華蓮と羽衣の麻子語り
「ふぁああぁ……涼しい……」
「そんなに暑かったですか?」
「暑いよぉ……夏は本当に無理……もう少し暑くなったら、絶対家から出ないから……」
「はぁ……そうですか」
最近じゃ、10月になっても夏日になること珍しくないけど……下手したら、半年近く引きこもりになるんじゃないだろうか。
この人の生態が、未だ理解できていない。
「はい、アイス」
「え」
「これ、樋本さんの」
そう言うと、羽衣はそっと苺のアイスをわたしに渡してきた。
「……ありがとうございます」
そんなつもりは無かったのだが、奢ってもらってしまった。
受け取ったアイスを一口舐めるも、緊張のせいかあまり味がしない。
ちびちびと食べ進めながら、横目で羽衣の横顔を見た。
前に見たときは、だらしのない格好にぼさぼさの髪型で気付かなかったけど……さすがは麻子の従姉、整った顔をしている。
ふわふわしている長い髪形のせいだろう、穏やかなお姉さん感が半端ない。
これなら、白雪姫のイメージも崩壊しないだろう。
「……樋本さん」
「! は、はい!」
「ひ、樋本さんは……麻子ちゃんと、一緒にいっぱい戦ってきたんだよね」
「え、あ……まあ、はい」
「今更かもしれないけど……麻子ちゃんのこと、助けてくれてありがとね」
「え」
不意をつかれて、すぐに返事ができなかった。
まさか、この人からそんな風に言われるなんて。
「い、いや……こちらこそ」
何がこちらこそなのかわからないが、反射的にそう答えていた。
「麻子ちゃん、樋本さんのことはいつも気にかけているみたいだったから……よっぽど信頼してるんだね」
「麻子が……ですか?」
「うん」
「あの……麻子、わたしのこと何て言ってます?」
「守ってあげたい娘って言ってたよ」
「……やっぱ変ですね、あの人」
誰が娘だ。
年、ふたつしか違わないんだけど。
麻子は確かに頼りになるけど、子ども扱いしすぎなのよね。
わたし、そんなにガキじゃないんだけど。
妹もいるし、むしろお姉さんと言っていい。
「麻子って、昔からあんな感じなんですか?」
「そうだね……わたしももう随分長い間会ってなかったんだけど……友達が多くて、明るい子だったよ。ひとりぼっちのわたしを、よく助けてくれたんだ」
「あー……まあ、想像できます」
「だけど、無理しすぎるところもあって」
「え?」
「麻子ちゃんは、ずっと完璧超人だったから。だから、あの事故は……相当ショックだったんじゃないかな」
元々小さい羽衣の声が、ますます小さくなる。
「あの事故って……受験のときに交通事故に遭ったっていう、あれですか?」
麻子は高校三年生の受験日、交通事故に遭っている。
そのせいで受験できず、浪人した。
それは麻子から聞いているけど、詳しいことは全然知らない。
「そう。わたしも事故のことを知ったときはびっくりしちゃった。助かったのは、奇跡だって言われたぐらいなんだよ」
「え……そんなに酷かったんですか?」
「うん。雪で滑った車との正面衝突で、しばらく意識無かったんだから……元気になってくれてよかったよ」
「……麻子、そんな風に話さなかったから……てっきり骨折ぐらいのものかと」
「あんまり言いたくない出来事なんじゃないかな。退院したあとは、周りとの連絡も絶っていたみたいだし……今、ああして振舞えているのは、樋本さんや芽衣ちゃんのおかげじゃないかな」
「……どうですかね」
そう言われると、ちょっと気恥ずかしい。
でも、麻子がずっとひとりでやさぐれているとは思えないけど。
「麻子ちゃんに、優しくしてあげてね」
「あー……麻子が優しくてくれたら、そうしますよ」
「ふふ」
「……へへ」
羽衣が笑うのを見て、思わずつられてわたしも笑った。
……良い人だ、白雪さん。優しい。
華奏がファンになるだけはある。
甘えたくなるタイプの人だ。
「……あ! 華蓮、羽衣姉! ごめん遅れた!」
……噂をすれば、だ。
「麻子、遅い! 言い出しっぺが遅刻するんじゃないわよ!」
「いやー、華蓮は遅刻常習犯だから大丈夫だと思ったんだけどなあ……」
「誰が常習犯よ!? ……って、このやりとり前もした!」
「そうだっけ? それより、早く行かないと。ほら、急いで!」
「あんたが言うんじゃないわよ……ったく」
これじゃ優しくできそうもないと、羽衣に視線を送る。
羽衣もわたしの考えていることを理解したのか、苦笑いを浮かべていた。
(全く……麻子のやつ、相変わらずなんだから)
思わず笑いそうになるのを堪えて、アイスの最後の一口を口に放り込む。
甘い味が口の中に拡がる中、わたしは麻子の背中を追いかけた。




