麻子が透けてた理由とは
「そんな……ことって……」
女神の話を聞いたわたしは、絶句した。
黒瀬麻子は――ふたりいる。
夢属性の魔法少女、夢麻子。
そして、夢魔法『夢遊病』によって作られた闇属性の魔法少女……闇麻子。
わたしがこれまでずっと一緒にいたのは、闇麻子だ。
つまり、オリジナルの麻子じゃない。
そんなことが……あり得るのか。
「それじゃ、麻子……いや、闇麻子は……自分が魔法で作られた分身だって、知らないってことよね?」
「うむ。あの闇女は、夢にも思っていないことじゃろうて」
「そんなのって……あんまりじゃない……」
自分が魔法で作られた者だと知らずに……
オリジナルじゃない、分身だと知らずに……
そんな残酷なことが、あっていいわけがない。
「闇属性の魔法少女など、あり得ないことだったんじゃよ。死を予感させる経験が生み出してしまった、偶然の産物。紛い物なんじゃ」
「ま、紛い物って……そんな言い方ないでしょ!?」
わたしと闇麻子は、もう1年以上も一緒にいる。
麻子がいなかったら、わたしはまだひとりだった。
それに、妹の華奏もどうなっていたか……
わたしは麻子に、救われたんだ。
その麻子が……魔法で作られた偽物だなんて……紛い物だなんて……
そんなの、信じられない。
信じたくもない。
「闇麻子も夢麻子も、麻子であることには変わりない……! いや、闇麻子に自覚がないなら、むしろ本物で……!!」
「自覚がない……それが問題なんじゃ」
「……え?」
「だからこそ、闇女は今、己の身に何が起きているか理解できていないんじゃろう?」
「己の身に起きていること……?」
なに?
なんのこと?
女神は何を言って……
「…………あ」
……そうか。
やっと……わかった。
そういうことなんだ。
だから、麻子は……
「気付いたようじゃな」
「……もしかして……最近、麻子が薄くなっていたのって……」
「わたしの魔力が尽きかけている……そういうことよ」
「!!」
後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
その瞬間、わたしと女神を取り囲んでいた氷壁が崩れ始める。
最強の氷魔法のはずなのに、まるで消滅していくかのように崩れていった。
「この最強の氷魔法をもう攻略するか。ま……この世界じゃ分が悪いわな」
「ここはわたしの世界。そんなところでこれだけの魔力を保てる方が、おかしいのよ」
「ま、麻子……」
キラキラと光りながら崩れていく氷は綺麗だった。
その奥から現れた、夢麻子。
見た目は、わたしが知っている麻子と変わらない。
でも、やっぱり……
雰囲気が……わたしを見る目が……
わたしの知っている麻子とは、少しだけ違っていた。
「……ねえ麻子。麻子の魔力が尽きかけているって……それって……」
「華蓮さん。いや……華蓮。あなたには……話した方がいいのかもしれないわね」
「え……」
「本当は……最後まで、言わないつもりだったのだけど」
そう言うと、夢麻子は座り込んだ。
釣られて、わたしも座り込む。
初めて、この世界の麻子ときちんと向き合えた気がした。
「『夢オチ』の魔法のことは、もう聞いた?」
「え……あ……うん。あの、時を巻き戻す魔法だって……」
「そう。わたしは『夢オチ』で、魔力のほとんどを使ってしまったの。もう、回復不可能なほどに」
「闇麻子が……闇堕ちして世界を壊してしまった未来を変えるために……使ってくれたのよね」
「……そう。悪いのはわたしだから。わたしが責任取らないとね。でも、そのせいで……もう、限界がきてるの」
「限界……」
「魔力が完全に尽きると、この世界は消滅する。ここにいると、あなたまで巻き込んでしまうわ。だから、ここにいてはダメなのよ」
「……違う。わたしが知りたいのは……そこじゃないわよ」
「…………」
「魔力が尽きたら……この世界が消滅したら……麻子はどうなるの? 闇魔法で作られたあの麻子は、どうなっちゃうの?」
「…………」
返事はない。
でも、わかってる。
わかって訊いているんだ。
消え入りそうな声を、わたしは懸命に絞り出した。
「麻子が最近薄くなっている現象は……そのせい……なんでしょ」
夢麻子は、微かに頷いた。
「……そうね。……消えちゃうの、もうひとりのわたしは」




