樋本華蓮は思いつく
麻子が――消える。
想像は、していたけれど。
本人の声で……麻子の姿でそう言われると、さすがに堪える。
麻子の身体が透けて見えるときは、何度かあった。
あれは、いつからだったのだろう?
わたしが気付くよりも、ずっと前から?
その原因が、『夢オチ』の魔法にあるのなら。
女神との闘いの直後から、その兆しはあったはずだ。
それなのに……
(……なんで……もっと早く言わないのよ)
目の前に立っている麻子に掴みかかりたいところだが、そんなことしても無駄だ。
今目の前にいるのは、わたしが知っている麻子じゃない。
そして、わたしが知っている麻子には、自分が消えるなんて自覚はない。
こんな状態で、誰にこの気持ちをぶつければいいのか。
燃え滾るような拳を握りしめて、深いため息をついた。
「はあぁ……もういいわ。本題に入りましょう、女神」
「……本題?」
「だから……何かわたしに、やらせたいことがあるんでしょ?」
「どういう意味じゃ?」
「とぼけないで。そうでもなきゃ、こんな話を懇切丁寧にするわけないじゃない」
女神がわたしに、夢麻子の件を明かすメリットがない。
と、いうことは。
この状況が、何か取引に使える……どうせそんなところだろう。
「で? 何をすればいいの? どうすれば、麻子は消えずにすむわけ?」
「……無理じゃよ」
「え?」
「不可能じゃ。あの娘が消えるのを止める手立てなど、存在せぬ」
「…………は?」
想定外の答え。
手立てが……ない?
え? どういうこと?
「な……何言ってんのよ。からかうのも大概に……」
「夢魔法の影響じゃぞ? わしに何とかできるとでも……」
「そんなわけないでしょ!?」
思わず声を荒げる。
でも、止められなかった。
「だったら! なんでわたしに話したのよ!?」
「…………」
「わたしはあんたにとって敵のはずでしょ! それなのに……!!」
「華蓮。……ちょっといい?」
わたしの声を、夢麻子が遮った。
「っ……な、なによ……」
「あなたはもうひとりのわたしにとって大事な人。だから、こんなことを言うのは心苦しいのだけれど……」
「……?」
「……もうひとりのわたしは……闇麻子は、消えるべきなの」
「……あ?」
「闇の魔法少女は、歪な負の感情が生み出した産物。世界を闇に沈めて壊してしまいかねないほどの、邪悪な存在……『おわりの魔法少女』なの」
(『おわりの……魔法少女』)
神樹で闘ったとき、女神が言っていたワードだ。
あのときは、ただの世迷い言と気にも留めていなかったけれど……
「なにがきっかけで破裂するかわからない爆弾みたいなもの……だからそうなる前に、消えないといけないのよ」
「……あんた、それ本気で言ってんの?」
肩から炎が自然と揺らめく。
まるで、わたし自身の感情を現しているかのように。
夢麻子の表情が、一瞬強張るのがわかった。
「それ聞いて、はいそうですかって納得すると思う? あんたの顔で言われると、尚更よ」
「華蓮……」
「それに……あんたはどうなのよ?」
「えっ?」
「魔力が尽きたら、魔法から生み出された闇麻子が消える。それじゃ、あんたはどうなるの?」
「…………」
「あんたが代わりに、現実世界に戻るわけ?」
「…………」
夢麻子は、答えなかった。
わからない、ということだろうか。
それとも、答えられないか。
でも、その反応で大方の想像はつく。
だって、夢麻子の表情には。
明らかに、恐怖の色が見えていたから。
「……わたしは麻子が消えるなんて納得できない。絶対何か方法はあるはず」
「華蓮……」
「とにかく、一度現実に戻って……麻子と芽衣にこのことを伝えて、それから……」
「待て」
女神がぼそりと呟いた。
「言ったじゃろう? 手立てはないと。いたずらに闇女の不安を煽るだけじゃぞ。そうなれば……」
「黙って。あんたには何の期待もしてな……」
そこまで言って、気が付いた。
いや……待って。
忘れていた。
今、目の前にいる女神。
この女神の中には……魔王がいるんじゃなかったっけ?
だからこそ、女神を……魔王をアストラルホールから隔離した麻子は、願いを叶える権利を得た。
そう。
魔王を討伐した者は、何でも願いを叶えることができる。
それって、つまり……
(今、わたしが女神を倒したら……そうすれば、麻子は……)




