ねえ、麻子
「……隠してること?」
卵がゆを机に置いた麻子と、目が合う。
……空気が、重い。
麻子の視線に耐え切れず、わたしの方から目を逸らしてしまった。
まるで、考えていることを見透かされているような……
「……はぁ。バレちゃったか」
「……えっ」
自分の唾を飲みこむ音が聞こえた。
バレちゃったって……麻子、まさか本当に……
「華蓮……もう気付いてるんでしょ?」
「…………」
「わたしが……」
「っ……!」
「華蓮の寝顔を撮影してたことに!」
……………は?
「まさかバレてるとはね……完全に眠ってると思ってたのに……」
「んなことどうでもいいわよ!!」
「え!? 違うの!?」
「いやどうでもはよくない! あんた何してんの!? 消しなさいよそんなの!」
「いやでもせっかく可愛く撮れたのに」
「盗撮! 盗撮だから!」
「えー……てか、そのことじゃないの?」
「……そんなくだらないことでよくあんな空気にできたわね……全然違くて……その……」
「なんなのよ?」
「だ、だからそれは……その……」
麻子は本当にわからないとでも言うように、肩をすくめた。
その反応を見て、覚悟を決める。
「……夢の中で、麻子の声がしたの」
「わたしの……?」
「うん。バイトで倒れたときも同じ。あのときは、すぐ近くで麻子に呼びかけられていたからだと思ったけど……今日は、そんなことしてないわよね?」
「……してないけど……」
「そう……よね。あんた……本当に何も知らないの? 夢魔法のこと……」
「……どういう意味?」
「……っ」
沈黙が流れる。
でも、わたしはそれ以上、何も言えなかった。
――ねえ、麻子。
あんたが、夢属性の魔法少女なの?
そう口から出かけたが、言えなかった。
だって、自分で言っておいておかしな話だが、意味がわからない。
麻子は、闇属性の魔法少女だ。
夢属性なんかじゃない。
そもそも、夢属性の魔法少女なんて、勝手な推測から作り出された幻影かもしれない。
仮に、実在したとしても……わたし自身は、何の被害も受けていない。
その、はずだ。
……だめだ。
もう何も考えたくない。
頭がふらふらする。
わたしはただ、麻子のことが――
「……ひ!?」
いつの間にか、麻子が掌をわたしの顔に近付けていた。
思わず目を瞑る。
な、何を……
「……熱、高いよ」
「……え」
わたしの額に手を当てながら、麻子は続けた。
「何か変なこと考えすぎちゃっているみたいだけど……わたしは、華蓮に隠し事なんてしてないよ」
「ぅ……」
顔が近い。
くっつきそうな距離に麻子の顔があって、まともに見ていられない。
「これは本当。わたしは、夢魔法のことなんて何の心当たりも無い」
「…………」
「信じてくれた?」
「……顔、近い」
「……もう」
麻子は少しはにかむと、床に座り直した。
座るために折り畳んだ足が、目に入る。
「……麻子、足……」
「え……ああ」
曖昧な返事をする麻子。
今……麻子の足が透けていた。
すぐに戻ったけれども、絶対に見間違いなんかじゃない。
確かに、麻子の足が透けていたのだ。
「……流石に魔力が弱まっていることは実感した。そのせいで、わたしの身体が透けて見えることがあるのも気のせいじゃないみたい」
「そ、それじゃ……」
「原因はわからないけどね。わたしは華蓮みたいに、変な夢なんて見てないし」
「……そう」
「わたしはこの力に未練なんて無いからいいけど……華蓮が元気になったら、一緒にモアを探そう。きっと、何かわかるよ」
「……うん」
「大丈夫だって。このまま魔力が消えたとしても、わたし自身はこれまでと何も変わらないんだから」
「……うん」
「ね。ほら、せっかく作ったのに冷めちゃうよ。これ食べて、少しは元気出しなって」
「……うん」
ただ、頷くことしかできなかった。
麻子から卵がゆがよそわれたお椀を受け取り、俯く。
……麻子は、嘘はついていないと思う。
でも、わたしの体調を気遣って、余計なことを考えなくて済むようにしてくれているとも思った。
れんげにほんの少しお粥を掬って、口に運ぶ。
……あれ、何でだろう。
何故だか、目に涙が浮かんだ。
涙が零れないように、誤魔化すように食べ進める。
――やっぱりだめだ。
信じ切ることが、できない。
それは、麻子の言葉が……じゃない。
魔力が消えても……
本当に、何も変わらないの……?




