夢の魔法少女
(……っ!)
気が付くと、また不思議な空間に立っていた。
靄がかかったように、視界が悪い……って、これは前にも言った。
つまり、『そういうこと』だろう。
今回も、実感できる。
わたしはまた、夢を見ている。
夢を見ていることを――夢の世界にいることを、自覚できている。
やっぱりここは、夢魔法で作られた『夢の世界』だ。
ついこの間、あの女神と出会った場所……
でも今、わたしが探している相手は女神じゃない。
わたしが目覚めて現実に戻ってしまう前に、見つけ出さないと。
ここに、きっといるはず。
夢属性の、魔法少女が。
(……うん……魔力を感じる。こっち……)
微細な魔力でも、わたしなら感知できる。
逸る気持ちを抑えながら、魔力を感じる方向に歩みを進めた。
ゆらゆらと揺らめいて、方向感覚を失いそうな不思議な空間。
でも、わたしは迷わなかった。
ただ、魔力を辿って進むだけ。
目を瞑っても、進むべき方向は見えている。
それにしても……今までにないぐらい、意識がハッキリしている。
夢の世界に飛び込もうと、強い意志を持っていたからだろうか。
それとも、麻子にくっついて眠ったからだろうか。
どちらにせよ、あまりのんびりしていられない。
わたしは、意識を集中させた。
『来ちゃダメって……言ったのに』
……え。
不意に聞こえた声に、足が止まる。
ゆらゆら揺らめいていた空間の揺らぎが、更に大きくなった。
(……いる。この声の主が、近くに……!)
反射的に声を上げそうになったが、ぐっと息を呑んだ。
自分の耳がおかしくなったわけじゃなければ、やっぱりこの声は……
深呼吸して、息を整える。
「火祭りシリーズ……『どんど焼き』っ!」
放たれた炎魔法の熱波で、一瞬視界が開ける。
その先に見えた影を、わたしは見逃さなかった。
「……やっと、会えたわね」
右手に炎を纏いながら、その人影に近付く。
正直――もっと驚くと思っていた。
でも、意外と頭は冷静だった。
わたしの予感は……的外れなんかじゃなかったのだ。
「夢属性の魔法少女は……本当にあんただったんだ。……麻子」
目の前に現れたその人は――黒瀬麻子は――悲しそうに、だけど優しそうに、微かに微笑んだ。
「はじめまして……は、おかしいよね」
「……は?」
夢の世界に現れた麻子の第一声は、あまりにも意味不明だった。
「はじめまして……って、なに? 麻子じゃ……ないの?」
「…………」
「あんた……誰?」
「……ううん。麻子だよ。黒瀬麻子」
「……?」
なに、このやり取り。
確かに、目の前にいるのは麻子だ。
もう何度も会っている、あの、黒瀬麻子。
見間違えるはずもない。
でも、明らかに違うところがひとつ。
わたしだからこそ、気付ける違い。
(魔力が……全然違う)
今まで麻子から感じていた、闇の魔力。
それを、この人からは感じない。
全く別の魔力を纏っている。
仮に、今目の前にいる麻子を『夢麻子』と呼ぶと……麻子と夢麻子の間には、大きな違和感がある。
まるで、全く別人のような気配が……
「……違う。あんたは麻子じゃない。わたしの知ってる、麻子じゃない」
「…………」
夢麻子は、答えない。
双子……なわけないわよね。
だったら……魔法で作られた、分身とか?
確か、京香が鏡魔法でそんなことをしていたと、麻子から聞いた。
けれど、闇魔法にそんな魔法が……?
「あんた、一体……」
「……ごめんね。知らない方がいい」
「っ!?」
また、視界が歪む。
靄が濃くなり、夢麻子の姿が見えなくなっていく。
「言ったでしょ、来ちゃダメって。もう……潮時ね」
「ちょ、待っ……!」
……だめ!
このまま目覚めたら、いつもと同じ。
また、現実世界に引き戻されてしまう。
まだわたしは、なにもわかっていない。
せっかくここまで、辿り着いたのに……!
「……さよなら」
「ま……待ちなさい!」
――パキィ……!
「……!?」
空気を切り裂く音。
それと同時に、わたしと夢麻子の間に氷壁が立ちはだかった。
「ったく……せっかくの客人に対してその態度。無礼とは思わんのか?」
何が起きたのか理解するよりも前に、声が聞こえた。
「め、女神……何する気!?」
夢麻子の、叫ぶ声。
……何? どういうこと?
まだ、わたし夢の世界にいる?
目覚めないでいることが、できている?
というか、女神って……
「はっ。ここまで覚醒しておるんじゃ。もう、知らぬ存ぜぬは無理じゃろうて」
「……! や、やめなさい!」
壁の向こうで声がするが、その間も氷壁が拡がっていく。
(これ……この魔法……女神が白雪さんから奪った氷魔法……!?)
「よお。また会ったの」
「……女神……」
いつの間にか、女神が横に立っていた。
さすがは無属性の魔法少女……相変わらず、気配も魔力も感じない。
わたしでも、全く気が付かなかった。
……いや、今はそんなことどうでもいい。
この状況が、呑み込めない。
「な、なんなの……あんた、何がしたいの?」
「知りたいんじゃろう? 夢魔法について」
「――え」
「教えてやろうか。わしがな」
「はあ?」
思わぬ発言に、変な声が出てしまう。
女神が? 教えてくれる?
そもそも、女神はわたしたちの敵のはず。
信用できるはずもない。
けれど女神は、わたしを半ば無視するかのように、夢麻子との間に分厚い氷壁を完成させた。
「知りたくないのならそれも構わん。ただ、この氷壁もそう永くは保たんがな」
「あんた……わたしに手を貸しているつもりなの?」
女神は、微かに笑った。
「……あんたは知ってるの? ここがどういう世界で……あの麻子が、何なのか……」
「ああ。……理解したのは、ここに来てからじゃったがな」
「っ……あの麻子は何なの!? 麻子の偽物? 麻子が生み出した分身……とか!?」
「言い得て妙。しかし、逆じゃ」
「……逆?」
「先刻対面した者こそ、真の黒瀬麻子。言うなれば、汝が今まで出会っていたあの闇の魔法少女が、分身じゃな」
……え?
なんて?
意味がわからない。
「な……何言ってんの?」
「そのままの意味なんじゃがな。汝が今まで苦楽を共にしてきた黒瀬麻子は、夢魔法による片割れじゃ。何故なら」
そのあとに続いた言葉は、あまりにも『悪趣味』だった。
そう、思った。
「本物の黒瀬麻子は、既に死んでいるんじゃからの」




