華蓮は訊かずにはいられない
「……っあ!」
気付いたら、わたしは見慣れた部屋にいた。
背中に汗をかいているのが、仰向けで寝ていてもわかる。
……夢だ。
今のは、ただの夢。
わたしは眠っていて……夢を見ていただけ。
ただ、夢の中に女神が出てきたに過ぎない。
だからあれは、わたしの意識が生み出した幻……
(いや……違う! そうじゃない!)
これまでに、こんなにはっきり見えたことはなかった。
わたしは夢の中で、女神と出会ったのだ。
それは多分、間違いない。
あの女神は、幻なんかじゃない。
わたしは確かに、女神と話をして……そのあと、麻子の声が聞こえて……それから……
「あ、おはよう華蓮」
「……………ん?」
ゆっくり身体を起こしたわたしの視界に、麻子の姿が飛び込んできた。
……え?
なんで?
理解が追い付かない。
ここはわたしの部屋。
風邪をひいて、自分のベッドで寝ていた。
……だよね?
「……!? ……!!??」
「ちょ、どしたの華蓮。顔真っ赤よ。まだ辛い?」
「ち、ちが……! なんであんたがここにいるのって話でしょうが!」
「なんでって……せっかく看病に来てあげたのに。はいこれ、お茶」
「あ、ありがと……じゃなくて! ここわたしの家なんだけど!?」
「そうだけど」
「だったらこの状況おかしくない!?」
「おかしくないわよ。合鍵あるじゃん」
さも当然のように返す麻子。
ぐっ……この女、合鍵を持っている=出入り自由とでも思っているのか……!?
「あ、あんたねぇ……あぅ」
寝起きで急に叫んだせいか、眩暈がした。
頭がふらふらして、力が抜ける。
「病人はおとなしく寝てなさいって。何か欲しいものがあるなら、買ってきてあげるから」
そう言うと、麻子は半ば強引にわたしをベッドに倒した。
……抵抗する気力もない。
「せめて来るなら事前に言いなさいよ……」
「あのね、何度も連絡したのよ? でも、全然既読つかないし。華蓮、今の時間わかってないでしょ」
「え……?」
「朝の十時。日曜日の、ね。丸一日経っても返事なかったら、そりゃ心配するでしょ」
「……え、うそ」
日曜日?
日曜日って……さっきまで土曜日の朝だったよね?
わたし、二十四時間以上寝てたってこと?
スマホを見ると、確かに麻子から連絡が何件も来ていた。
それに、日付が変わって日曜日になっている。
いくら体調が悪いからって、そんなに長い間一度も目を覚ますことがないなんて……
こんなこと、これまでなかった。
そんなに重症だったのだろうか。
どおりで、お腹も空くわけだ……
全く力が出ない。
それを察したのか、麻子は立ち上がると言った。
「卵がゆでも作ってあげるから。華蓮はおとなしく寝てなさい」
「麻子、料理できるの?」
「何年ひとり暮らししてると思ってるの。キッチン、勝手に使うわよ」
「あー……うん。もう好きにして」
顔の半分を覆うように、布団を被る。
寝る前に比べれば、だいぶ楽になった気はするが……それでも身体は重い。
ここは、お言葉に甘えることにしよう。
「……そういえば、華蓮」
「んー?」
「また、悪い夢でも見た?」
「え」
「わたしが来たとき、なんだか苦しそうだったから。また、変な夢でも見てるのかなと思って」
「あ……そうだった。あんたがいた衝撃で忘れてたわ」
「化け物でも見た?」
「女神に会った」
「……は?」
卵をかき混ぜる麻子の手が止まる。
「あ、会ったって……どういうこと?」
「わたしにもわからない。でも……モストの言ってたことは、デタラメじゃなかったみたい」
「……ただ夢に出てきたってわけじゃなさそうね」
「うん。あれはそういうのじゃないと思う。やっぱり、誰かが女神を引き込んであの世界に……」
「夢に出てきた女神は、どんな様子だったわけ?」
「…………」
「……? 華蓮?」
「…………」
……ちょっと待って。
女神を引き込んで、あの世界に……
自分で言った言葉を、反芻する。
あれ?
なんだろう、この違和感。
女神は、夢魔法で作られた夢の世界にいた。
理由はわからないけれど、確かに女神はそこにいる。
それをモストは、『囚われている』と表現していた。
だとしたら……女神はあの世界に、閉じ込められていることになる。
それならば、神樹で女神と闘ったとき、急に消えてしまったことも一応の説明がつく。
あのとき、女神が夢の世界に引きずり込まれたのだと。
だから、急に現実世界から消えてしまったのだと。
……けれど、そうなると矛盾が生まれてしまうではないか。
何でモストの話を聞いたときに、考えなかったんだろう。
夢属性の魔法少女が、女神を……魔王の力を持った女神を引きずり込んだとしたら、どうしてあんなことになった?
おかしいではないか。
魔王を封印して、願いを叶えたのは……夢属性の魔法少女なんかじゃない。
あのとき、願いを叶えたのは――
「…………」
「……どうしたの華蓮、黙っちゃって」
卵がゆを持ったまま、麻子が不思議そうにわたしを見た。
「麻子……えっと」
一瞬、口にするのを躊躇った。
でも、訊かずにはいられなかった。
「……ねえ、麻子」
「ん……? なに?」
「何か、わたしに……隠していること、ない?」




