樋本華蓮は悔しがる
「~~~っ! 悔しい悔しい悔しい!」
「いや、初めての割にはかなり上出来だったと思うけど……途中まではトップだったんじゃないの? わたしたち」
「でも……! 悔しいものは悔しいの!」
麻子に連れられて初めて参加した脱出ゲーム。
それは、わたしが想像していたよりも遥かに難易度が高いものだった。
子供騙しのゲームと侮っていたが、意外と本格的。
チーム毎に配られたタブレットを活用して、謎を解きながら進んで行くルール。
初めての経験に戸惑いつつも、わたしたちは他のチームに比べるとかなりスムーズに解き進めていたと思う。
しかし、最後の謎がどうしても解けずに、時間切れ。
それまで順調に進んでいただけに、なんとも悔しい結果である。
そんなわけで、今回は残念ながら脱出失敗。
わたしたちは、会場から出たところで感想を言い合っていた。
「最初に配られたフロアマップにあんな使い方があるなんて……それさえ気付いていれば、絶対脱出できたのに……!」
「そういうのって、お約束だったりするのよ。だから、慣れた人ならゲーム開始前に配られたものを注視してたりするのよね」
「え、そうなの……ん? もしかして麻子……最後の問題、解き方わかってた?」
「うん」
「はあ!? なんで言わないのよ!?」
「いや、初めて挑戦した華蓮が全部あっさり解いて脱出したら面白くないかなあと思って」
「脱出できない方が面白くなくない!?」
麻子に噛みつくわたしを見て、羽衣が横でくすくす笑っていた。
「……まさか、白雪さんもわかってて黙ってました?」
急に睨まれた羽衣が、びくりと肩を震わす。
「ええ!? そ、そんなことは……」
「本当ですか!? 本当でしょうね!?」
背伸びして羽衣の肩を掴み、がくがくと揺らす。
揺れに合わせるように、羽衣が微かに呻き声を漏らしていた。
「あーあー、そんなに揺らしたら羽衣姉壊れちゃうって」
「くう……ねえ麻子、これもう一回できないの?」
「できるけど……ほとんどクリアしたのに全く同じ謎解きに挑戦しても面白くないでしょ」
「む」
それはそう。
解き方がわかっている謎解きほど、退屈なものはない。
「また今度、別の行こうよ。同じようなゲームはたくさんあるからさ」
「……次は全力で協力! いいわね!」
「わかってるって」
……ほんとにわかっているのだろうか。
こういうゲームでクリアできないのは、思っていたよりも悔しい。
早く別のゲームに挑戦したくなってしまう。
「ま……今日は華蓮が楽しめたようで何よりよ。どう? これで少しは気が晴れた?」
「そりゃ、まあ……そうだけど……」
歩き始めようと、足を動かしたそのとき。
わたしはすぐに、その足を止めた。
(…………今のは)
微かに感じた。
頬が痺れるような、この感覚。
――魔力だ。
そう遠くない。
風上から感じる、この魔力……
魔獣? それとも魔法少女?
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
これは……わたしの知らない魔力だ。
まさか、これが……
「……麻子! 感じた!?」
「え、感じたって……何を?」
「あっち! あっちから魔力が……!」
言いかけた瞬間、まるで勘付いたかのように魔力が離れる。
こっちを、見てる……?
「……ああもう! 先行くわよ!」
「ちょ、華蓮!? ひとりじゃ危な……!」
麻子と羽衣をその場に残して、魔力の感じる方向に走る。
この魔力は、そこまで強くない。
麻子や羽衣のような、化け物じみた魔力の持ち主ではない。
少なくとも、そこまで危険はないはずだ。
もしこれが、夢属性の魔法少女だったら……
嫌でもモストの話が脳裏をよぎる。
真相を確かめるためにも、今ここで、その正体を確かめておきたい。
(……近い!)
そう思ったときだった。
「わぶ!?」
!?
何!?
急に身体に走った衝撃に、一瞬息が出来なくなる。
それと同時に、前髪から水が垂れた。
……え、水?
なんで水?
今は晴天だ。
雨なんか降っていない。
でも、髪も服もずぶ濡れになり、ぼたぼたと水が垂れていた。
「ぷは……! なによこれ!?」
まるで、顔面に強烈な水鉄砲でも浴びせられたような濡れ方である。
ようやく視界を取り戻して辺りを見渡したときには、魔力が消えていた。
(く……逃げられた……!?)
「ちょ……華蓮!? なんでそんなずぶ濡れなの!? 大丈夫!?」
追いかけて来た麻子が、わたしの姿を見つけて声をあげた。
「……そんなの、わたしが聞きたいわよ……」
髪を掻き上げながら、下唇を噛む。
(水属性の魔法……ってこと? それじゃ、今のは……?)




