてな」
「……え?」
「無駄じゃぞ。仮に汝がわしを倒そうと、願いは叶えられん」
「……!? な、何でよ!?」
「モアから聞いておらんのか? 願いを叶えるための条件を」
「じょ、条件……?」
条件って……そんなのあった?
いや、モアはそんなこと言っていなかった。
さすがに、そんなのあったら忘れているはずがない。
「魔王を倒せば願いが叶う……わたしはそう聞いてるわよ」
「それは間違いではない。じゃが、正確ではないな」
女神は黒い風を鎮めると、こう言った。
「正確にはこうじゃ。『アストラルホールを魔王の危機から救った者を讃える光には、願いを叶える力がある』」
……讃える光?
それを聞いたわたしの脳裏に、あのときの光景が蘇る。
麻子が、入試の日を晴れにしてって願ったとき。
あのとき、モアが取り出した水晶玉が虹色に光っていた。
……そうだ。
あのときモアも言っていた。
この光は、アストラルホールを魔王の危機から救ったものを讃える光だって。
だから、麻子にその資格があるんだって……
「え……それって……そういうこと……?」
「察したようじゃな。今、魔王は異空間に封印されている状態。つまり……アストラルホールは、魔王の危機に晒されていない」
「……!!」
「今ここで魔王が消えようが……アストラルホールには何の関係も無い。英雄にはなれんのじゃよ」
「……なにそれ……」
アストラルホールを救った対価として、願いを叶えることができるってこと?
魔王を倒した対価じゃなくて?
そんなの……馬鹿げてる。
「わかったか。汝が言った方法は、もはや机上の空論ということが」
魔王を倒して願いを叶える……その方法が、使えない。
だったら……
だったら、どうすれば……
(……いや……違う)
そうじゃない。
単純な話だ。
何も難しいことはない。
アストラルホールを、魔王の危機から救う。
そうすれば願いが叶う。
だったら、その状況を……
自分で、作り出してしまえばいいではないか。
「……あるじゃない。良い方法が」
「……? なんじゃと?」
「魔王から、アストラルホールを救う。その栄光が、願いを叶えるキーなんでしょ」
「……汝……まさか」
女神の方を向いて、わたしは口を開いた。
「魔王を……アストラルホールに解き放って」




