明晰夢
「ぶえっくし! ……ぐす……ぁう……」
麻子たちと出かけた次の日。
今日は土曜日で、完全オフのはずだった。
それなのに、そんな日にわたしは熱を出して寝込んでいる。
どう考えても、原因はあのとき浴びた『水』だ。
髪も服もびしょびしょのまましばらく歩いたせいで、風邪をひいてしまったのである。
(ぐぅ……最悪だぁ……あの変な水のせいで……)
額に冷却シートを貼り、ベッドの上で布団を握りしめながら天井を見上げる。
一人暮らしをしてから、体調を崩したのはこれが初めてだ。
これまでは、こういうとき親や妹が看病してくれていたのだが……今はそうもいかない。
ごはんが勝手に出てくることもないし、洗濯物も溜まっていく一方だし、身体を拭いてくれる人もいない。
一人暮らしをしていて一番苦しいのは、風邪をひいたときだと実感する。
この体調で静まり返った部屋にひとりで寝ていると、不安で押しつぶされそうだ。
(とにかく早く治さないと……てか、食べるものもないし……買い物にも行かないと……)
そんなことを考えていると、頭が痛くなってきた。
……だめだ。
今は外に行く元気なんかない。
というか、ここから一歩も動きたくない。
とにかく寝る。
それが最優先。
わたしは身体を丸めて布団を被ると、目を閉じた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
気が付くと、わたしは見覚えのないところに立っていた。
……静かだ。
靄がかかったように、視界が悪い。
ああ……そうか。
直感でわかる。
これ……夢だ。
夢の中で、これは夢だと自覚するのは難しい。
けれどどうしてか、今ははっきりとわかる。
わたしは今、夢を見ていると。
(……ん?)
あれ?
これ、前にもあったよね?
勘違いじゃないと思う。
前に、全く同じことを言っていたはずだ。
これ、バイトで倒れたとき……あのときと全く同じ。
夢の中なのに、これが夢だとわかる……あの感覚。
(まただ……どうして、わたしはここに……)
深い霧に包まれたような場所を、ゆっくりと歩く。
誰も、いないのだろうか。
前にここに来たときは、何があったんだっけ?
この感覚には覚えがある。
けれど、ここで何をしたのか……何を聞いたのか……その記憶がはっきりしない。
頭に靄がかかったように、ぼんやりしてしまう。
夢の内容は、記憶として定着されずにすぐに忘れてしまうという。
なんとか神経による、記憶が消去される仕組みがどうとか……
だから、覚えてないのは当たり前なんだけど……でも……
(なんだっけ……? 何かを言われたような……確か……)
……そうだ。
ひとつ、思い出した。
目覚めたとき、麻子がそばにいて……だから、麻子の声で何かを言われたと錯覚したんだ。
でも、何て?
夢の中で、わたしは何て言われた?
(……? あれは……)
ゆらゆらと、何かが靄の中で動いている。
揺らめく何かに向かって、ひたすら歩く。
……なんでわたし、こんなことしてるんだろう?
夢の中なのに、何をこんなに真剣に……
「……ほう。まさか、それほどの覚醒状態でここまで来るとはな」
「っ!?」
突然脳に響いた声。
その声に、身体が固まる。
動けない。
足が鉛のように重い。
だって、今のは……今の声は……
「久しぶりじゃな……炎の魔法少女よ」
靄が動く。
その中から、ひとりの人影が現れた。
「!? め……女神!?」
頭がパニックになる。
なに?
どういうこと?
これは、ただの夢?
風邪をひいているせいで、悪い夢でも見てるのだろうか?
……いや、違う。
そんな感じはしない。
今自分がいる『ここ』は、何かがおかしい。
目の前に見えている女神は……あのときわたしたちの前から姿を消した女神、そのものだ。
わたしの中の直感が、そう言っている。
「ここまで来たということは……気付いたということなんじゃろ?」
……気付いた?
気付いたって、何を?
モストが言っていた、あのこと……?
「や、やっぱり……あんたが、悪夢の原因なのね」
震える声を何とか絞り出し、女神に話しかける。
「……ん?」
「とぼけないで。最近、巷じゃ悪夢を見る人が多いって……それ、あんたが原因なんでしょ? 魔王の力を持った、あんたがここにいるから……!」
「……なんじゃそれは? 人聞きが悪いな。そりゃ、魔王が夢の世界にいれば少なからず影響も出るわい。不可抗力というやつじゃよ」
「ふ、不可抗力って……第一、なんであんたがこんなところにいるわけ? いや……そもそも、あんたが夢魔法を……?」
「……あ? 汝……何を言ってるんじゃ?」
「……えっ?」
ようやく、会話が噛み合ってないことに気付く。
……なに? なにを間違えてる?
「何じゃ? 汝……気付いたからここにいるわけではないのか?」
「え? え?」
「ああ……おるのか。すぐそばに、あやつが」
「????」
『ここに来ては、だめ!!!』
……え。
今のは、聞き間違えじゃない。
今の声は、
麻子の――




