樋本華蓮は狼狽える
モストの話を聞いてから、数日が経った。
あれから、あてもなく外出する日が増えている。
モアがいないか。未知の魔力を感じないか。魔法少女の気配を感じないか。
そんな期待を込めて出歩いているのだが、今のところ成果は無い。
それどころか、街に異変すら感じられない。
確かに、悪夢の話はネットでも話題になっている。
しかし、所詮は夢の話。
現実じゃない。
一部では、怪奇現象だの災害の前触れだの騒がれているが……次第に話題性は無くなっていった。
夢の世界に、闇の魔王が紛れ込んでいる――モストはそう言っていたのに。
もはや、ただの杞憂ではないだろうか。
それならそれで、いいんだけど……
そんなことを考えながら、わたしは電車を降りると、小走りで改札口へと向かった。
(やば、急がないと)
今日は、麻子と約束をした金曜日。
羽衣も一緒に、3人で遊びに行くことになっている日だ。
集合は、午後1時。
だから、午前中は大学で講義を受けて、そのまま集合場所に向かうつもりだったのだが……今日に限って講義が長引いて、到着が集合時間ギリギリになってしまった。
この時間じゃ、当然ふたりとも既に待ち合わせ場所で待っているだろう。
そう思っていたのだが……
(……あれ? ふたりとも、まだ来てない?)
荒くなった息を整えながら時計を見ると、既に時刻は1時を過ぎている。
しかし、集合場所にふたりの姿は見えなかった。
「はぁ、はぁ……ふたり揃って遅刻ってこと? 全く、時間にルーズなんだから……」
これなら、もっとゆっくり歩いてこればよかった。
なんだか損した気分。
溜息をつきながら、隅に移動して壁にもたれかかる。
平日の昼間だというのに、この人の多さ……
みんな仕事に行かなくていいのだろうかと、余計なことを考えているときだった。
「……樋本さん?」
「ふぇあ!?」
すぐ隣にいた人に突然声をかけられて、思わず飛び上がる。
「やっぱり樋本さんだ。わたし、羽衣だよ」
「え、あ、白雪さん……!? お、お久しぶりです……いたんですね」
「いたよ……気付かなかった?」
日差しを避けるための帽子を深くかぶっていて、顔がほとんど見えなかったから気が付かなかった。
薄手の白いロングワンピースの胸元で、カジュアルネックレスが揺れている。
初めて会ったときは、パジャマ姿で髪型もひどいものだったが……なんというか、今は大人の女性って感じ。
あまりのギャップに、元々緊張していたのに更に緊張してきた。
「す、すみません気付かなくて……」
「い、いいよ……あ、その、この前はイベント手伝ってくれて、ありがとね」
「あ、はい……白雪さんも、お疲れさまでした」
「……樋本さん……体調でも悪い?」
「え? いやそんなことは……どうしてです?」
「あ、いやその……前はもっと怖い印象だったから……」
「怖いって……あのときは舐められまいと思って……」
「え……?」
「いや、なんでもないです。そんなことないですって」
「そ、そうだよね。よかった」
「そうですよ」
「うん……」
「……はい」
「…………」
「…………」
沈黙。
お互いに目を合わせないようにしながら、ずっと横に並んで立っている。
……会話が……続かない。
わたしも人と話すのは苦手だけど……この人も同じ。
気が付けば、俯いたままじっと自分の足元を見つめていた。
(……麻子―! はやく来てー!)
心の中で叫びながら、3分以上無言のまま立ち尽くす。
そろそろ何か言わなくちゃと考えていると、スマホが震えた。
(! ま、麻子! 着いたのね!)
『ごめん、遅れる! ふたりで時間潰してて!』
(馬鹿麻子―!! 何やってんのよ!?)
ふたりで時間潰せって、どうしろって言うのよ。
この人とふたりきりになるの、初めてなんだけど!?
その辺のこと、麻子はわかってないわけ!?
スマホの画面を睨んだまま狼狽えていると、羽衣が先に口を開いた。
「ひ、樋本さん……そこのお店に入らない?」
「え、あ……店?」
羽衣が指さした先には、小さなカフェがあった。
「もう、暑くて……限界」
「……暑い……ですか?」
まだ、長袖で丁度いいぐらいなんだけど……
この人が度を過ぎた暑がりであることは、どうやら変わっていないらしい。




